第83話 暗殺者、守るために自身を投げ捨てる。
山を登っている間に、パーティーリーダーのギアンが作戦の全容を話してくれて、
まず、盾役のブルムンとギアンが前衛として前に先駆けて向かい、遥か離れたところでリゼ達が待機する。
シーナが周りに注意を払っている間に、リゼとエリナが魔法の詠唱を始める。
簡単な魔法なら詠唱もなく放つことができる上、二人とも強力な魔法使いなのもあり、ここまで来る間に詠唱は一度も見たことがなかった。
詠唱の長さが今回の相手の強さを示すかのようだ。
作戦通りに行けば、難なく倒せるという。
しばらく詠唱を唱えていた二人だが、エリナが先に詠唱を終え、地面に真っ青の魔法陣を浮かべて待機する。
詠唱を続けていたリゼの足下には、真っ赤な魔法陣が浮かび上がると、魔法陣や彼女の周りにバチバチと雷が音を立てて走る。
「リゼちゃんの大魔法なんて久しぶりに見るわよ」
「噂には聞いているが……街を一つ吹き飛ばせるとか?」
「うん。その認識で合ってるわよ。最近だと……ビラシオ街ってところで使われてたね。魔法のサーチをしていたのに見つからなかったってみんな大騒ぎしていたよ」
ああ……あのときのか。少なくとも、あれは魔法
リゼの魔法陣が明るい赤色から少しずつ色が代わり、赤黒い色に灯り始めた。
そして、詠唱を終えたのかリゼがゆっくりと目を開けた。
「みんな……行くわよ!」
「「了解!」」
「――――戦術大魔法『エクスプロージョン』!」
リゼが杖を高く掲げると、凄まじい魔力の波動が魔法陣から空中に集まり出す。
そこには紅蓮色に輝く爆炎の球体が現れる。
もし太陽をこの目で見た事があるのなら、きっとこんな感じなのだろう。
爆炎の球体から波動が周りに響き、地鳴りが起き始める。
そのとき、枯れた木々の隙間から体を起こしたフェルニゲシュが顔を覗かせる。
飛竜というのはトカゲに羽が生えたような形をしているが、フェルニゲシュは首が非常に長い。頭には無数の棘が生えており、足も六本あり、羽が生えているところから飛竜に酷似している。が、飛竜とは比べ物にならないくらい威圧感がある。
フェルニゲシュは竜種と呼ばれている魔物の最強種の一種で、大地の生気をも吸い上げて生きる魔物だ。
「グルアアアアアアアアアアアア‼」
遠くからフェルニゲシュの咆哮が聞こえてくる。
それだけで体が震え上がる程に恐怖感を与えるものとなっている。
全員が緊張した表情でフェルニゲシュと爆炎の球体を見つめた。
リゼが杖を前に向けると、空中に浮かんでいた爆炎の球体が爆音を響かせながら、超高速でフェルニゲシュに向かって飛んでいく。
すぐに俺達を熱風が通り過ぎ、一瞬で全身から汗が噴出する。それだけであの球体がどれだけ強力なものなのかがよくわかる。
Sランク冒険者リゼ。
世界でも大魔法を一人で使える数少ない逸材。魔法の才能だけなら世界でも三本指に入ると言われている。
それがどれだけすごいものなのかを、目の当たりにした。
爆炎の球体がフェルニゲシュに激突すると、前世で見た爆弾のような大爆発が起き、山脈をも揺るがす。
さらに衝撃波のような熱風が周囲に広がり、木々が薙ぎ払われ、美しかった森が地獄絵図に変わっていく。
「――――上級魔法『レインオブテラ』」
今度はエリナが杖を持ち上げると、周りに無数の水の刃を飛ばしていく。
それは壁となり、爆炎から俺達を守ってくれた。
ギアン達が待っていたのは、丁度この魔法が入る範囲内だったんだな。
しばらく爆炎に見惚れていると、その中から黒い影が見えた。
「来るっ! 気を付けてギアン‼」
直後、黒い影が爆炎の中から突進してくる。
爆炎によって全身が焼け焦げているフェルニゲシュだが、突進できる程の体力が残っているとは、さすがはSランク魔物だ。
