第84話 暗殺者、魔物を助ける。
崖の下に落ちたときの衝撃で、フェルニゲシュ親子は絶命した。
念には念を入れて、フェルニゲシュにトドメを刺しておく。
それにしても崖の上から随分転げ落ちたものだな。
空を見上げても見えないくらいに崖は深く、ここをよじ登ることは不可能に近いな。
それにしても、まさかフェルニゲシュの生体がこういう風に出来ているとは……。もしかしてSランク魔物というのは知恵があり、こうして子を成すのか?
通常魔物とはまるで違うことに驚いたが、その差は何かを今考えても結論は見つかる気がしない。これはいずれ戻った後に調べることにする。
崖の下はくねくねとした道となった一本道となっている。
落ちた場所から右に向かうか左に向かうか悩むが、ひとまず、右側に向かうことにする。
リゼ達がいないから、フェルニゲシュの亡骸は回収して、『黒外套』を使い身体能力を上昇させて走り出した。
しばらく走っていると、崖に洞窟のようなものが出来ており、その中から不思議な気配がした。
気になるので足を止めて洞窟の中に入る。
真っ暗闇でも『黒外套』なら昼間のような明るさで見通せる。
どんどん奥に進んでいくと、匂いが鼻を突く。
やがてたどり着いた最奥には、一匹の魔物が暗闇から俺を睨み付けていた。
匂いは魔物が喰い荒らしたと思われる魔物か。
それに、全身が傷だらけで、ただ死を待つだけに見える。
どうしてこんなところに魔物がいるのかは定かではないが……全身の傷から見るに、フェルニゲシュが放っていた不思議な攻撃が地面に付けていた傷跡と似ている。
もしやフェルニゲシュとの縄張り争いで敗れ、崖の下に落ちてしまったんだろうか。
その魔物はじっと俺を見つめ続けるだけで、動く気配はいっさいない。いや、動こうとしても、もう力が残っていないのだろう。
その姿に、前世で友人だった暗殺者の死に際を思い出させる。
奴もまた生き残りをかけて暗殺を続け、いつの間にか数年くらい一緒にカフェでコーヒーを飲む仲ではあった。
そんな彼でも死ぬときはあっけないもので、失敗して返り傷を受け、死ぬまで放置されていた。
俺が見つけたときはもう虫の息で、奴は俺に小さく「またコーヒーが飲みたい」と呟いて絶命した。
死ぬと分かっていて、その長い時間動かない体で何を思っていたのか。
きっとこの魔物も今まであったことを思っているのだろうな。
ゆっくり近づき手を伸ばして魔物の体に触れる。
そのとき――――ドクンと心臓の音が俺の全身に響く。
直後、魔物から微かな感情のようなものが流れ込んできた。
やはり、フェルニゲシュとの戦いに敗れ、自身の子供をフェルニゲシュに喰われ、崖の下で死をただ待つだけ。
その深くも悲しい感情が流れてくる。
「生きたいか?」
俺の問いに答えるかのように、魔物からは小さな希望にも似た感情が流れてきた。
何度も見てきた感情だ――――復讐心だ。
我が子を喰ったフェルニゲシュへの復讐。それだけが彼女の願いであると。
「残念ながらフェルニゲシュは俺の仲間達が倒した。もう残ってはいない。それでもお前は生きたいと願いか?」
暗闇でも魔物は鮮明に見えるようで、力を失った目を開けて俺の目を見つめてくる。
少なくとも俺が話している言葉を理解しているようで、それくらい強力な魔物でもあるんだと容易に想像できる。
魔物は少し安堵したような目をしたが、次第に生きたいと思う感情が伝わってきた。
これは……そうか。お前はそれを選択したいのか……。
「いいだろう。お前程の魔物が噂にもならず山脈に住んでいたくらいだ。人族にとって害はないように見える。ここでお前を――――助けよう」
そして、俺は魔物の体に黒いナイフを刺しこむ。本来なら体を引き裂くはずのナイフは、体の中に消えていく。
次の瞬間、魔物の体から黒い光が放たれて、傷がみるみるうちに治っていく。
フェルニゲシュによって失った片足も、毛並みも全て元に戻る。
光が止み、暗闇に包まれている洞窟の中で、魔物はその場に立ち上がる。
しっかり四本足で立ち上がった魔物は、高さは二メートル程の馬型魔物だ。
全身が黒く、体に不思議な青色の羽衣のようなオーラが纏っていて、四本の足の所には灰色のオーラが炎のように燃えている。
「ガルゥ……」
「お前はもう自由だ。子を失った悲しさはあるかも知れないが、子が見れなかった景色までしかとその目で見届けるといい」
魔物はゆっくりと顔を下げて、俺の体に優しく擦り付けてくる。
「俺は先を急いでいるからな」
魔物を一度撫でてあげて、俺は洞窟を後にする。
しかし、どうやら魔物は俺の後を追いかけてくる。
外に出てもずっと追いかけてきて、その目もまた俺の後ろ姿を追い続けていた。
「……一緒に来たいのか?」
「ガルゥ」
「……しかし、外套のときはいいが、そうでないときに一緒にいるわけにはいかないが」
すると、体に纏っていた羽衣のようなものを使い、俺の影に刺す。
次の瞬間、魔物の体は羽衣を通して――――俺の影の中に入っていった。
「なるほど。お前は影の中に入れる能力を持っているんだな」
俺の声に答えるようにまた影の中から出て来て、顔を擦り付けてくる。
「いいだろう。一緒に来るといい。名前がないと不便だ。お前には――――ノインという名を与える」
「ガルゥ!」
俺の前で膝を曲げ、背中に乗るように促してくる。
馬というからには乗れるとは思ったのだが……せっかくノインの誘いだ。ここで聞いておこう。
彼女の背中に乗り込むと、ぐっと上がった視界が周りを見渡せやすくなった。
ここが崖の下じゃなければ、もっと良かったと思う。
ノインは俺が思っていることを読み取っているようで、何も話さずとも、向かいたい方向に向かって走り出した。
スピードにはそれなりに自信があったのだが、ノインの前では比べ物にすらならない程に、彼女は速く、そして快適だった。
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