第81話 暗殺者、物乞いを思う。
一夜が明けて一階でみんなで朝食をとる。
リゼは俺を見るとすぐに顔を赤く染めていたが、すぐに何もなかったように振る舞った。
朝食を食べ、山脈に入る前に、ミュレシア街の冒険者ギルドに向かう。
意外にも冒険者ギルドは王都よりも規模が大きい上に、中にいる冒険者の数も多い。
すぐ目の前に大きな狩場があるから、自然と冒険者ギルドも広くなり、仕事も多いということか。
リゼが入るとすぐに注目を集める。
「リゼ様! お久しぶりです」
一人の若い女性が挨拶をしてくれる。冒険者ギルドの制服を身に着けているから、従業員のようだ。
「久しぶり。王都のギルドからの依頼で、これから山脈に入るわよ。十日程かかると思うのでよろしくね」
「かしこまりました。例の件ですね……! リゼ様が受けてくださるなら心強いです! 【栄光ノ牙】の皆様も今回はよろしくお願いします。それと……初めて見る方ですね?」
「そうね。こちらはまだ冒険者になったばかりのアダムさまよ」
「アダム様……? ん~? もしかして、ガブリエンデ子爵様とか言わないですよね?」
「あら、まさにそのお方よ」
「ええええ~! あの噂のアダム様が! は、初めまして! 私、ここで受付の主任をやっております、メルと申します。お会いできてとても光栄です」
「アダム・ガブリエンデ子爵だ。リゼさんのところで少しの間、お世話になる。よろしく頼む」
握手を求められて、手を握り返すと、彼女は嬉しそうに笑顔を咲かせた。
王都よりも広いということは、おそらくだが王国内で最も広い冒険者ギルドがここになるだろう。
広いということは、それだけ冒険者だけでなく従業員の数も多い。
受付にしても何十人といて、それをまとめる主任というのは、彼女がいかに優秀なのかがわかる。それに、リゼと同じくらい若い。この若さで主任というのは、管理能力が非常に高いのだろう。
「リゼ様? すぐに入山されるのですか?」
「ええ。今から行くわ」
「かしこまりました。ではあとの手続きや救援の件はこちらで全て手配しておきます」
「ありがとう。ではまた十日くらい後ね」
「はいっ。どうか、お気を付けて」
本来、冒険者と貴族は仲が悪い。貴族は仕事を与える側で、冒険者は受ける側。両者で条件が合わない場合も非常に多く、それがトラブルの元になったりもする。
姉とリゼが仲がいいのは珍しいことだが、リゼ程強い冒険者なら貴族も一目置いているから、みんな仲良くなりたがる。
俺が貴族であると公言すると、多くの冒険者が俺を睨み付ける――――はずだが、誰一人そういう素振りを見せない。
出発する前の王都でもそうだったが、最近は殺気めいた視線を向ける冒険者はいなくなったなと思いながら、冒険者ギルドを後にする。
「アダム様~大人気ね~」
「以前は喧嘩を売られることもあったが……最近はないな」
「冒険者って貴族が大嫌いだからね~でもアダム様は特別だから誰も嫌わないよ」
「嫌わない?」
「冒険者ってほとんどが平民出身でしょう? アダム様って平民のために多額を使いナンバーズ商会から『黒薔薇病』の薬を買って無料で配布した英雄だもの。冒険者達の中でアダム様が嫌いな人は誰一人いないと思うよ~」
「なるほど……最近そういう視線を向けられるのはそういう理由か」
「あはは~アダム様ってば、意外と天然なんだね~」
「こら~エリナ~アダムさまに失礼なこと言わないの!」
「え~いいじゃん~アダム様ってば、気にも留めてなさそうだし」
「エリナってば……もぉ……」
溜息を吐くリゼは、エリナの背中を押して俺から引き離す。
ミュレシア街の大通りを進み、真っすぐ北に続いている大通りを歩いて進むと、道沿いに見慣れぬ人達が座っていた。
「お恵みを……どうか……」
全員がボロボロの衣装で、年端もいかない少年少女が物乞いをしていた。
王都は全員が下層に強制的に追いやられていて見ることがなかったが……ビラシオ街やこういう大都市には物乞いが普通にいる。
見慣れているのか、誰一人彼らを気にする素振りを見せない。――――当然、リゼ達もだ。
ミュレシア街を北に出ると、そのまま街道が山に続いている。
「これからこの山を登るのか~嫌だな~ギアン~おんぶして~」
「引きずってもいいならいいぞ~」
「え~ケチ~」
不満を言いながらもみんな足並みを揃えて歩く。
シーナが周りに気を配りながら俺の隣にやってきた。
「ねえ。さっきの気になった?」
「さっきの?」
「ほら、物乞いの子供達――――というより、気にしない人達のこと」
「ああ。王都では見かけないからな。ガブリエンデ領にもああいう光景は見かけない」
「ほえ~貴方の領地ってすごいわね。きっと領主さまが偉いのね」
「ああ。父上の努力の賜物だと思う」
「できるなら私達も彼らに手を差し伸べたいんだけどね……冒険者ギルドから禁止にされているんだ。助けてしまうと、全員を助けなくちゃいけないし、他の冒険者達にもそれを強いるようになったり、彼らが成長するまでずっと面倒をみる責任が発生するんだって」
「それは、名のある冒険者だからか?」
「うん。正解」
「なるほど」
それは納得がいく。
前世では――――俺もあそこに座っていた側の人間だからな。
いや、なまじ……才を持っていたがために、暗殺者として自分が生きるために他者の命を奪う側になったからな。
物乞いの彼らと同列に語っては、彼らにあまりにも失礼だ。
「ねえ。幻滅した?」
「いや、しないな」
「へえ~てっきり、アダムくんなら怒ると思ってた。いつも誰かのために頑張ってるから」
「怒る必要はない。こういう貧困の一件は、感情でどうこうできる問題じゃないからな。だが、大丈夫だ」
「大丈夫……?」
「ああ。いずれ、それも無くなるだろうからな」
その悲願は俺だけのものじゃない――――
その布石は着実に進んでいる。
明日の命も危ういかもしれないが、急いでも仕方があるまい。
「そうなの……?」
「きっと彼らが上手くやってくれるさ。それより今は
「それもそうね。Sランクの中では弱いとされても、少なくともSランクの冠を付けている魔物だものね……」
シーナの声に一同の表情が真剣なモノに変わった。
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