第4場・アモルへの道、デス

深夜の襲撃に色めき立った船内だったが、その後は特別何事もなく進んだ。

私はまた船倉に閉じ込められたが、木箱に入った果物にかぶり着くことに成功した。

小ぶりのリンゴのようだった。

あまり甘くはないが美味い…!!


シャクシャクシャク…!!

夢中でがっついた。


「おいおい…」

ニヤつき女が呆れたような声を出したが、止めはしなかった。

彼女も疲れていたのだろう。


そのあと、木箱によりかかって眠った。

どこでも寝れるのは私の特技だ。


……船のきしむ音を聞きながら、どれくらい眠ったろうか。

階段梯子の扉が開き、まぶしい光が入ってきた。

隊長が下りてくると、私の拘束を解き新しい衣服を渡してきた。

「着替えろ」

それは、フードのついた長いローブでどことなく昨夜のプレカーリが着ていたものと似ていた。

あちらが漆黒だったのに対して、こちらは淡いクリーム色だ。


ローブはすっぽりと全裸の私を覆う。

隊長も鎧を脱ぎ、別の簡素な服に着替えていた。

そして私を連れて船上に出た。

青空が広がり、温かい風が吹いている。


なんて心地よい陽気なんだ…


船は小さな港に停泊していた。

隊長は私を引き連れて小舟に乗り換える。

ニヤつき女が名残惜しそうに私を見送った。

小舟は桟橋に着き、隊長と私だけが下りた。

ここから先は二人旅のようだった。



桟橋のその先はちょっとした広場になっていて、数件の建物と人が行き来していた。

隊長と私は一軒の建物に入った。

長い大きなテーブル置かれ、人々が飲み食いをしている

どうやら食事処のようだった。


テーブルには私と同じ服を着た集団がいて静かに食事をしていたが、こちらを見ると丁寧に会釈をした。

私も反射的に会釈を返す。

隊長と私は彼らの隣に向かい合って座った。

ややあって店員らしき女が飲み物とパン、野菜を煮たようなものを持って現れた。

定番のメニューのようだった。


飲み物はただの水だった。

だが……

「美味い!!」

これがやたらに美味い。独特のまろみがあって喉に優しい。

あっという間に飲み干しておかわりを頼む。

水とはいえ、これだけ美味しいと高そうだが……

……まぁいいか、支払いは私ではない。

私はチラッと隊長を見たが、彼女は黙々と食事をしていた。


三杯目を飲み干すと、隣にいた女性が少し微笑みながら話しかけてきた。

先ほど会釈をしてくれた同じ衣装の女だ。

「二テンスの清水を飲まれるのは初めてですか?」

「はい、これは湧き水なのですか?実に美味い」

「そうです。ここから北の山奥に泉があって、そこから湧いた水を引いています。

こちらは月の天子様もご愛飲なされているのですよ」


(……はて、月の天子??)


私が怪訝そうな顔をしたので、女は少しいぶかし気な顔をした。

「巡礼は初めてですか?」

「えっ…ああ、実はここに来るのも初めてなもので、色々不案内なのデス」

「私が案内しているのだ」

そこで初めて隊長が口をはさんだ。

「彼女は他所から来たものでな。訛りがあるだろう?」


「なるほど、そうでしたか」

女は納得したように笑った。

「確かに訛りがありますね…あ、すいません。お食事の続きをどうぞ」


促されて私はパンを手にした。

外も中身も固い。カチカチのパンだ。

特徴的な味もなく、美味くはないがお腹はいっぱいになりそうだ。


女は隊長に話しかけた。

「ではお二人で巡礼へ?」

「いや、我々はヴェーチェへ向かうつもりだ」

「ヴェーチェ! 羨ましいですわ。良いところですものね」


私は会話を聞きながら、野菜の煮物に手をのばす。

箸もスプーンもフォークも無いので手づかみだ。

……これは芋だな?……うむ、酸っぱい…塩ではなく酢で味をつけているんだな。

こっちは根菜か…コリコリと歯ごたえがあって美味いな。

ぺろりと平らげる。

あっという間の完食だった。


「さて、そろそろ行こうか」

隊長が席を立った。

「良い旅を」

女が私を見て言った。

「清水を汲まれてからお出かけになるといいですよ」

「……なんと、無料なのですか!?」

「ええ、神のお恵みですから」

女はニッコリと言った。


店を出て、しばらく歩くと石造りの水場があって、革袋をぶら下げた人々が列をなしていた。

隊長が革袋を貸してくれたので、私も並んで水を汲んだ。

水場を離れて歩き出すと、徐々に坂道になる。


私たちの前には、同じような服の集団が黙々と歩いている。

先ほど女は"巡礼"と言ったが、彼女らもそうらしい。

しかし、どこに向かうのだろうか?


やがて坂道はもっと広い坂道へと合流した。

人の数が増え、馬車も往来している。

さらに歩くと大きな二股路が見えた。

巡礼者たちはそのまま北への道を進んでいくが、私たちは右に折れ東への道を進んだ。

この先にヴェーチェがあるらしい。


のどかな丘陵地だった。

大半が草原や畑で、時折ぽつんぽつんと石造りの建物が見える。

サイロがあるので農家なのだろう。

教会の塔も見えた。


隊長は健脚でスタスタと歩いていく。

そのスピードに私もついていけたのが意外だった。

これは、この身体が歩き慣れているせいだろうか。


もともと体力には自信があった。

政治家はとにかく体力勝負だし、それについて回る秘書の仕事も同じく体が資本だ。


1時間ほど歩くと、遠くの丘に赤い壁のようなものが見えてきた。

「あれがヴェーチェだ」

隊長が言った。

壁が近づくにつれ民家の数も増え、徐々に道行く人も増えてきた。


さらに1時間ほど歩くと、壁が目の前に迫ってきていた。

壁の赤はレンガの色だった。

さらに目を引くのは、壁の向こうに見えるニョッキリと伸びた塔だ。

それがいくつも青空に向かっている。


……なかなかの景色だな!


立ち止まって見上げていると、隊長は私を促してレンガ造りの大きな門をくぐった。

身長の5倍はありそうな、大きなアーチを描いた門だ。

入り口には兵士がいたが、軽くこちらを見ただけだった。


ここが城郭都市ヴェーチェであり、

私が娼婦として売られる先……娼館アモルを中心とした一大歓楽地として有名であることをあとで知った。


門をくぐると、狭い道を挟み込むようにレンガ造りの建物が並んでいた。

私と隊長は通りを突き進んでいった。

街は活気に満ち溢れていた。

あちらこちらに露店が出て、美味しそうな果物や野菜を売っている。

それらをたくさん買い込み汗をかきながら歩く者、道端に座り込んでなにかゲームをしている者たち、井戸の傍で集まって談笑している人々…


一昨日の夜に見た城を焼き尽くす業火と廃墟…そういう恐ろしい光景とは対照的な、和やかで生き生きとした風景だった。


何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。

暖かい陽、美味しい水、活気のある街と楽しそうな人たち…

私の元いた世界と同じ"平和な日常の光景"がこの世界にもある。


不安だった心がじんわりと温もりに包まれた。


私の頬はいつの間にか緩んでいたのだろう。


隊長が意外そうな顔をしてこちらを見て言った。

「なぜそんな楽しそうな顔をしているのだ?」

お前の悲惨な境遇を忘れたのか?……という言外の問いも伝わってきた。


「この街は……好きだ」


私の返答に隊長は目を丸くした。

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