第1幕・1場 異世界で処刑寸前の姫騎士となったので命乞いしてみた
私──
ある晩、仕事帰りに自家用車で橋を渡っていたら中央線をはみ出してきた対向車に追突され、吹き飛ばされた。
車は欄干を越えそのまま海中に水没してしまった。
意識がブラックアウトし、それからどれくらい時間がたったのか……
徐々に遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
とにかくうるさい。静かにして欲しい、こっちはもっと眠りたいのに……などと思っているが声はどんどん大きくなり、ついには怒鳴り声となって耳を切り裂いた。
「お前の魂は肉体ごと滅ぶのだ、レイナ姫よ!」
……レイナ姫?なんだそれは?
カーラジオがつけっぱなしになっていて、何か番組でも流れているのだろうか?
私は目を開けた。
──異様な光景だった。
目の前に薪や藁が積まれ、もうもうと煙と炎を発している。
その奥に黒い鎧を着た騎士が揃い、こちらを取り囲んでいた。
炎に照らされ、恐ろしい雰囲気がより強調されていた。
バチッ
弾ける音がして火の粉が私に当たる。
「熱っ!?」
身をよじろうとすると、ガシャンという音がして自由が効かない。
音のする方向……右を見た。
細い腕に枷がはめられ、鎖で石の壁にしっかりと繋がれていた。
(これは私の腕か……?こんなに細かったか??)
次に下を向いて足を確かめようとした。
だが、意外なものに視界を邪魔された。
胸にある二つの膨らみ……
(……おっぱいがある……?
いやなんでだ!?)
思考を炎の熱さが遮った。
私は悲鳴を上げて逃げようとしたが、鎖がそれを阻んだ。
悪夢のようだが、夢ならば炎で焼かれても熱くなどない。
だが熱い。そして痛い。
これは……現実なのか!?
──そうか、これは臨死体験中なのだ。
車で海中に転落した私は今まさに生死の境をさまよっている。
ここで死ねば本当に死んでしまうに違いない。
だが、助かれば……目を覚まし日常に戻れるのだ!
そう信じた。
そして必死に叫んだ。
「助けてください!」
とにかく思いつく限りの言葉を並べて命乞いをした。
死にたくない!熱いのいや!
たすけてー!おかあさーん!
涙が溢れ鼻水が溢れ、私は声を限りに叫んだ。
「なんでもしますから、
たすけてえええええ!!!」
……騎士が笑った。
というか、吹き出した。
私のあまりの醜態がよほど面白かったのだろう。
だがどう思われてもいい、この場を生き延びればいいのだ。
騎士はやれやれと言ったポーズをとると背後を振り返る。
……と、奥から黒いフードを被った女が現れた。
彼女が何かブツブツと唱えると、いきなり頬に水滴が当たった。
見上げると真っ暗な空から大量の雨が狙ったかのように降ってきていた。
雨は炎を消し、白煙が立ち込める。
両手両足の枷を外され、私は地面にへたり込んだがすぐに引き起こされた。
「来い!」
騎士の一人が私の手の掴み、そのまま真っ暗な中を歩かされた。
しばらくすると松明の炎が野営地らしい場所と兵士達の姿を照らした。
みな女性のようだった。
若干のどよめきがあがる中を私は連れて行かれる。
野営地にはいくつかテントがあったが、中には入れず傍にあった鉛の重しに鎖で繋がれた。
騎士は私を繋ぐと少し離れた場所に腰を下ろしてようやく兜を脱いだ。
やはり女だった。
彼女のくつろいだ様子から、"今すぐの処刑"からは逃れられたとわかった。
私は安堵のせいか急速な疲労を覚えて、地面にうつ伏せで崩れ落ちた。
むにゅっ
という感触がした。
やはりおっぱいがある。
もういい……
目が覚めたらきっと病院のベッドの中にいるのだ。
そんな期待をしていた。
♦
──夜が明けても、相変わらず私は野営地の地べたに寝転がっていた。
這いつくばったまま見上げた先に、朝焼けに照らされた巨大な中世の城がそびえていた。
城は大きく破壊され、あちらこちらから黒煙があがっている。
(ただごとではないぞ……)
ゾッとして顔をしかめる。
「起きたか、お姫様」
昨晩私を連行した騎士の女が見下ろしていた。
明るい中で見るとなかなかの容姿をしている。
肩まで揺れる黒髪、切れ長の瞳、意志の強そうなきゅっと締まった唇。
美青年と言っても良いような威風を漂わせる女性だった。
「聞こえていないのか、お姫様?」
騎士はもう一度呼びかけた。
「……私を、お姫様と呼んだか?」
「そうだが?なんだ??」
「いや……お姫様か……」
昨夜から感じていた、今の自分の容姿への違和感と疑惑がほぼ確信となっていた。
(──そうだ鏡!鏡は無いか!?)
