第76話 暗殺者、合同試験で二度もぶつ。
ボロ雑巾のように転がったゲインが、武器を杖代わりにしながら立ち上がる。
咄嗟の判断で左手で腹部を塞いだようで、ギリギリ致命傷にはならなかったようだ。だが、十分すぎるくらい大きなダメージを負ったようで、フラフラしながら立ち上がる。
「く、くそが! こ、こんなはずが……あるわけない!」
「試験しゅ――――」
「終わってねぇ! まだだ! まだああああ!」
ゲインは司会の審判を無視して、地面を蹴り上げて高く飛び上がり、木剣を倒れている細男に向けて叩きつけた。
木剣が細男に当たる寸前、一人の男が二人の間に割り込み、ゲインを蹴り飛ばす。
細男のときとは比べ物にならない勢いで、ゲインの体が激突した。
「これは決闘ではない。ただの試験。司会の審判も聞かず、倒れている相手に死体打ちとは、恥を知れ」
さすがだな。アルヴィン・オルフェンズ。
王国の騎士の頂点でもあるエンペラーナイトの一人。正義感のある男だ。
一度細男を回収しにステージに向かうと、アルヴィンと目が合った。
「君は……?」
「次の試験を受けます」
「ふむ……君。私とどこかで会わなかったかな?」
ダークとしてなら、これだけ近くで会ったことはあった。忘れもしない。ビラシオ街の悲劇だ。
「いえ。僕の僕の姉上とお会いしているようなので、それでかと」
「姉上?」
「はい。僕の姉――――ソフィア・ガブリエンデと」
「ああ……! ソフィア嬢の弟君だったか。彼女から君の話は聞いていたよ」
「不甲斐ない弟です」
「ふむ……なるほど。Dクラスか。だが、不思議と今年のDクラスは何かが違う。イヴ嬢もアリサ嬢も彼も強かった。そして、その中心に君がいた。いろいろ納得がいったよ」
「恐縮です」
「ふふっ。では試験、頑張ってくれたまえ。今度ゆっくりお茶でもしよう」
「はい」
アルヴィンに挨拶をして、細男を担いで一度席に戻り、クラスメイトに渡しては、またステージに戻った。
強張った表情で俺を睨み付けているのは、俺の相手、アルバ・シグムンド伯爵三男だ。
「Dクラス全員が合格などあってはならない……貴様らは我々Aクラスの養分となる存在だ……」
「果たしてそうかな? ――――御曹司」
「き、貴様……!」
柄にもなく――――イヴ達に当てられたからからか、煽りたくなってしまった。
「御曹司は楽でいいな。口を動かしているだけで試験が合格とは」
「どこまで僕を侮辱するのか! ソフィア様のためにもここで貴様を倒す……!」
「御曹司よ」
「?」
「昨日、姉上に聞いたところ――――君の顔すら覚えていなかったぞ」
一瞬、固まったアルバは、顔が怒りに染まる。
貴族というのは、こうも煽りに弱いとはな。
強者だからこそ、今まで順風満帆な生活を送っていたのだろう。
前世でも傲慢な貴族は何人もいた。金と権力を持って、周りを頑丈なガードで固めても、所詮は一人の人間。そういう人ほど容易なターゲットだった。
本当に狙いにくいターゲットというのは、傲慢せず常に誰かを疑い、一歩距離を置いて本心を見せない、そんな人物だった。
それに比べれば――――何て他愛ない戦いなのだ。
「では――――始め!」
司会の合図直後、アルバは大声を上げながら一気に接近してきた。
「ぶっ殺すうううううう!」
Aクラスを代表する生徒にふさわしい才能に満ち溢れた身体能力だ。
距離を取って避けるが、反応速度や体の動きのキレがよく、続けて剣戟が俺を襲う。
ダークとして戦うわけにもいかず、久しぶりに『俊敏上昇Ⅹ』で彼の動きに追いついているが、それでもギリギリになってしまう。
スキルによる身体能力の上昇値というのは、ここまで差が出るというものだな。
先日まで、レメやイヴとの稽古を思い出す。
圧倒的な才能やスキルの差をまじまじと見せつけてきた。
レメの神速と呼ばれる圧倒的なスピードと反射速度。それに経験と知識からなる彼の剣戟は、まさに『一閃』と呼ぶにふさわしい。
イヴも最初こそ才能に頼り切った戦いだったが、少しずつ才能の力とは何なのかを理解したことで、セカンドステージに届いた彼女の強さは飛躍的に向上した。
俺自身の力、才能とは何なのか。どうして前世の記憶があって、前世で引退するまで暗殺者を続けられて、今世では『カーディナル』という特殊な才能を持ったのか。
その理由を俺はこれからも探し続けるだろう。そして、追及し続けるだろう。自分という存在を。
「クソがあああ! 何故当たらないんだあああ!」
「今まで手加減してくれる相手ばかりだったようだな。御曹司」
「ふざけるなあああ! 僕は実力でここにいるんだあああ!」
攻撃の軌道に少しずつ傲慢さが現れ始める。
――――当たってさえすれば勝てる。
そういう傲慢さが伝わる攻撃だ。
だが、場合によってはこういう傲慢さも必要だ。生き抜くまでに。
久しぶりに使うか。
相手は常に俺の動きを目で追っている。
冷静さを失いつつあり、実力があるからこそ使えるテクニック――――
何度も俺が立っていた場所を攻撃していたアルバの剣が、あらぬ方向を叩きつけた。
「……は!?」
