第85話 暗殺者、人知を超えた存在に遭う。
一本道を進み続けると、高い渓谷から広大な荒地が現れた。
山や森とは全然違う景色を不思議に思いながらも、地面の砂がサラサラであることや生殖している植物が森とはかけ離れているもので、一つわかったことがある。
渓谷と道の高さが異常に高かった理由。それは――――この地が元々広大な湖であったからだと推測できる。
フェルニゲシュと一緒に落ちたところも昔は大きな河だったのだろう。
魔物がほとんど現れないのにも納得だ。
そのとき、荒野から甲羅を持つ
大きさはノインと同じくらいの巨大蟹が次々と地面から砂をかき分けて出てくる。
「ガルゥ」
「……わかった。病み上がりで無理はしないように」
ここに来るまでの間、ノインにも補助魔法を掛けてある。より戦いやすくなっているはずだ。
馬型魔物ノインと大勢の蟹魔物の戦いが始まった。
「ブヒン!」
全身から禍々しいオーラの衝撃波を周囲に響かせたノインが、高く跳び蟹魔物達の間に降りる。
蟹魔物も大きな爪を開いてノインを狙って一斉に飛びつく。
地面が砂地で柔らかいというのに、まるで硬い地面を蹴り上げたようなスピードに驚きだ。
最初に飛び込んできた蟹を前足で蹴り飛ばすと、後ろの蟹達を巻き込んで次々吹き飛んでいく。
続けて後ろ足でも同じことを繰り返すと、その場で地団駄を踏み続ける。
すると、地面から鋭い闇の刃が生え、無数の蟹を貫いた。
今度は口に黒い炎が灯ると、黒い炎のブレスを吐き出して蟹を一掃していく。
見るからに頑丈な甲羅も黒い炎には成す術なく溶けていった。
真っ白な砂の地が、蟹達の青い血と黒い炎で地獄絵図に変わる。
異世界に転生して十三年。
魔法やスキルの力に前世とはまるで違う世界感に驚くことは多かったが、それも人の体であることに変わりはなく。姉のように最上級才能を覚醒させた者は人の身からはかけ離れた強さを覚え、Sランク冒険者にもなるリゼやレメでも人離れした強さを持つ。
ビラシオ街で対峙した二人も、王都地下で出会った者達も。
だが――――それはあくまで人の身として、どこか現実感があった。
しかし、目の前で魔物同士の戦いが繰り広げられると不思議な感覚に陥る。
蟹達のような通常魔物ならば、ただ背景にも似た感じだが、Sランク魔物のフェルニゲシュや目の前のノインの戦いはもはや異次元のものを感じる。
前世で培った暗殺者としての経験。資質。そのどれもが通用せず、ただただ暴力という力の差で圧倒する。理不尽という言葉が一番近いものか。
燃え盛る黒い炎の中、ノインが堂々たる姿で帰ってきた。
「ご苦労。ノイン」
「ブルン」
触って欲しい……のか?
手を伸ばして首の横を撫でてあげる。
「ガフッ」
「魔物の亡骸は全て回収しよう」
ノインの背中に乗り込むと、ゆっくりと蟹に向かって歩き始める。
通る際『影収納』を使って魔物を回収していく。
ここが本来の湖だとすれば、魚類が住んでいてもおかしくない。魔物は動物や植物を無意味に攻撃したりはしないし、お互いを食したりもしない。蟹魔物が無意味に魔物を攻撃はしないだろうが……水場に住む魚類魔物はもう存在しない。
そのとき、白い砂が小さく揺れ始めた。
微かな揺れが少しずつ大きくなっていき――――広大な砂場の中央から轟音を鳴り響かせながら巨大な魔物が現れた。
非常に長い胴体を持ち、蛇を連想させる魔物だが、その大きさは俺が知っている蛇とは比べ物にならない。
全身が真っ白に鱗に覆われて、黄色くて鋭い目、長さは何十メートルにも及ぶであろう超巨大蛇は、巨体にも関わらず、立ち上がったまま俺達を見下ろした。
その姿はまるで――――龍。そのものだ。
「この山脈を支配する主か?」
「汝。人族の身で、何を求めて参った」
「魔物でも喋れるのか」
喋る魔物など聞いたことも書物で読んだこともないが……。
「我は魔物に非ず。汝の配下と同様。神獣である」
「神獣……?」
「神に最も近い存在。世界の調停者である」
