第78話 女暗殺者の褒美、最強冒険者とエルフの想い、姉の――

 合同試験のパーティーが終わり、クラスメイト達と姉のクラスメイト達の中には、すっかり仲良くなっている人もできあがった。


 さらに気が合う者同士でお茶会をしようと約束している面々も何人かいて、クラスメイト達が望んでいたパーティーになって良かった。


「リゼさん。シーナさん。本日は参加してくださりありがとうございます」


「い、いえっ! むしろ、途中にも関わらず、参加させていただきありがとうございます。ま、また……開かれる際には誘っていただけると……嬉しいです……」


「ええ。ぜひその時は招待状を送らせていただきます」


「本当ですか!?」


「ええ」


 冒険者であるリゼやシーナがこういうパーティーに興味があるとは思わなかった。


 姉の一番の友人ならいつでも誘えるというものだ。


 夕方は姉達だけで過ごすようにして、俺は一度ナンバーズ商会に顔を出した。




フィーアルナ。明日から例の件を実行する」


「かしこまりました。では今のうちに号令を出しておきましょう」


「ああ。頼むぞ」


 すぐにフィーアルナが部屋を後にする。


 相変わらず仮面を被っているときの彼女は無表情で冷たい印象があるが、今回の件ばかりはずっと待っていたからか、表情は緩まなくても嬉しそうにしているのが伝わってくる。


フィーアルナちゃん、嬉しそうでしたね~ダークさま~」


「ああ」


 アインスイヴも普段から彼女と接する時間が長いから簡単に読み取っているようだな。


「うふふ。これから王都はどうなるのかしら~楽しみ!」


アインスイヴ


「は~い」


「お前はこの先、どうする?」


「私ですか~? ずっと言ってますけど、私はダークさまの隣にずっといるつもりですわ? 迷惑ですか?」


「迷惑ではない。アインスイヴには助かっている部分が多いからな」


「うふふ。そう言って頂けたら私も嬉しいですわ~ダークさまぁ~?」


「ん?」


「第六騎士団の報酬をまだ貰っていませんわ~」


 そういえば、彼女は俺から報酬を貰いたいからと、ずっと張り切っていたな。


「それで、何が欲しいんだ?」


「ふふっ」


 彼女は仮面を脱ぎ捨て、なまめかしい笑みを浮かべて、椅子に座っている俺の足に器用に乗ってきた。


 俺の太ももに彼女の太ももが触れ、温もりが伝わってくる。


「ねえ、君。私、前にも言ったけど、私をちゃんと女として扱ってもらいたいの」


 ハニートラップ……というならあまりにも遅いが、イヴの狙いが未だにわからない。


 本当にただそういう男女の関係が目的なのか?


「それをイヴが褒美だと思うなら構わないが」


「ええ。世界で一番の褒美よ」


 ゆっくり手を伸ばして、俺の黒外套の仮面を脱がす。


「うふ♡」


 彼女の手が人間の性感帯に近い場所を刺激していく。


 少なくとも暗殺者の娘として暗殺者になるべく教育されただけあり、彼女の人体への理解度はかなり高いものだ。


「拒まないの?」


「拒む理由はない。お前の褒美なのだろう?」


「君の……そういう切り離した考えはとても好き。だからこそ……私、すごく燃えちゃうのよね。さっきもそう。リゼに送った言葉。全部私が欲しかった言葉だったもん。でも君はそういう言葉をおいそれと送る人じゃないってことも知ってる。だから妬ましくて……お姉様に認められたリゼが憎くて仕方がない」


 そんなことを感じていたのか……。


「だからね? 私は私なりに自分が勝つためにターゲットを狙う。私を忘れられない体にしてあげるんだから」


 ゆっくりと近付いてきた彼女は、俺の首の後ろに手を伸ばして抱くようにして――――唇を重ねた。


 イヴの柔らかい唇と温もりが伝わってくる。


 何度も舌を動かして刺激してきた。


 女暗殺者が多く使う色仕掛けは何も見た目や雰囲気だけではない。性的な快楽を相手に与えて油断させることも彼女達の大きな力の一つだ。


 まだ――――拙いな。思ってたよりも。


「ん!?」


 俺も護身用のためにそういうことは教わっている。


「んん……あぁっ……ん……」


 自らの手を伸ばし、俺の両手を自身の胸に誘う。


 イヴの豊満な胸の柔らかさが感じられた。


 数分間、イヴとの時間を過ごした。


「君……こういうのも上手なんだね……」


「そうでもない」


「……そうね。君は誰かに色仕掛けをするような人じゃないもの……ねえ。私はどうだった?」


「まず、椅子から降りたらどうだ?」


 今だに器用に俺の足の上に座っている。


「うふふ。もうちょっとダメ?」


 離れることなく、鼻と鼻が触れるくらい至近距離で会話を続ける。


「ふむ……暗殺者としては及第点というところだな。イヴは元々美女だからそれだけで油断を誘えるし大きな武器だ。もし俺が普通の人ならば、抗うことなどできやしないだろう」


