我らは、

息子が生まれた。彼は「息子は二人の全てで、妻は彼の全てである」と、そう理解した。ただ、この世の醜悪を知り尽くした彼は、そんな世に息子を晒してしまうことを、ときおり悩むこともあった。

それもあってか、息子は彼女に似て誇り高く、彼に似て腕っ節の強いこと。

気高く正しく、それでもって潔癖に育った。


ただその潔癖はそのうち、息子の両親にすら向けられることとなった。

町の誰から聞いたのか、かつて悪党だった父を嘲り、その妻である母を「淫売」と罵った。そしてその血を引く自らを、悪党の血を引いた屑であると思うようになったのである。


そんな息子にもどうやら春が来た。うちに連れてくることはないが、健やかな娘らしい。二人は喜んだ。あの戦場が、自分達が幾度となく汚した手が、同胞の血に濡れたあの胸が、こうして未来を抱き上げている。無駄でなかった。


ただ彼ら夫婦は、思いがけない未来すら抱き上げることになった。

息子の婚約者であった彼女が、突如町から消えてしまったのだ。

息子は怒り狂った。彼女が出ていったのは悪党だった父のせいだ、その子を産んだ母のせいだと暴れ回った。

だが、両親はわかっていた。婚約者が逃げたのは、自らの血を、それから思いがけずできてしまった子供の血を呪ってしまう、そんな息子の態度が彼女を遠ざけたのであろうと。






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