辺りを見回すがそれらしいものは無い。
ならば……
「水をください!」
私は騎士を見上げた。
「喉が渇いて仕方ない……ので、お願いできませんか?」
騎士は私をしばらく見つめた後、
「いいだろう、泣き腫らした目を冷やすといい」
昨夜のことを思い出したのか、薄く笑った。
騎士の傍らに控えていた女兵士が桶に水を汲んで持ってきてくれた。
私は意を決して桶の中を覗き込んだ。
朝日で光る水面に、不安そうな顔をしたとても美しい少女が映っていた。
それが私だった。
「……これは…アバター???」
私はボソッと呟いた。ゲームやネットの世界での自分の分身だ。
違うのは、ここがそういう仮想の世界ではなさそうだということだが。
……それにしても、ものすごく可愛い…!
こんな状況で思う事ではないとは自覚しつつも、やっぱり可愛い。
だが煤でずいぶん汚れているし、目の周りは真っ赤だ。
すぐに洗って綺麗にしてあげたくなったが、あいにく両手は拘束されたままだ。
私は思い切って水面に顔を突っ込むと、一気に水を飲んだ。
「ああ、美味い……!!」
喉から胃に流れる冷たい感触が心地よい。
それから、顔をばしゃばしゃと振って頭をあげる。
「ほう」
騎士は濡れた私の顔を見て、少し驚いたように言った。
「さすがに美しい」
(ですよね……!)
この時ばかりは、私も心底同意した。
「隊長!」
騎士のもとに部下らしい兵士数人が駆け寄ってきた。
「焼け跡を捜索しましたが、他には誰も見当たりません」
「プレカーリはどうした?あの魔術師は捕らえたのか??」
「……恐らく王宮の崩落に巻き込まれて絶命したものと」
「遺体を見つけるまで油断するな。あれを逃すと厄介だ」
なんだかとても物騒な話をしている。
「……で、我々はどうする?」
「それについては上から指示が……『レイナ姫をウィリデまで内密に護送しろ』と」
そこで、部下は声を潜めた。
「『アモルに売り飛ばす』とのことです」
「──プッ、これは面白い!姫から娼婦に転落か」
隊長と呼ばれた騎士の女は愉快そうに笑って、こちらを振り返った。
「良かったなレイナ姫、アモルは楽しい所だぞ」
レイナ姫が誰を指すかは明白だった。
私だ。
今の私がレイナ姫なのだ。
必死に頭の中を整理した。
現状をまとめ、それに対するコメントをつけていった。
・私……成瀬蒼士は見知らぬ世界で処刑寸前のレイナ姫となっていて、辛うじて生かされた。
(生かされたのは私の命乞いの成果だ!)
・では、プレカーリとは何者だろう?
雰囲気的には味方……あの警戒している様子なら頼もしい者のようだ。
(一刻も早く会うべき!)
・そして私はアモルに売り飛ばされ娼婦になる……
──え、娼婦!?
私……というか、この美少女レイナ姫は娼婦にされるのか!?
それはあんまりじゃないか。
彼女がいったいなにした??
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