ブルムンが大盾を持ってフェルニゲシュの突進を正面から受け立つ。
「――――スキル『金剛壁』じゃ‼」
大盾とフェルニゲシュが激突する。
地面で受けたまま、フェルニゲシュの突進を止めて、また周囲に激しい衝撃波が広がる。
「――――スキル『ソードオブライオット』!」
すぐにギアンの攻撃がさく裂して、フェルニゲシュが痛々しい声を上げる。
動けないリゼのところにシーナが寄り添い、エリナは急いで前線に走り出し、魔法で応戦する。
「タフ過ぎる! リゼ! 次はまだ!?」
「も、もうちょっと……」
透明な液体が入った瓶をがぶ飲みしながら、悔しそうに前を見つめるリゼ。
彼女の落ち着きを見計らって、シーナも前線に駆け出し、矢を放つ。
フェルニゲシュが満身創痍なのは見ただけでわかる。そのまま放置してもきっと倒れるだろう。しかし、フェルニゲシュは大地の生気を吸う性質から放置すれば生き永らえてしまう。
少しでも時間を稼ぎながら、少しでも早く倒れるようにダメージを与えていく。
俺はリゼのところに寄り添った。
「アダムさま……」
「仲間を信じましょう。リゼさん」
「は、はい……やはりこの魔法はしばらく動けなくなりますね……あまり練習もできないので……」
大魔法を練習で放てる場所など、そう簡単に見つかりはしないだろう。それに、彼女自身もしばらく動けなくなる。
「もう少しです」
「みんな……頑張って……!」
前線では激しい戦いが繰り広げられている。
フェルニゲシュの攻撃を一身で受けているブルムンの実力も、他三人の攻撃も並大抵な魔物なら一瞬で殲滅できるものだが、Sランク魔物とはここまで強いんだと知ることができた。
それが今回の旅で一番の収穫かも知れない。
――――もしこの場にいるのが、俺とイヴ、神風達なら勝てるのか? その答えは……
そのとき、俺達の後ろから禍々しい気配がした。
リゼと一緒に振り向いた先には、小さなフェルニゲシュが立っていた。
「嘘!? もう一体!? あの大きさ……子供!」
「ギャルアアアアア!」
成体フェルニゲシュと比べてはSランクなど遥か遠く、せいぜいBランク魔物くらいの強さしか感じない。が、幼体とはいえフェルニゲシュなのは間違いない事実だ。
直後、幼体のフェルニゲシュがリゼに向かって突進してくる。
俺はリゼを抱きかかえて、幼体フェルニゲシュから逃げていく。
しかし、幼体は諦めることなく追いかけてきて、それに気付いた成体のフェルニゲシュの目の色も変わる。
子供を守りたい母は強い。俺は前世でも何度もその光景を見てきた。
フェルニゲシュが普通の魔物とは違い、動物のような生殖方法を取っているとは知らなかった。
それが現状の油断を産み、勝利まであと一歩というところで、一欠けらのヒビとなる。
小さなヒビ。だが、それは確実にリゼ達の心の余裕を奪う。
ブルムンが一瞬判断を遅らせたことで、フェルニゲシュが幼体に向かって突進し、俺とリゼはその間に挟まる形になった。
このままでは二人とも潰される。
『黒外套』を発動させれば間に合うが、リゼがいる以上、それは難しい。
――――となると、やることは一つだ。
俺は全力で、リゼをブルムン達に投げつけた。
「アダムさま!?」
「リゼさん。僕は必ず戻る。待っていてください」
「アダムさまああああああああああ!」
遠ざかる彼女の悲痛な叫び声と共に、俺は成体と幼体のフェルニゲシュに激突された。
そして、二体のフェルニゲシュはそのまま転がり、崖の下に落ちて行った。
――――俺と共に。
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