「ん……ちゃんと買い被りじゃなくて言ってくれるところも好き。やっぱ、君を好きになって良かった。あとね? 私……実は今日が初めてだったんだよ?」


「初めて?」


「うん。ファーストキス?」


「それだけの実力を持っていてか?」


「うん。舌の使い方は果物とかで練習したんだ。そういう教育を受けたからね」


「なるほど」


 前世でも暗殺者はそういう教育を受けたりする。中でもチェリーの枝を舌使いで結んだりと、実践さながらの技術を学べると言われている。


「ねえ、私が次の戦果を挙げたら……次の私の初めてを貰ってくれる?」


「それはお前の褒美になるのか?」


「できれば、君から誘われたかったけど……悔しいけど私では君は動かない……このままでは君はいずれあの女を取るだろうからね。私にとっては大きな褒美になるわよ」


「……それでイヴが納得できるならな」


「ええ。好きな男性に抱かれたいのは暗殺者とか関係なく……一人の女として当然だもの」


 そう言いながらとびっきりの笑顔を見せるイヴだが――――その裏には隠しきれない悲しげな表情が隠れていた。



 ◆



 一方、その頃。


 アダムの屋敷のお風呂場には、絶世の美女と言っても過言ではない三人の女性が、広い浴槽に入っていた。


「ねえ~リゼたん」


「はい?」


「うちのアダムってどう思ってる?」


「ほへ!? きゅ、急に……何を……」


「アダムから聞いたんだけど、これから一緒に冒険に出るんでしょう? しかもリゼたんから学園に声を掛けて」


「そ、それは……はい……先に相談もせずにごめんなさい」


「謝って欲しいわけじゃないのよ? 私としてはリゼたんとアダムが仲良くなるのは大歓迎なのだからね?」


「ソフィアさま……」


 二人の会話を聞いていたエルフが興味ありげに二人の間に割って入る。


「ソフィアちゃん。アダムくんってもう貴族なんだよね?」


「そうだよ~」


「じゃあ、アダムくんって奥さんを何人も抱えるんだよね?」


「う~ん。それはアダム次第だけど……イヴちゃんとルナちゃんをどうするのかは聞いてないよ。でも……多分、二人は少なくともめかけにするんじゃないかな」


「ふう~ん。妾って、妻じゃなくて愛人みたいなものでしょう?」


「そうね~エルフ族は一人に一人だもんね~」


「ええ。だから人族のことは理解できないわ」


「それがあるから人族は子孫を残すからね。子供を育てるにもお金がかかる……例えば学園に入れるだけでもね。だからお金がある人がより多くの子供を産むのは、貴族としての義務でもあるんだ」


「変な義務」


「ふふっ。そう思われても仕方ないかも知れないわ」


「じゃあ、ソフィアちゃんもたくさん子を産むの?」


「えっ……と……私は……う~ん。多分産まないかも」


「貴族の義務なのに?」


「この先どうなるかはわからないけれど、エンペラーナイトになれば結婚して子供を産む暇はないと思うんだよね。ほら、妊娠とかすると一年くらい動けなくなるでしょう?」


「そうね。だからエルフの中には子供を産まないエルフが多いわ」


「シーナちゃんも?」


「あはは……私は……その……好きな人ができたことがないから」


「ほえ~そっちだったんだ!」


 顔を少し赤く染めたエルフに、二人は興味ありそうに見つめる。


「だ、だって、気の利いた言葉一つ言えなかったり、すぐ胸とか足とかばかり見てる人しか見たことがなかったから。エルフ族だとみんなどこか冷めてて、一緒に生きていく覚悟を決めてから結婚だって言ってて、私はもうちょっとその人成りを知ってから結婚したいと考えてたから」


「それ、すごくいい考えだと思うよ!」


「ほんと?」


「うんうん。リゼたんだってそう思わない?」


「はい。とても素敵だと思いますし、私自身もそう思いますから」


「じゃあ、リゼたん。これからもうちのアダムをよろしくね! 今回の旅もよろしく!」


「え、ええ……頑張り……ます」


 リゼが顔を赤く染めて頷いた。


 それを見ているエルフも、少し口角が上がる。


 三人の美女はゆっくり湯につかり、風呂を後にした。


 ――――風呂から出る間。


 ソフィアが酷く悲しそうな表情をしていたのを、二人が気付くことはなかった。

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