第75話 暗殺者、仲間達の戦いを見届ける。

 名前が呼ばれることはなく、順番はこちらが勝手に決めていいということで、最初の試験に挑むのは、イヴだ。


「あの子、めちゃくちゃ可愛いぞ!」


「美人すぎる!」


 普通の観客が入っているわけでもないのに黄色い声援が飛ぶ。


 イヴは少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、手を振ってこたえた。


 暗殺者の娘なのはわかるが、ここまで英才教育を受けているとは驚きだ。


 人というのは、観客の前で冷静にいられないものだ。なのに、彼女はいつものように彼女らしい演技を見せる。


 暗殺者の才能もあり、素質もある。レメのような表の顔も有名で、裏では暗殺者であるように、イヴもきっとそういう道を歩むのだとわかる。


 相手は残りAクラス生徒の中で、唯一の女子だ。


「……ふん。その顔、ぐちゃぐちゃにしてやるよ」


「あら――――貴方ごときが?」


「……ふん。やっぱりクソみたいな性格のようだな」


「こっそりそのまま貴方にお返ししますわよ。心までブサイクですわね」


 彼女の顔が真っ赤に染まる。怒りに手が震えるのが遠くからでもわかる。


「では――――開始!」


 スタートの合図とともに、相手がレイピアタイプの木剣を抜いて一直線にイヴに向かう。


 Aクラス生徒の中では一番速い。広いステージを一瞬にして駆け寄った。


「は、速い……」


 隣で一緒に見守っていた細男が驚いた声を零す。


「まずは、その顔面からよ!」


 レイピア木剣がイヴの顔面を捉えて突き刺さる寸前、イヴは体をねじって避ける。


 そして、木剣を立てていると、ちょうどそこに相手自らの勢いで顔面をぶつけた。


 ゴンと鈍い音がして、相手の勢いに乗った体が流れるように、大きく飛ばされていく。


 彼女は何度か地面にバウンドしながら転がった。


「あら? わたしく、まだ何もしていないのに……」


「け、継続不可と判断します! 試験終了!」


 木剣が直撃した顔面は、彼女自身が乗せた速度も相まって、酷くぐちゃぐちゃになっていた。


 軽い足取りで帰ってきたイヴは、「アダムさまぁ~♡ あの人、怖かったです~」と声を上げる。


 聖女は「怖かったよね……イヴちゃん、ケガしなくてよかったわ。回復魔法要る?」と本心で心配していた。




 次の試験は聖女対ふくよかな体を持つ男子生徒だ。


「ぐふふ。ちっちぇな~」


 瓶底眼鏡をして髪の色や形も地味な物にしているからか、イヴのときのような歓声は起きない。


「では――――始め!」


 二人は動かない。


 ふくよかな生徒は、下卑た笑みを浮かべて、ただただ笑っている。


「きひひ、来ないのか? 僕ちんが怖いのか?」


「……え、えっと、たしか……煽るときはこう…………貴方! ヨクソンナ大キナ体デ、Aクラスニナリマシタワネ! ――――キモイデスワヨ!」


 すぐに相手の顔が真っ赤に染まる。


「イヴさま? 入れ知恵しましたね?」


「あら~? 何の事でしょうか~うふふ~」


 急に相手が大声で叫ぶ。


「許さない許さない許さない! 僕ちんのことをバカにしやがって! ぶっ潰す!」


 相手が地面を蹴り上げて走り出す。


 走る度にドンドンと地面が揺れるが、速度はそれほど速いものではない。代わりに、全身を覆うオーラが見える。


 なるほど……セカンドステージにずいぶんと近い生徒がいるものだな。


 それが無意識だとしても。


「ふう……では、私も行きます」


 聖女の両拳に光の玉が灯り、ボクシンググローブのようになる。さらに、そこに白い雷のようなものがバチバチと音を立て始めた。


「セイクリッド・バースト!」


 突っ込んできた相手の大きな体に向かって飛び込む。


 自分より二倍は大きい相手なのもあり、聖女が小さく見えてしまうが、彼女はそのまま彼の腹部にパンチを叩き込んだ。


