第79話 王都から始める不穏な動き
王都学園の合同試験が終わり、休日が終わった。
何かが変わるわけでもなく、いつもの平和な一日が始まった。
――――王都に住まう全ての者がそう思っていた。
だが、それが始まる。
今ではアダム・ガブリエンデ子爵の権威を持ち、王都に四か所も店を開いているナンバーズ商会。
毎日のように多くの人が列をなしており、今日販売分の『紅茶クッキー』を楽しみに待っていた。
そんな中、一人の店員が列の前に出てくる。
「皆様~! ご来店ありがとうございます! 本日は開店前に告知がございます!」
彼女の発言に並んだ人々が注目する。
大勢の人がいるにも関わらず、彼女の声が聞こえるように音を立てずに、大通りが静寂に包まれた。
客だけじゃない。周りの店の主や他商会の者も隠れて聞く。
「皆様の応援のおかげでナンバーズ商会はたくさんの利益を上げることができました! 本当にありがとうございます! それにより、ナンバーズ商会の生産力もより一層強化することに成功しました~! それによりまして――――これより、販売する品目数が大幅に増えます! さらに人気商品の販売量も増えたので、今まで以上に商品を売ることができます!」
彼女の発言に多くの人が拍手を送る。
多くの人が安価で美味の『紅茶クッキー』を求めて毎日のようにナンバーズ商会に訪れるが、一人で買える量は決まっていた。
さらに転売も許す事なく、一度でも転売を行った者、購入した者は、二度とナンバーズ商会を利用できなくなった。
不思議とナンバーズ商会はそれを全て把握していた事から、彼らの力を王都中に知らしめることにも繋がっている。
今日の発言は多くの王都民にとっては、歓喜の告知であるのは間違いない。
――――しかし、それで終わるものではなかった。
「さらに我々に力を貸して頂いているアダム・ガブリエンデ子爵様から、多くの住民のため――――より
彼女の告知が終わると同時に、王都に地鳴りのような歓声が鳴り響く。
元々ナンバーズ商会の商品は安い。しかし、量が少ないのと、何より売り物の品目数が少なかった。
今回の告知により、多くの人が期待を胸に増えた品目数や大人気商品『紅茶クッキー』をより安く買えることに、歓声を上げる。
王都四か所にある商店の前に並ぶ人々の歓声は、王都中を包み込んだ。
喜ぶ住民達とは違い、ナンバーズ商会を敬遠していた店主やライバル店から雇われた密偵達の顔が真っ青に変わる。
ナンバーズ商会がやっていることは、やろうと思えばどの店もできることだ。
しかし、それができない理由はただ一つ。
土地や店のオーナーである貴族への上納金が大きすぎるからだ。
今でも安いのはガブリエンデ家がほとんど上納金を取らなかったからこそできたこと。それはみんな周知の事実だ。
なのに、今回半額というのは、もはや上納金を受け取らないという選択だ。
それは商売に関わっている人々には想像だにできないことだ。商売というのは、誰かのためにやるものではなく、自身の利益のために行うものだから。
多くの人の頭に、アダム・ガブリエンデ子爵の名が浮かぶ。
『黒薔薇病の災害』時に無償で薬を王都全域に配った者。
お金に執着を見せない貴族。
いないわけではないが、ここまで権力を持って他の貴族に屈することなく、王国商会連合会にも組しない者は存在しなかった。
密偵達は急いで自分達の雇い主に現状を伝えた。
だが、このときはまだ、この『ナンバーズ商会の波乱』で市場がどう変わるかなど、誰一人想像できなかった。
いや、この波乱を企てた者だけは知っていたかも知れない。
◆
学園前でリゼ達を待つ。
そのとき、
『ダークさま。商品増量や品目の件の告知が終わりました』
『ああ。学園前まで歓声が届いた』
『次の作戦を開始致します。すでにスラム街の住民達全員から承諾を得ております』
『わかった。周囲の盗賊は?』
『ナンバーズ商会から正式的に騎士団へ要請をし、例のごとく第六騎士団が動くことになりました。ソフィアさまが指揮を執られるようです』
これも見越して、昨日の時点でナンバーズ商会から正式に要請が入って、昨日の夜には姉宛に騎士団の要請に応じるかどうかの判断が委ねられた。
現在第六騎士団を動かせる権利を持つのは、ガブリエンデ子爵家だ。姉は俺のために自分から志願して向かった。
それも……全て
『神風を総動員してもいい。姉上の安全を最優先で』
『心得ております。神風にもすでに通達しております。盗賊への道案内も神風が担当致します』
『さすがだ。
『ありがたき幸せ』
そのとき、離れたところから俺を呼ぶ声が聞こえる。
「アダムさま~!」
そこには満面の笑みで手を振るリゼの姿があった。
『
『はっ!』
「お待たせしました!」
「僕もちょうど今着いたところです。イヴさま達はすでに教室に向かっております」
「そうでしたか!」
「さあ、中へどうぞ」
「は、はいっ!」
それにしても初めて会ったときは、最上位冒険者らしく鋭い表情をしていた彼女だが、ずいぶんと乙女のような表情もするものだな。
この若さでSランク冒険者になれた程の実力者である。さらに容姿も整っていて、彼女を嫌う人はあまり聞かない。
学園内を歩くだけで、遠くからでも彼女に向けて黄色い声が聞こえてくる。
艶のある紫色の髪は、歩いているだけでも十分に目立つな。
そのまま職員室に向かい、俺が彼女のパーティーに参加し、しばらく冒険者依頼をこなすことを説明してもらう。
先生達も誰一人嫌な顔をする者はなく、俺に「リゼさんに迷惑をかけないように」と声をかける。
リゼは慣れた足で一年生のDクラスを訪れて、イヴと聖女にも挨拶をする。
こういう律儀なところも彼女の人の良さが現れている。
その足で俺とリゼは学園を後にして、冒険者ギルドに向かった。
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