ガブリエンデ家にある書物の情報量はそう多いものではないかも知れないが、神に最も近い存在ならば、そういう
だが貯蔵している書物を全て読んだが、このような大蛇もなければ、蛇に関する物語は存在しなかった。
魔物もそうだが……神獣というものはどういう存在で、生きる目的とは何か。
それと……“神”という言葉まで出た。強大な力を持つ神獣が神を口にするということは、この世界には神が存在するのか。
「すまない。人族の書物には詳しい情報が載っておらず、神獣も神も詳しくは知らなかった。こちらのノインは俺の配下ではあるが、彼女の詳細を知っているわけではない」
「愚かな……だが、汝の素直さは認めよう」
「感謝する。この地にやってきたのも、フェルニゲシュという魔物を討伐するためにやってきたのだ」
すると、超巨大蛇は「キシャアアアアアア!」と咆哮を上げる。
凄まじい音圧は衝撃波となり、砂が吹き荒れる。
しばらく怒り出した超巨大蛇が落ち着き、血走った目で俺を見下ろす。
「フェルニゲシュはどこにおる」
「すまない。もう倒してしまった」
そう話すと、その目は少しずつ元に戻った。
「人の子よ。よくぞ深淵の隷属を倒してくれた」
「深淵の隷属……? なるほど。こちらのノインや其方とあまりにも違う感じはそれだったのか」
「さよう。魔物より神に至る存在は神獣なり。魔物より邪に至る存在は深淵の隷属なり」
「フェルニゲシュが大地の生命を吸い上げるというのは、そういう意味があるのか。となると神獣である其方は、この地から大地の生命を維持させているのか?」
超巨大蛇は小さく笑みを浮かべる。
「人の子よ。名を告げよ」
「ダーク。ナンバーズという組織を率いている」
「深淵に近い名を持つ深淵に反逆する意志か。深淵の隷属を排除に称賛を送る。くれぐれも深淵の隷属どもを許すな」
純粋な怒りが伝わってくる。それくらい対極の中にいる存在なのがわかる。
超巨大蛇から小さな光が降りてきて、俺の前に止まった。
「これは?」
「褒美を与える。我が名はカドゥケウス。人の子、ダークに神なる力を授ける。深淵の隷属を滅ぼせ。大地を救うのだ」
そう言い残すと、カドゥケウスは砂地に戻っていく。
砂が湖のように波を打ち、やがて来たときのように何もなかったかのような平穏な砂地となった。
魔物や神獣はこれから調べるとして……力を押し付けられた代わりに、深淵の隷属とやらを倒せということだな。
深淵の隷属のことはまだわからないが、少なかれずフェルニゲシュは大地を蝕み、人が生きる地を無くしてしまう。共通の敵なら味方であるとも言えるだろう。今はカドゥケウスの言い分を聞くことにしよう。
宙に浮いた光に触れると、俺の体の中に入ってくる。
――――ドクン。
と大きな心臓の鼓動が響くと、俺の背中に
「黒い天使の羽……か。ふむ」
羽から感じるものは、セカンドステージを越えたときのような力を感じる。羽とセカンドステージ自体はそれぞれであり、両方同時に解放することも可能だ。
それともう一つ大きいことがある。
「ノイン。俺の影に入れ」
ノインが影に入り、砂地に一人となる。
俺は――――黒い天使の羽を展開し、宙に浮いた。
戦力もそうだが、羽の力を使えば空中移動も可能になるのはかなり有用な力だ。
地上ではノインが、乗り越えた方がいい場所が飛べるようになったのは素晴らしいことだ。
どれくらいのスピードで飛べるか試すために、ゆっくり加速しながらどんどん速度を上げていく。
文字通り、超速と呼ぶにふさわしいスピードに移動時間が軽減できるのは、素晴らしい力を手に入れたと思う。
上空から周りを探索し、リゼ達を探した。
――【注意書き】――
以前使った黒光魔法の『堕天使』とは別ものになっております!ご注意ください!
(両方使用時、羽は堕天使で6枚、今回の力で4枚に、計10枚になる模様です!)
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