 相手のオーラをも貫通して、腹に直接叩き込んだ攻撃は、バゴーン! と衝撃波と共に周囲に轟音が鳴り響く。


 素直に着地した聖女は、「オッス!」と腕をクロスさせて声を上げて、一礼してからこちらに帰ってきた。


 聖女がステージを出るところで、巨体が倒れこんで口から泡を吹いた。


 あれを一撃で倒すのか……さすがだな。回復だけじゃなく自分の身を護る魔法もちゃんと鍛錬しているのか。


 最近イヴからいろいろ教わっているみたいだし、彼女の護衛のティナからもいろいろ教わっているようだ。


 それにしても、あの光玉に雷。かなり厄介な能力で、セカンドステージで作られたオーラすら無条件で貫通してしまうし、掠るだけでも全身を硬直させるものだな。


 回復魔法使いといえば、戦いに弱いイメージがあったが……それを変えなければならないかもしれない。光魔法というのは、どちらかというと対戦闘向きなのかもしれないな。


 そう思うと、俺が使うカーディナルの黒光魔法もそういう類なのかもしれないな。


「ただいま~」


「おかえりなさい~アリサちゃん」


「イヴちゃんに教わっ――――」


「わあ~! あんな巨体を簡単に倒してしまうなんて、アリサちゃんって凄かったわよ~しかも相手はAクラスの生徒で、それはもうすごくて、アダムさまも目を輝かせて見ておられたわよ~!」


 わざと声量を上げて話すイヴ。やはりイヴの仕込みだな。


「ア、アダムさまが!?」


「アリサさま。強くなりましたね。入学したときよりも大きくなった気がします」


「ありがとうございます……! イヴちゃんやソフィア先輩に教わったおかげです! あと、アダムさまのおかげで楽しい学園生活を送れているので……アダムさまのおかげでもあります!」


「それはよかった。これからもお互いに研鑽していきましょう」


「はいっ!」


「あ~私もご一緒ですわよ~アダムさま、アリサちゃん~」


 さっきの雷はどんな力なのか、詳しく聞いておきたい。


 と、今度は細男の順番になった。


「ロスティア。思いっきりやるといい」


「アダムくん……うん。僕、全力で自分のいいとこ出してくるね」


「ああ」


 少し震える手を必死に抑えながら、自分用の長い木剣を持ってステージに向かう。


 前世で最後に住み着いた島国には刀という武器があったが、それよりも長い。


 細男がステージに立つと、向こうから出てきたのは、以前細男を叩きつけた大柄の男だった。確か名をゲインと言っていたな。


「おいおい。クソ雑魚野郎が俺の相手かよ」


 見下すように下卑た笑みを浮かべるゲイン。


「では――――始め!」


 合図に合わせて深呼吸をした細男は、木剣を持ちゲインに対峙する。


「うひひひ! どっちが雑魚なのかわからせてやるよ!!」


「はあ!?」


「木偶の棒の分際で、威張ってるんじゃねぇ」


「……てめぇ」


 細男。武器を持つと楽しい性格になるな。いつも通りに。


 それは場所や状況を問わずに変わるものだな。細男も不思議な能力を持っているものだ。


 戦闘モードになった細男の体から凄まじい黒いオーラが立ち上る。


 セカンドステージに匹敵する力を感じる。


「ギッタンギッタンにしてやるぜ!!」


 細男が先に仕掛ける。体を回転させながら地面を蹴り上げると、Aクラスの女子生徒よりも遥かに速い速度でゲインに跳ぶ。


「はやっ!?」


 間抜けた声を上げるゲインだが、さすがはAクラスだけあり、大剣サイズの木剣を振り上げて、細男の剣戟とぶつかり合った。


 二人の木剣がぶつかった瞬間に周りに衝撃波が起こる。


 その反動で細男の体が吹き飛びそうになるが、さらに体を回転させて、凄まじい速度で回転斬りをゲインに叩き込む。


 あまりの速度に反応し切れず、ゲインの腹に見事に叩き込まれ、彼の大きな体が後方に大きく吹き飛んだ。

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