第80話 暗殺者、感情を思う。

「アダム様~やっほ~」


 リゼの部屋に入ると、冒険者パーティー【栄光ノ牙】が集まっており、魔法使いのエリナが笑顔で手を振る。


 前回とは違い、大きな荷物があることから、これから遠征に行くのが見て取れる。


「意外と荷物少ないんだね? アダム様」


「ああ。必要な物だけでいいと、リゼさんからな」


「うふふ。ねえねえ、アダム様~」


「ん?」


 悪戯っぽく笑う彼女は猫のように見える。


「やっぱりリゼちゃんと――――仲良いんだね? うふふっ」


「ああ。リゼさんとは仲良くしてもらってるぞ」


「やっぱり!」


「エリナ~! や、やめてよ!」


 顔を真っ赤に染めたリゼが俺達の間に割り込む。


「あはは~あのリゼがね~あはは~」


「もぉ……」


「こらこら、いい加減にしな~。そろそろ出発するぞ」


「は~い」


「アダム様。今回の目的ですが、これから王都を出て西を目指します。数日移動した先にオルレアン山脈があって、そこに生息しているSランク魔物――――フェルニゲシュの討伐が今回の目的です」


「Sランク魔物……なるほど」


 上位冒険者がこれだけ集まって向かうとなると、それだけ大きな依頼ということだ。その目的がSランク魔物なら納得だ。


 魔物は基本的に魔素から生まれる。魔素は森や山から溢れ出る。自然と魔物が住まうのは森や山の中だ。中でも山脈となるとより濃い魔素があり、強力な魔物が現れる。


 ガブリエンデ領は弱い魔素の森しかないため、強い魔物は現れない。だからこそ、冒険者にあまり人気がなく、魔物の恐怖があまりない平和な領だ。


 オルレアン山脈というと、王国中でも強い魔物が現れると有名な場所だが……中でもSランクの魔物となると非常に強力な魔物だ。


 むしろ、これだけのメンバーだけでいいのかと不安すら覚えるのだが……。


「心配しなくても大丈夫です。フェルニゲシュはSランク魔物の中では比較的弱い魔物です。Sランクである理由はありますが……シーナが居れば対策もできますから」


「ああ。わかった」


「では、さっそく出発しましょう」


 意外にも一番序列が高いリゼではなく、パーティーのリーダーであるギアンがまとめる。


 俺達は王都にある馬車乗り場に移動し、事前に彼らが準備していた馬車に乗り込み、移動を始めた。


 久しぶりの馬車の旅は外の景色を堪能しながらのんびりと進んでいく。


 王都から西に続いている道を進んでいき、町を二つ経由していく。




 出発してから四日。


 西から北に掛けて広大にそびえ立つ山脈が目の前に現れた。


 オルレアン山脈。


 登山口の前には、ビラシオ街に引けを取らない広い街が現れた。


「アダムさま。あの街がミュレシア街です。オルレアン山脈がもたらしてくれる素材は人々にとってはありがたいもので、冒険者に賑わっているんです。最初は小さな町だったようですが、今では王国内でも有数の大きな街の一つですね」


 リゼの説明通り、街に向かう馬車や人も多く、出入りが非常に多い。


 王都程ではないが、それに似た賑やかさがある。


 姉やイヴを連れて来たらきっと喜んでくれそうな気がしたが、今回は仕事で来たからな。


 今度みんなで冒険者に登録してまた来るのもいいかも知れない。


 着いた日は夜だったので、一泊して明日からオルレアン山脈に入山することにした。




『ダークさま。スラム街の全ての者が退去しました。王都周囲の盗賊も全てソフィアさまと第六騎士団によって全滅させられたようです。神風の報告では、いくつかの盗賊集団から伯爵に繋がっている者達もいたようです』


『予想通りだな』


『はい。それによって、王よりソフィアさまへ第六騎士団を正式に認めるということで、第六騎士団がソフィアさまの配下になることが決定しました。今では事実上、ガブリエンデ家が個人で抱える騎士団になります』


