第94話 暗殺者、姉と戦う。
「許さないいいいいいい!」
姉の剣が少し下がった瞬間、まるで世界が止まったかのように一瞬にして俺の首を目掛けて剣が振り下ろされていた。
だが、俺もセカンドステージである『
しかし、『堕天使』の強さは全体的な底上げというよりは、俺の補助魔法の進化という感覚が大きい。
元々補助魔法は一つではなく、『力』や『俊敏』などそれぞれを上げるものになっている。
その先にある『堕天使』もまた全体ではなく、そのときにどの力を飛躍的に上昇させるか選ばなければならない。
そして、その中でも一番の力を発揮するのが、『黒翼』だ。背中に生えている六枚の羽から放てる黒い雷攻撃こそにある。
自身の身体能力を上げるのは副次的な効果であり、一番得意な部分ではない。
相手がギンのように倒すべき相手なら遠慮はいらないが……姉となるとこの力は一切使えない。今でも彼女の体の至る所には火傷がある。
それもあって、まだ完成していないとはいえ『剣神』のセカンドステージとの対峙は、非常に困難を極めた。
一瞬の油断で自分の首が飛ぶのがわかる。
姉から向けられる殺気。それは、ある意味ではお互いを暗殺するために戦う暗殺者同士の戦いのようにも感じる。
黒光魔法で姉には一度も見せていない黒雷剣を取り出して迎え撃つ。
剣と剣がぶつかるたびに強烈な衝撃波とオーラ同士のぶつかりで発生した雷が周囲に響いていく。
一度瞬きする間に数えることも難しい数の攻撃が繰り返される。
吸い込んだ息を止め、何度も何度も攻撃を繰り返して、ようやく距離を取った。
「アダム……守ってやれなくてごめんね? 私……本当にダメダメな姉で……本当にごめんなさい……仇は絶対に打つから……仇を打ったらすぐに追いかけるから……待っていて……」
……これ以上は危険だな。
「殺してやる!」
姉が飛び込んだタイミングで、俺は『黒翼』で解放して、姉の体を雷で貫いた。
姉の目から大きな涙が流れながら、小さく「アダム……ごめんね……」という声が聞こえる。
そんな姉は、俺が与えた激痛で意識を失い、ボロボロになった体で俺の腕に落ちてきた。
すぐに『ヒーリングⅩ』を展開して姉を回復させる。
一瞬とはいえ、姉に激痛を与えることしかできないとは予想していなかった。
姉と俺の力の相性が悪いため、彼女を疲れさせることは難しかった……が、それも言い訳なのかも知れないな。
静かに眠っている姉を大事に抱えて、どこか静かな公園に連れて行った。
『ダークさま~』
『
『外での戦いが始まったんですけど、どうやらネズミが一匹、王城に入り込んでるみたいです』
『王城か。エンペラーナイトがいるのでは?』
『一人いるんですが、ネズミに手こずっているみたいで』
『わかった。ではそちらは
『了解~! 任せてくださいね~』
『ああ』
ここまでして王城を狙うのは王の命か? となると主犯人は王子の誰かか?
『王都内に怪しい影なし! ダークさまが戦われたところだけのようです!』
俺がいたところだけ……? 闇ギルドの仕業ではない……?
