第13話

まるで地獄のようなエレベーター内。


彼女はジレンの態度にショックを受けたのか、視線を落としたまま俺の横に立ってキュッと俺の小指を握った。


俺たちの前に立つジレンはチラッと後ろを振り返り、それに気づくと分かりやすく大きなため息を落とす。


修羅場


まさにそんな雰囲気だった。


重い空気のままエレベーターを降り、俺の部屋に入るとジレンは1人バスルームへと向かう。


J「汗かいたから風呂入る。」


T「うん…着替えは脱衣所の棚に入ってるから。」


J「うん。」


俺と目すら合わせず拗ねてるジレンはバタンと大きな音を立ててバスルームの中へと入った。


それを見届けた彼女は突然、俺に後ろから抱きついてくる。


T「なに…どうしたの急に…」


「あの子…本当に親戚の子?」


T「うん…実は親戚ではなく友達なんだ…大切な友達…」


俺はジレンとの関係を友達という都合の良い言葉で誤魔化した。


それはなぜか…ジレンとの関係が彼女には絶対…


知られてはいけないような気がしたから。


「そうなんだ…私あの子に嫌われちゃったみたい。なんかあの子…怖い。」


T「そんな事ないよ。ジレンは人見知りなだけだから。優しくて良い子だよ?」


俺はそう言って俺の腰に巻きつく彼女の手を解いてソファに座った。


すると、彼女も俺と並んでソファに腰かける。


「今度いつ2人で会える…?」


彼女からのその問いを聞いて俺の頭の中に浮かぶのはジレンの顔。


きっと俺が彼女と2人で会うと知ったらあいつ…昨日の大暴れどころの騒ぎでは済まないだろう。


しかも、ジレンと彼女との相性はおそらく最悪で…


2人をこれ以上、会わせない方がいいかもしれないと俺の勘が働く。


「ねぇってば…タケルとシたいのに…あの子がいたら出来ないじゃん…」


彼女が俺にもたれ掛かりそう甘えると俺の心と身体に違和感が襲った。


この違和感はなんだろ…


付き合ってこの数ヶ月で数は多いとは言えないが、彼女とは何度か身体を重ねてきた。


しかし、その行為はいつも不発で俺が原因で最後までうまくいかなかった。


でも、俺の身体はジレンに触れられただけで熱く火照り敏感に反応したのに、今、彼女に触れられてもやはり俺の身体は何も反応しない。


これって…まさか俺…


バタン


頭の中でそう考え込んでいると、大きな音を立ててスウェットのズボンを履いたジレンが上半身裸のままバスタオルで頭を拭きながらバスルームから出てくると、俺は咄嗟に彼女を押して少し距離を取った。


あとで、あっ…と思ってしまった俺は彼女の顔色を伺うと彼女はムッとした顔をしていてやってしまったと自覚した。


ジレンはリビングに来ることなくベッドルームに入りベッドに腰掛ける。


J「先に寝るわ。」


T「う…うん…ちゃんと服着ろよ?風邪ひく。」


気まずく重い空気の中、ジレンは俺の言葉を無視して服を着ることなくベッドに寝転がった。


すると、部屋のチャイムがなった。


T「ごめん…誰か来たみたいだからここで待ってて。」


「うん…」


彼女にそう言って彼女をリビングに置いて俺が玄関に出ると、そこにいたのはこのマンションの管理人のおじさんだった。


いつも良くしてくれるおじさんが一人暮らしの俺を心配して野菜やら惣菜を持って来てくれた。


お喋りが大好きな管理人さん。


いつもならそのお話に付き合ってあげるのだけど、今日はなるべく早く切り上げて部屋の中に戻りたい。


きっと今、部屋の中の空気は最悪な状態だろう。


そんなことを頭のでは思うのに、なかなか切り出すことが出来ない俺の前で、管理人さんはとても楽しそうに話をしている。


何度も切り出そうとしてはかき消される俺の声。


そして、管理人さんも満足したのかやっと話を終えて帰って行った。


ホッとひと息ついたのも束の間…


俺は慌てて部屋に戻るとリビングのソファにいたはずの彼女の姿がなく、不思議に思うと彼女は乱れたシャツの胸元を手で押さえ、怯えた顔をしてベッドルームから出てきた。


彼女の乱れた服装から下着が見えていて思わず俺は取り乱しそうになる。


T「え……」


「見ないで…」


彼女は俺から視線を逸らし、家を出ていこうとするのでその細い腕を掴むと、彼女は俺の顔を見て涙をポロポロと流し…


俺を避けるように走って家を飛び出した。


なにが起きたのか分からない。


俺が彼女の背中を見つめて立ちすくんでいると、ベッドルームから気怠そうに上半身裸のジレンが出てきて、その身体には昨日はなかったはずの引っ掻き傷があり俺は目を疑った。


まさか?


ジレンが?彼女を?


確かにウサギの姿に変身するようになってから性欲が我慢出来なくなったと言っていたジレン。


だけど…


嘘だよな?


ジレンがそんなことするわけ…


T「お前…彼女のこと襲ったのか?」


ジレンは俺の言葉にため息を落とし、イラついたような顔をして俺を睨む。


T「彼女に手出したのかって聞いてんだよ!!お前はヤレたら誰でもいいのかよ!?自分より弱い相手を力づくで犯すなんて最低だぞ!?これは犯罪だからな!?」


J「あの女が俺に襲われたとでも言ったのかよ!?俺の話も聞かずに一方的に言ってんじゃねぇよ!?あんなクソ女のどこがいいんだよ!?」


パチン


つい…手が出てしまった。


泣いている彼女に悪びれる様子もないジレンに腹が立ったから?


違う…きっと俺の感情はそんな優しい正義感溢れるもんじゃない。


誰でもヤれればいいというような性欲の塊のジレンに嫌気がさし…悲しかった。


俺自身、ジレンが俺以外の誰かにそういう行為を求めた現実が受け入れられなかったから。


つい…この手でジレンをぶってしまった。


するとジレンは歯をグッと食いしばり俺と目を合わせることなくボソっと呟く。


J「殴らないって言ったくせに…ウソツキ。」


俺はジレンのその言葉にハッとしたものの…

ジレンはラッグにかけてあった上着を荒々しく手に取ると、そのまま大きな音を立てて部屋を出て行った。



つづく





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