第93話 暗殺者、かつての強敵と対峙する。

 セカンドステージを解放し、暴れるギンを後頭部を蹴り飛ばす。


 【黒外套】と【力上昇Ⅹ】も相まって、一撃で吹き飛ぶギンは地面を抉りながら、ずいぶんと遠くまで吹き飛んだ。


 前回は死体を操る男も一緒にいたが、今日は一人だけのようだな。


「グラアアアアア!」


 ギンが吹き飛んだ先から雄叫びとともに、周りに強烈な衝撃波が起き、周囲の建物ごと壊れた。


「ガア……ダレダ……オデヲ……」


「久しぶりだな。木偶の坊」


「オマエェエエエエ! アノトキノムカツクヤツ!」


「良い顔になったじゃないか。それで? こんなところで何をしているんだ?」


「ガアアアアアア!」


 理性が飛んでいるのか?


 全身から禍々しいオーラを放つギンの体が一瞬ブレて、次に認識したときは俺の横を殴りつけていた。


 図体の割にはずいぶんと速い。


 攻撃が当たる寸前で【頑丈Ⅹ】と黒光魔法を展開させて攻撃を中和させたが、それでも勢いを弱めることしかできず、もろに攻撃を受けてしまった。


 投げつけられたボールのように真っすぐ吹き飛び、建物をいくつか貫いて飛ばされた。


 頭さえ潰されなければ問題がないが、このまま戦っても埒が明かないのはもちろん、あの速度に付いていくのは至難の業だ。


 俺は黒光魔法『堕天使ルシフェル』を展開させた。


 マントは姿を変え、黒い翼へと代わり、周囲にはビリビリと黒い雷が音を立てる。


 次の瞬間、上空にギンが現れ、俺に向かって拳を下ろしてきた。


 二度目の攻撃も強烈で、地面が半径数百メートルに渡り亀裂が走り、範囲内の建物は全てが倒れる。


 だが――――


「お前の本気はこんなものか?」


「ガア……アガガガガガ!」


 右手を軽々と止められ、今度は左手で俺を叩きつける。さらに両手で杭を打つかのごとく何度も俺を叩きつけた。


 少しずつ地面が崩れ、俺の体が地面に埋まっていく。


「ギャアアアアア!」


 奇声を上げながら、最後は両手で俺を叩きつける。


 それに合わせて、俺は右手の指を鳴らす。


 パチーンと音が響くと同時に、俺の体から放たれた黒い雷がギンに直撃し、巨体を空高く飛ばした。


「ガ……ガァ……」


 黒薔薇病のときはまだこの力を制御し切れていなかったが……あれから闇ギルドの組員やエンペラーナイトのような強者に対抗するために、イヴと鍛錬を続けてきた。


「――――黒光魔法『断罪』」


 空に浮いたギンの周りに黒い処刑台が現れ彼を固定させる。


「ガア、ウア、ガ」


 聞きたいことはいろいろあるが、残念ながらとても聞ける感じではないからな。


 闇ギルドが入ってきたからには、姉の安否が最も心配だ。すぐに決着を付けて向かうとしよう。


 俺が右手を握ると同時に処刑台の黒い刃が合わさり、ギンの体を貫いた。


「ギャアアアアア!」


 ギンは悲痛な叫びを上げながら、ゆっくり地面に落ちてきた。


「ガア……ウ……」


「あれで生きているとはな。さすがだな」


「ア……オマエ……」


「ん……? 正気を取り戻したか」


「オマエハ……アノトキ……」


「ああ。ダークだ」


「ダァク……」


「お前は何のために王都にきた? ただ暴れるだけか?」


「ワカラナイ……オデ……ドウシテココニ……」


「ん? 知らないうちにここに来たのか?」


「ソウダ……アレ……オデノウデトアシガ……ナイ……」


「ああ。斬ったからな。さすがに頭がないと体は勝手には動かないようだな」


 奇妙なものだ。肩から下と上で分かれたというのに、この男は生きている。しかも、死ぬ気配がない。


 そもそも異世界とはいえ、人が生きるためには心臓が必要だ。なのに、ギンは生き続けている。


「お前にはいろいろ聞きたいことがある。悪いがそのまま回収させてもらうぞ」


「オデ……」


「――――黒光魔法『黒棺』」


 ギンの上部と下部にそれぞれ黒い棺が現れ、中から黒い鎖で全身を縛り引き寄せては、扉が閉まった。


 これは封印魔法の一つで、こういう使い方をするとは思いもしなかった。


 さて……落とした物を回収して急いで姉に向かわねばな。


 最初に戦ったところに戻ると、ギンに殴られたときに俺が吐いた血に濡れボロボロになった聖天極のマントがあった。


 マント自体にも防御魔法が付与されてはいるが、それをも貫くギンの破壊力は大したものというべきか、それともギンの一撃に完全に破れなかったマントが大したものというべきか。


 マントを拾い上げたそのときだった。


 俺の前に一人の女性が立ち尽くす。


 美しい水色の髪をなびかせた彼女は――――絶望に染まった表情で俺が持つマントと俺を交互に見つめた。


「あ、あぁ……あ……」


「ソフィア・ガブリエンデ子爵か」


「あ……あぁ……う……そんな……」


「?」


「お、お前が……お前があああああ!」


 突然酷く怒りを露にした姉が、凄まじい形相で俺に攻撃を始める。


 全開のギン程ではないが、それでもずいぶんと速い。


 それだけではない。剣戟一つ一つがまるで生きているかのように、その軌道は一切読めず、咄嗟に避けるが、剣戟は俺の体に届いていた。


 姉の剣が俺の体に届く度にバチッバチッと雷が鳴り、その火花が姉の体に当たって火傷を与えるが、それでも姉は手を止めることなく攻撃を休めない。


 このままでは姉の身が危険だ……が、ダークのことを伝えるわけにもいかない。


 攻撃の隙を見て、彼女の剣戟を一撃直撃させる代わりに、黒光魔法で大きく吹き飛ばした。


 斬られた右腕から、血が一筋流れ、地面に落ちる。


 吹き飛ばされた姉は剣を杖代わりにして起き上がるが、その表情は全ての失った者と同じ表情をしている。


「ソフィア・ガブリエンデ子爵。どうして俺に攻撃を?」


「ふざけるなああああ! お前が……お前がアダムを……私の弟を殺した! そのマントは……弟の……」


 大きく見開いた両目からは、涙が流れ始めた。


「許せない……アダムを……アダムを返してえええええ!」


 姉の体から青いオーラが溢れる。


 ――――セカンドステージ。


 さっきとは比べ物にならない凄まじい威圧が放たれる。


 なるほど。姉はすでに相手がギンだとしても負けない強さの頂にいるのだな。


 さて、このままではどう説明しても聞いてくれそうにない。それに――――姉が入学するまでは、一緒に訓練に励んでいた。


 そんな姉がどこまで成長しているのか、彼女の本気を見る絶好の機会だな。


 いや……強者と手合わせできるのは、少し心が躍る。


 前世では生きるために誰かを殺すことだけを考えていた。だが、今はそうではない。


 自分が強くなればなるほど守れるものも多くなる。


 俺自身が――――姉を守れる強さを持っているかどうか。それを確かめたい。


 手に持っていたマントを投げ捨て、姉と対峙した。

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