『ダークさま! 緊急事態です! 地下水路からも魔物が入り込んでいるようです!』
『地下水路か……神風は総力を挙げて王都民の命を守れ。但し、お前達の命を最優先にしろ』
『かしこまりました!』
続けて
『ダークさま。地下水路ですが、下層だけは別の地下水路を作っています。魔物が上がってくることはないと考えられるので、中層の民は出来る限り下層へ避難させます』
『いいだろう。許可する』
『ありがとうございます。その際に、本来なら販売を予定した食料を配布致します』
『ああ。
『かしこまりました!』
これでひとまずの方向性が決まった。
それより地下水路から上がってくる魔物を何とかせねば、王都は大きな被害を受けることになる。その上、前線で戦っている者達を支援している後衛に被害が起きかねない。
一度姉を屋敷に預けて向かうべきか。
「ん……」
「姉上」
「ア……ダム……?」
ゆっくり目を開ける姉、じっと俺を見上げる。
「姉上。どこか痛むところはありませんか? 全て治してはいますが、まだ足りないところがあるなら……」
「痛いとこ……あるわ……あるわよ……」
また姉の大きな目から涙が溢れる。
「ダークさまから急いで治してくれと運ばれてきたので驚きました」
「ダークさま……?」
「姉上と戦った仮面の男です。ナンバーズ商会のオーナーです」
「アダム……本当に生きてるのよね……?」
「はい。姉上を探しに第六騎士団に向かっていたら敵に会ってしまってケガをしていたんです。そこをダークさまが助けてくださり、公園で待っていたらまさか姉上が運ばれてくるとは……」
「そう……だったんだ……じゃあ、あの人は……アダムの命の恩人なのね?」
「ええ。助けていただきました」
「そうか……そっか……私、酷いことをしていしまった……」
「誤解されたと仰ってましたが……気になさらないようです。どうやら地下からも魔物がくるからともう行かれてしまいました」
「そっか……」
「姉上。どこが痛みますか? すぐに回復魔法を……」
姉は何も言わず、両手を上げて俺の腹に抱き付いた。
そして、また大きな涙を流す。
「私……アダムが亡くなったと勘違いして……あんなにボロボロになったところにマントが落ちてたから……」
「姉上。ご心配をおかけしました」
「ううん。無事で本当に……よかった……」
力を強めて俺を抱きしめる姉の頭を優しく撫でてあげる。
そういえば、こうして姉と二人っきりになったり、姉がこうして甘えるのはいつぶりか。
「あのね……アダム? 聞いてくれる?」
「ええ」
「私……本当はすごく……嫌な女なんだ……」
「姉上がですか?」
「うん……アダムが死んだって思ったら……本当に後悔して……ちゃんと思いを伝えておけばよかったって…………私、ずっとずっと……これからもずっとアダムと一緒にいたい。アダムが私以外の女と話していると……胸が苦しくなって……いつも一緒にいるイヴちゃんが羨ましくて……心配されるアリサちゃんが羨ましくて…………リゼちゃん……一番仲良しで……」
声を詰まらせて話せなくなった姉は、じっと抱き付いたまま、声を殺して泣き続けた。
「リゼちゃんとアダムが……結婚したら……私も納得できるって……そう思ってたのに……胸が苦しくなって……辛くて……アダムを誰にも渡したくなくて…………でも私は……姉だからアダムの奥さんにはなれなくて……」
「姉上……」
「こんな私を知ったら……アダムに嫌われちゃうってずっと思ってたけど……アダムが死んだと思ったら……ちゃんと言わなかった自分が悔しくて……だからっ……」
ボロボロと涙を流す姉は、小さく「ズルいやり方でごめんね……」と話しながら、顔を近付け――――唇と重ねた。
そんな姉を、優しく抱きしめてあげる。
姉は、その事実がより悲しそうに、涙を流した。
「いっそのこと……アダムに嫌われたら楽なのかもしれないのに……アダムはどこまでも優しくて……」
恋愛……か。
俺がリゼに近付いたのも、全ては姉の頼みだからだ。何があるたびにリゼと会ってもらいたいと言ったのは姉で、親友でもある彼女と親交を深めたかったのだとばかり思っていたのだが。
以前、イヴもそういうことを口にしていたな。彼女の笑顔もまた酷く悲しいものだった。
「姉上。世界が滅ぶとしても僕は姉上の隣にいます。世界が姉上に敵対しても僕だけは味方になります」
「どうして……? 私はアダムに何も……何もしてあげられなかったのに」
どうして……か。
前世の記憶を持ち生まれ直して、初めて俺に手を差し伸べてくれたのは、他でもない姉だ。
戸惑っている俺の手を引いて屋敷を駆け回っていたのも姉だ。
家族であるから……という理由もあるが、どこか俺自身も姉の行動に救われていたと思う。
「誰よりも僕のことを思ってくれたのは姉上ですから。昔からずっと。それに姉上」
「うん……?」
「姉上は姉弟だから何もできないと仰いましたが、それは違います。僕が姉上の弟であり、姉上が僕の姉であるからこそ、こうして誰よりも近くに居ることができます。僕に恋愛のことはよくわかりませんが……そんなことで姉上をないがしろにするつもりはありませんし、姉上がいないなら全て必要ありません」
「アダム……」
「これからもずっと姉上の隣に立ち続けます。僕自身の意志で」
彼女の頬に流れる涙を優しく拭いてあげると、嬉しそうな笑みを浮かべて優しく体を寄せた。
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