その隙に俺は左手を伸ばして、アルバの頬を手のひらで叩きつける。
バシンと大きな音を鳴らしながら、体勢を崩して地面を一回転しては、信じられなさそうな目で俺を見上げる。
「そんなもんか? 御曹司」
「な、なめるなああああ!」
立ち上がったアルバの攻撃が、またもや俺ではなく、俺の左側に突き刺さった。
今度は右手のひらで彼の頬を叩きつける。
「う、うわああああ!」
それからは乱心したようで乱雑な攻撃を繰り出した。避けるのはそう難しいことではない。
足下が疎かになっていたので、足を引っかけると、その場で倒れ込んだ。
四つん這いになったアルバが真っ青な顔で俺を見上げた。
本来相手の動きを予測して攻撃をする。それが強さゆえの戦いである。その動きを誘導させる力、それをミスディレクションという。
まだアルバには経験のない戦いで、自分が先を
「残念だ」
「――――そこまでっ!」
司会の声がコロセウムに響き渡る。
驚く程に静寂に包まれたコロセウム。
中でもたった一人だけは、顔を真っ赤に染めて、悪態をつきながら会場を後にするのが見えた。
アルバも彼の後ろ姿を見ながら、手を伸ばすが、届くはずもない。
もし、アルバが自身の才にうぬぼれることなく、日々研鑽しながら姉を追いかけていたのなら、きっとエンペラーナイトにまで届かなくても、その副官を務めるまで登れたはずだ。
戦場で気高く立つ姉と、その背中を任されて立つアルバの姿も簡単に想像できたのだが……力というのは、ときに自分の立場というのを見失う残酷なものだなと思う。
俺がステージを去る頃には、見守っていた人々から「実はAクラスってみんな弱いんじゃないか?」などと、心の無い声が聞こえてくる。
今期のAクラスはダメだ。王国の未来は暗いなど……。
そのとき、離れた場所から笑みを浮かべて俺を見つめるアルヴィンと目が合った。
俺に向かって手を振ったので、小さく会釈して仲間のところに戻った。
「アダムさまぁん~!♡ かっこよかったですわ~!」
「アダムさまっ! すごくかっこよかったです!」
イヴと聖女の声が見事に被る。
「これでDクラス全員が合格しましたね」
「はい~これもアダムさまと姉君のソフィア先輩のおかげです~」
「イヴさまもよくやってくれました」
「えへへ~」
合同試験に勝ち負けなど関係ない。だが、本来なら公開処刑と呼ばれ、Dクラス全員がAクラス生徒達に痛めつけられるはずだったものが、逆になってしまった。
Aクラスの担任は凄まじい形相でこちらを睨んでいたが、こちらの担任は「ほっほっほっ~若いのはいいのぉ~」と相も変わらず焦点の合わない目で笑っていた。
その日の夜。
シグムンド伯爵家の三男アルバは、自身が負けたことを未だ信じられずに、親指の爪を噛んでいた。
「ほっほっほっ~お主、負けたの~」
「誰だ!?」
そこにはスーツとシルクハットを被った白髪の老人が一人、笑顔を浮かべて立っていた。
「そう騒ぐな。怪しい者ではないのじゃよ」
「ふ、ふざけるな……ここは伯爵家の家だぞ!? そこに入って来て怪しい者じゃないなど……」
「アダム・ガブリエンデ子爵」
「っ!?」
「今日はあいつのせいで酷い目に遭ったのぉ」
「…………僕は負けてないっ……僕は……まだ……」
「たまたま調子が悪かっただけじゃて。本来ならお主の方が強いのじゃ」
「そ、そうなんだ! 爺さん。わかってくれるのか!」
「当然じゃ。儂は、あやつがズルをやっていたのを知っておるのじゃ」
「ズル……だと?」
「そうじゃ、お主が攻撃した場所にあやつはいなかったじゃろ?」
「そ、そうなんだ!」
「あれは、お主にだけ効くように使った――――幻想薬なんじゃ」
「幻想……薬?」
「無色無臭の煙で、それを吸った者は幻覚を見せられるんじゃ。微弱だが、お主程の強さを持つ人には、逆に効果が高いんじゃよ」
「あいつ! そんなズルを!?」
「そうじゃ。だが、証拠がない。今すぐやり返すことはできない。だから、今度はあやつを油断させてやり返すといい。次の合同試験でのぉ~。これをやろう」
老人は澄んだ液体が入った青い小さな瓶をアルバに渡した。
「これはあやつが使う幻想薬を打ち消す薬じゃ。次にあやつと戦うとき、これを地面に叩きつけて割れば無効化できよう。これでお主の本当の実力がはっきりする。ズルをしたのをあの場で堂々を暴いてやるといい!」
「おお! それがいい……! 待っていろ……アダム・ガブリエンデ! 貴様に地獄を見せてやる……お父様にもぶたれたことがないこの僕様を……二度ぶちやがって……許さんぞ……許さんぞ!」
復讐に燃えるアルバの部屋には、誰の姿もなく、ただ青い瓶が置かれているだけだった。
伯爵家の屋根の頂点。
一人の老人が立ち尽くす。
「ほっほっほっ~今世の『カーディナル』は本当に面白いのぉ~次はどんな風に儂を楽しませてくれるかのぉ~やはり、若者というのは面白のぉ~」
月夜の下に、不気味な老人の笑い声が響き渡った。
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