第82話 暗殺者、山を行く。

 山道をひたすらに上がっていく。


 道は多くの冒険者が通っているのか、雑草一つなく土で固められていたが、それも上がっていくにつれて弱くなり、道と判断が難しいようになっていく。


 山脈に入るということなので、一日や二日ではたどり着かないのは知っていたが、思っていたよりも歩き続けなければいけなかった。


 俺も森での狩りは多少経験があるが、山や山脈での経験はない。


 森と比べて確かに手ごたえのありそうな魔物が出現するのだが、リゼ達の圧倒的な実力の前では、赤子の手をひねるくらい簡単に倒していた。


 休憩も定期的に取りつつ、簡易テントでは魔法使いのエリナがよく横になって眠りについている。少しでも体力を回復させようということなのだろう。


 休憩中も当然のように魔物は現れる。なのにも関わらず、ゆっくり休めているのは、誰よりもシーナのおかげだ。


 彼女はエルフというだけあり、高い弓術や魔法の能力を持っているが、何よりも周りの索敵に長けていた。


 休憩中も風の精霊とやらを使って周りを常に警戒してくれるので、みんなゆっくり休めているようだ。


「アダムさま……? 疲れたらすぐに言ってくださいね」


「ありがとうございます。ですが心配はいりません。僕もある程度対策をしているので」


 すると、隣から綺麗な金髪をなびかせて、シーナが顔を覗かせた。


「対策? もしかしてあの不思議な魔法?」


「ああ。一時的だが歩くのが楽になる魔法だ」


「ほえ~そんな魔法があるなんて聞いたことないけど……」


「僕の才能の特殊な魔法だからな。必要か?」


「え! それって自分以外にも掛けられるの?」


「ああ」


「じゃあ、お願い~!」


 他者に補助魔法を掛けるのはあまりよくないが、時間制限など言い訳はいくらでもできるので、俺はいつもの『俊敏上昇Ⅰ』を発動させた。


 右手に持っていた黒いナイフをシーナに刺しこむ。


 彼女自身は不思議そうに見ていたが、隣で眺めていた男衆は「大丈夫か!?」と声を上げた。


「僕の魔法はこうしないと相手に効果をもたらせないんだ」


「へえ~魔法がナイフの形をしているなんて……そんな人初めてみたよ」


「よく言われる」


「ふふっ。そうだろうね~それにしてもこれ凄いわね! もしかして身体を軽くする魔法かな? まだ歩いてなくてもわかるよ」


「アダムさま! それって私にも掛けてくださることはできませんか?」


「リゼさんにも? 僕は問題ありません」


 目にも止まらぬ速さで俺の手を両手で握り、「お願いします……!」と話す。


 リゼにも『俊敏上昇Ⅰ』を打ち込むと、目を輝かせた。


「せっかくならメンバー全員にも掛けて欲しいな! 無理がなければね」


「問題ない」


 不思議がっていたが、男衆にも『俊敏上昇Ⅰ』を打ち込み、テントの中で浅く眠っているエリナの背中にも『俊敏上昇Ⅰ』を打ち込んでおいた。


 魔物がはびこっているというのに、ここまで眠れるってことは余程味方を信用しているんだな。


 休憩が終わり、また山を登る。


「あれ? 何だか体がすごく軽いんだけど!」


「アダムさまが補助魔法を掛けてくださったのよ?」


「アダム様ってすごい~! というか……こんな便利なもんがあるんなら最初から言ってよ~!」


「必要とは思わなかった。すまない」


「えっ……あ、謝って欲しいわけじゃなかったけど……えっと、そんなことより、ありがとうね。アダム様~」


 女の心とは難しいものだな。


 それからも道を進みながら初めて見る魔物を次々とメンバーが倒していく。


 できることなら素材を売るためにも全て持って帰りたいが、『影収納』のことを見られるわけにもいかず、全て放置する結果となった。


 護衛として神風のアハトレイを同行させようとも考えたが、リゼというトップクラスの冒険者がいる以上、彼女の存在が見つかるといろいろ説明が大変になってしまう。


 少なくともナンバーズ商会にとってアダム・ガブリエンデ子爵は大事だが、最も大事なのはアダムではなくソフィア・ガブリエンデ子爵だ。それは、ある程度裏が見える人なら誰しもが知っていることだ。


 となると、彼女アハト程の実力者が俺を守っているのに説明がつかない。それも十日にも及ぶ長期にわたって。


 それもあって、護衛は付いていないが、一人でもいたなら素材の回収ができたのだから、少し残念に思う。


 その日は暗くなるまで行進が続いた。




 森の中が暗闇に包まれてキャンプを作る。


 わざと岩場を選んでおり、魔物が視界で捉えるモノが多いから岩場は比較的に安全だからという。


 前世でいえば動物は視覚よりも嗅覚や聴覚に優れていたのだが、魔物はそういうものがあまりなく、殆どが視覚で捉えるのは冒険者達に取っては大助かりだ。


 そう思うと、この世界は思っていたよりも人によって住みやすい世界となっているな。


 人類の敵となる魔物から取れた素材は、人々のためになり、より強くなっていく。才能があるおかげで魔法などの便利な力も使えて、前世の人々とは比べ物にならない身体能力も持つ。


 この世界の神は、何を目指してこういう世界を作っていたのだろうか。


 夜のキャンプはメンバー全員で手分けして当番を決め順番通りに休んだ。


 俺はリゼと当番となり、一番楽な最初の当番を任された。


「アダムさまのおかげで今日はずいぶんと楽に進めました。ありがとうございます」


「こちらこそ、珍しい体験ができて嬉しいです」


「ふふっ。ソフィアさまも去年は同じ事を言ってましたよ? 弟が自由に狩りをさせてくれなくて~って」


「姉上はすぐに無茶をするので、放っておくと山に走ってしまいますから」


「すぐ想像できちゃいます!」


 それからもたわいないことを話し合い、砂時計が全て落ちると当番を交代して眠りについた。


 翌日も山を登り続けると、そこには広大な景色が広がった。


 そこからは下りだったりまた上りだったりと山を越えながら、山脈の中心部で近付いた。




 山に入って四日目。


 山脈の奥に進むにつれ、より濃い魔素の気配が肌に伝わってくる。


 タバコの煙が充満した部屋のような、常に不快感が全身を包み込む。


 さらに周りの自然にあふれた美しい光景は違い、一帯の木々が真っ黒に染まって枯れ果てている。


 その中には、得体の知れない黒い何かが見えた。


「フェルニゲシュ……やはりここにいたのね」


 遠くても伝わる圧倒的な気配に、Sランク魔物の強さというのを感じられた。

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