 騎士団を運営するのにもお金がかかる上、騎士を認めるのは国にしかできない。


 うちで雇っているレメがいくら強くても騎士にすることはできない。


 騎士になった者は国を守る代わりに、国から給料を貰うことになる。


 第六騎士団の運用がガブリエンデ家に移ったとしても、彼らの給料は全て国が支払うことになる。


 それもあって騎士団を抱えた貴族は、貴族の中でも非常に権力を持つことになる。


 現在、第一騎士団から第三騎士団までは王のための騎士団になっていて、一番人数も多く力も持っている。


 第四から第七騎士団までは、いわゆる出世街道を外された騎士や左遷された騎士達が行くところになる。


 第六騎士団もそういう感じだが――――おそらく彼らが左遷されたのは、単純に伯爵に楯突いたからだと容易に想像できる。だから第六騎士団を姉に託したのだと思われる。


『さらに王都下層の地権を全て頂くことになりました。これで正式にガブリエンデ家に開発権利が降りました。これで第二の作戦が行えます』


『うむ。では予定通り王都下層の開発を進めよ。フィーアルナ


『ははっ! 必ずやダークさまに良い報告ができるように進めてまいります』


 これでスラム街として放置されてきた下層を開発できる。


 だが――――フィーアルナ』が想定している開発は、ただの開発ではない。


 俺が王都から出発する日から始まったナンバーズ商会の一件が、これから大きく王都を変えるはずだ。


 その結果を楽しみに待つことにしよう。


 扉をノックする音が聞こえる。


「どうぞ」


 開いた扉からリゼが少し恥ずかしそうな表情で顔を覗かせた。


「アダムさま? 少しお話をしても……?」


「ええ。リゼさんならいつでも大歓迎です」


「!? で、では、失礼します……」


 向かいのソファに座ったリゼは、いつもよりもフランクな格好で、色白の太ももが露になっている。


 彼女の実力を知っている学園の者達から視線を集める彼女だが、それがなくても美貌だけで十分に周りの視線を集める存在である。


「えっと……明日からの狩りなんですが、アダムさまの身の安全は、私が命に代えても守りますからご心配しないでください」


「…………」


「アダムさま……?」


「……その必要はない――――と話したかった。ですが、僕ではリゼさんの力になれそうにもありませんね……」


「アダムさま……」


「今回は素直にリゼさんの言葉に従いましょう。今度は僕が守れるようにならなければ……」


「そ、それは違います! え、えっと、みんな得意不得意がありますから。私は……戦うことくらいしかできません。ですがアダムさまは多くの人を救える力があります。私は誰かを救うことはできませんが……こうしてアダムさまを守ることができるなら……これで十分幸せです。アダムさまは私なんて気にせずにこれからも自分のなすべきことをやってください!」


「リゼさん……ええ。僕ができることをやります。ですが……」


「ですが……?」


「……できれば、僕も男として貴方を守りたかった。弱い自分が悲しいばかりです」


「アダムさまっ……!」


 直後、リゼの紫色の髪がふんわりと目の前に舞う。


 俺の体を抱きしめたリゼの優しい香りがした。


「その気持ちだけで……私はとても幸せです……」


「リゼさん……」


 至近距離でリゼと目が合う。


 彼女の潤んだ瞳もまた美しい宝石のように輝いている。


 ――――トントン。


 また扉のノックの音が聞こえた。


「はわわ! わ、私ったら……アダムさまっ、ご、ごめんなさい! 失礼します!」


 そのまま彼女は部屋を飛び出してしまった。


 開いた扉から驚いたシーナが顔を覗かせた。


「あっ……もしかして邪魔しちゃっ……た?」


「いや、気にしなくていい」


 むしろ助かったところだ。


「せっかく来たんだ。紅茶でも飲んで行ったらいい」


「えっと、うん。お邪魔するね」


 紅茶を淹れると、じっと俺を見つめ続けたシーナは不思議そうに話す。


「アダムくんってさ。不思議だよね。感情があるのかないのか全然読み取れないわ。エルフの中にはもう感情が枯れた者が多くて……何だか貴方もそういう風に見えるのよね」


「…………」


「あ! ごめんなさい。また……失礼なこと……言っちゃったね」


「気にするな。それがシーナの良いところだ」


「あはは……貴方ってホント……そういうところがズルいのよ……」


 シーナは紅茶を飲んでは、訪れた理由は言わず、帰っていった。


 感情……か。


 遥か昔から俺は感情など――――

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