「彼」は、

明朝、街に配られた朝刊にはこう書かれていた。

「戦争の英雄、襲われた駅馬車を勇敢に守り抜く」

彼はまたも英雄となってしまった。彼の罪はふたたび、赦される。


馬からの転落が原因となり、彼は植物状態になった…

と、思われている。


意識があるのだ。鼻と耳も効く。

ただ、物は言えない。盲目にもなった。


さてこの後、彼の息子が息も絶え絶え、この病室に駆け込んでくる。(母の訃報を携えて。)

きっと息子は自分達から逃げた父に、思いつく限りの呪事をぶちまけるだろう。

いやはや、ある意味で彼を真正面から見据えているのは、今や息子だけ。

ただ彼はもはや、謝ることもできない。



彼の病室に寄せられた「英雄」宛ての花・花・花・花。  

その香りが、彼の鼻腔を焼き、濯ぎ、また焼き。その度にただ罪を赦し続ける。


「老兵は死なず、単に消え去るのみ。」

そのはずだったのだが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

われは、 KE4SCO @CanonCannon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