第92話 暗殺者、黒い雲の正体を知る。

「きひひひ! これで貴様の――――」


 笑い声を上げる伯爵令息だったが、一瞬で近付いてきたエンペラーナイトによってその場で拘束された。


「痛っ! な、なんだ!」


「アルバ令息。今の薬はなんだ?」


「ひい!? ア、アルヴィン様?」


「すぐに答えよ。今の薬はなんだ?」


「い、今のは、そこのズルをした男の幻惑を解除する薬で……」


「幻惑を解除する薬……?」


 少なくとも上空を見れば、そういう類の薬ではないのがわかる。


「アルヴィンさま。このまま試験を進めるより、一度体制を立てた方がいいのではないですか?」


「アダムくんか。ああ。そうした方が良さそうだ」


「い、一体何が……? どうして僕がこんな目に遭わないといけないんだ!」


「アルバ令息。今回の一件の詳細はのちに聞く」


 アルヴィンは伯爵令息を警備隊に引き渡し、コロセウムに集まった全員が退避させた。


 空の黒い雲やエンペラーナイトの的確な指揮によって、避難はスムーズに行われた。




「アダムッ! どこか気持ち悪いとこはない!?」


「姉上。ええ。念のため回復魔法を掛けております。問題ないかと」


「そっか……良かった……」


「それより雲が気になります。僕は一度テミス教に向かいます」


「私も一緒に!」


「姉上。姉上は第六騎士団を率いて防衛に加わってください。何か悪い予感がします」


「アダム……」


「僕は大丈夫。こちらにいるアリサさまやイヴさまとも一緒に居ますから。今は姉上は姉上がするべきことをやってください」


「……わかった。ねえ? アダム」


「はい」


「もし危険なことが起きたら……自分の命を最優先にしてほしい」


「ええ。約束します」


「うん!」


 笑顔を浮かべた姉は、少し名残惜しそうに俺から離れていった。


「アダムさま。急ぎましょう」


「ええ」


 俺は聖女と共に教会に向かう。


 イヴは生徒達の避難と屋敷の者へ指示を送るために向かったが、それはあくまで表であり、本来はアインスイヴとして暗躍できるように一人行動に変えている。表では屋敷に隠れていることになる。


「アリサさま。あの雲から何か感じますか?」


「はい。何だか悪寒のようなものが……とても暗いものを感じます。アダムさまもですか?」


「はい」


 たとえば、夜の墓場は周りの温度よりも低く感じることがあるという。


 おかげで墓場というのは意外な安息地でもあったが、確かに体を包む冷たい空気は感じたことがある。


 どこかそれに似てる感覚が王都全土を包み込んでいる。


 コロセウムから全速力で走り、やがて教会に着いた。


 途中、空の雰囲気や冷たい空気感に多くの者が不安を口にしているのが見えたが、教会の前にもすでに多くの信者が集まって女神に祈りを捧げていた。


 あの日の――――『黒薔薇病』が蔓延した日のように。


 秘密通路を通って教会の中に入った。


「教皇さま!」


「アリサにアダム様。おかえりなさい」


 それから聖女は教皇にあったことを速やかに話した。


「なるほど……どういうものかまではわかりませんが……思い当たる節はあります」


「思い当たる節?」


「おそらく――――『混沌の始まり』ではないかなと」


「『混沌の始まり』……?」


「はい。大昔、邪悪な混沌の化身が使うとされる『混沌の始まり』は、周りの魔物を暴走させ集めることができたと言い伝えられてます。そのときは必ず空に邪悪さを感じる漆黒の雲が現れると言います」


「ということは……これから多くの魔物が押し寄せるということで?」


「おそらくは。王城には使いを出しております。すぐに臨戦態勢を取ってくれるでしょう。我々も……人々を守るために立ち上がりましょう」


 教皇の言葉に集まっていた聖騎士達が立ち上がる。


 一人一人がエンペラーナイトに匹敵する力を持つのがわかる。


「これから大きな戦いになるでしょう。アリサ。アダム様。多くの者のケガを癒し、被害を少しでも減らしましょう」


「はい!」


「……アダム様?」


「……大変申し訳ございません。その申し出、断らせてください」


「別のところに向かわれるのですね?」


「ええ。姉上が心配です。第六騎士団に合流したいと思います」


「かしこまりました。必ずこの危機を乗り越えてまたお会いしましょう」


「ええ」


 行こうとする俺の手を握る感触があった。


「アダムさまっ……」


「アリサさま?」


「……また会えますよね?」


「もちろんです」


「またみんなで……美味しいケーキを食べに行きたいです」


「はい。では戦いが終わったら姉上やイヴさまと一緒にみんなで行きましょう」


「はいっ……!」


 俺は聖天極のマントを取り出し羽織る。そして、教会を後にした。


 第六騎士団がある方に向かって走っているとき、地面が揺れ始めた。


『ダークさま。遠くから無数の魔物が王都に向かって来るのが確認されました!』


『ああ。教皇曰くどうやら周りの魔物を暴走させて集めるもののようだ。おそらく魔物も普段よりも強くなっている可能性がある』


『かしこまりました。我々はどういう風に動きましょう?』


『偶然とは思えない。魔物だけならいいが、もし闇ギルドがいるなら絶好の機会だろう。王都内の防衛を優先する』


『はっ! では神風は王都内に散ってネズミがいるか捜索に当たります!』


 いくら無数の魔物とはいえ、王都にいる第一騎士団や第二騎士団にエンペラーナイト、テミス教の聖騎士達がいれば、そう簡単にやられることはないだろう。神風がそこに力を貸して大局が変わるとも思えない。


 まずは姉に合流するか。




 ――――そのときだった。




 建物の中から大柄の男が壁を突き抜けて飛び出てきた。


 その姿……忘れるはずもない。


 ビラシオ街で出会い、エンペラーナイトの助力が無ければ勝てなかった男だ。


 名を確か――――ギンという闇ギルドの者だ。


『闇ギルドの組員を確認した。全員気を引き締めろ』


 すぐに全員に念話を飛ばし、俺は男に対峙する。


「オォ……ハジマッタ……ン?」


 男の視線が俺に向くと、少しずつ表情が怒りに染まった。


「オマエ……シロイ……オデ……シロイノハ……ダイキライダ!」


 ギンは以前よりも速い速度で俺を殴りつけた。


 殴られて吹き飛ばされた俺は、建物に激突して建物ごと崩れてしまった。


 なるほど。以前よりも強くなったのは間違いないようだが、ずいぶんと好戦的だな……?


 しかし、こうして殴られたおかげで、【ダーク】として動きやすくなった。


 【黒外套】を装着し、近くの建物の屋上に立つ。


 以前会ったギンは、戦いこそ雑だったが、どこか幼い子どものようだったが、今の彼はただただ暴れる牛のごとく、周りの人々や建物を壊し続けている。


 その表情も段々と普通の人間とは違うものだ。


 これ以上放置しても被害が大きくなるだけなので、ギンに向かって飛び込んだ。

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