第65話 暗殺者、細男を煽る。
姉との実践のおかげか、クラスメイトたちは全ての迷いが吹っ切れたように、体力づくりと基礎勉強をがむしゃらにやるようになった。
そんな中、一人だけみんなが走ってるところを体育座りで眺める生徒がいた。
「どうした――――ロスティア」
「あっ、アダムくん……ご、ごめん」
起とうとする細男の頭を押さえると、そのまま「はうぅ……」と力なく座った。
「何に落ち込んでいるんだ?」
「え、えっと……ごめん……」
自分の両足を抱きかかえて顔をうずめる細男。
「みんな毎日頑張って……気付いたらすごく強くなってて……僕も同じくらい頑張ったはずなのに全然体力も付かなくて……このままじゃ通常科に落ちてしまうからどうしたらいいかわからなくて……」
細男が言っている通り、クラスメイトたちは彼を除いて全員が大きく成長した。
強者の境にあるセカンドステージ。それを越えた者同士は才能で大きく差が開く。それに対して超えてない者が物を言わせるのは――――体力だ。
意外に知らない者も多いが、基本に忠実な戦いをした場合、体力がどれだけあって、それをどう組み立てるかがキーポイントとなる。
細男の場合、その選択肢が取れないのは痛い。
だが、まったく成長していないわけでもない。
細男は剣を握ると性格が豹変して攻撃を全力で叩き込む。入学当初なら一撃で力尽きるほどだったが、今では五回は叩き込める。回数から考えれば目覚ましい成長だが……確かに、不安になっても仕方がないのかもしれない。
「ロスティアは一つ大きな勘違いをしているな」
「えっ……?」
「合同試験。公開処刑と言われているが、あくまで試験だ。僕は君が落ちる未来は想像できないな」
「ど、どういうこと!?」
俺は立ち上がり、細男用の木剣を渡した。
「アダムくん……?」
右手をクイクイッと挑発する。
細男は不安そうな表情を浮かべながら、長い木剣を握りしめた。
すぐに口角が吊り上がる。
「いひひ……アダムくんってば、僕にそんなにボコボコにされたいのかな? ドエムくんなのかな?」
「くっくっ。お前こそ最近情けないじゃないか」
「情けない……?」
「体力なんて気にして本気で攻撃を仕掛けるなんてこともなくなった。脳みそがないなりに悩みはあるようだな」
「…………」
俺の煽りを受けて細男の目が変わる。
「それとも家に帰ってママに助けでも求めるか?」
「ふざけるな!!」
怒りに震えながら長い木剣を両手で握りしめる。
「ここにママはいないぞ?」
「母さんを侮辱するなああああ!!」
今までならただ飛んで叩きつけるだけだったが、木剣を肩にかけて体の重心を下に置く。
「君が悪いんだよ? キシャアアアアアア!」
甲高い声をあげながら、地面を蹴り飛ばし、凄まじい速度で飛んできた細男が木剣を振り回す。
体重が軽いこともあって、普通の人よりも軽くて動くスピードが速い。そして、速度が乗った攻撃は純粋に攻撃力を増していく。さらに今回の細男の攻撃には、彼自身が今まで培った全てが乗っている。
空気を切り裂く剣戟が俺に襲い掛かる。
横なぎの攻撃を正面から受け止めたが、まるでハンマーで叩かれたような強烈な攻撃に、耐えることができず、吹き飛ばされ訓練場の壁面に激突した。
遠目ながら、一撃で力尽きて倒れながら木剣を手放した細男が、目を大きく見開いて俺を見つめる。
「ア、アダムくん……!? あ、ああ……あぁぁぁ……」
地面に伏せた細男は動くことができないようで、右手を俺に向かって伸ばして目に大きな涙を浮かべた。
そんな細男の隣にイヴが立つ。
「仕方ありませんわね~」
イヴは猫の首根っこを掴むように細男の首根っこを掴んでこちらに引きずってきた。
俺の前にボトっと落とされた細男が壁にぶつかって座っている俺に手を伸ばす。
「アダムくん……ごめんよぉ……本当にごめんよぉ……」
「ロスティア。お前もこうしてちゃんと強くなっている。変に悩まずに自分の良さを磨くことだな」
「君はそれを教えてくれるために……自分の身を犠牲に……」
「僕には回復魔法があるからな。気にするな」
「僕……うん……君が教えてくれたこと。絶対に忘れないからね」
「ああ」
細男は笑顔を浮かべて――――その場で気を失った。
「イヴさま」
イヴはまるでゴミを見るような目で細男を見下ろしていた。
「あら! 気を失ってしまったようですわ~このまま水に沈めちゃいますか? 魔物の餌にしてあげてもいいですわね~」
周りの生徒たちに聞こえないのをいいことに好き放題言うイヴ。
「彼は僕が連れていきます」
「うふふ。アダムさまは優しいんですから♡」
細男を連れて一度休憩室に入る。
もはや彼専用となっているベッドに横にしておく。
それにしても、俺が思っていたよりも細男はずっと強かった。たった一撃とはいえ、セカンドステージに入った者よりも強烈な一撃だった。
いつでも細男に補助魔法を与えられるように補助魔法用のナイフを刺しこんでおく。
「ん……」
ゆっくり目を覚ました細男と目が合った。
「!? ア、アダムくん!?」
立ち上がろうとする細男の頭を押さえると起き上がれず、「ふにゅう……」と声を出しながら枕に再度頭を戻した。
「もう少し休め。ロスティア」
「う、うん……」
「僕は訓練場に戻る」
「アダムくん!」
「?」
「あ、あの…………ど、どうして僕に優しくしてくれるの? 僕なんて……なんの役にも立たないのに……」
ん? 吹っ切れたんじゃなかったのか……。人の感情というのは難しいものだな。
「クラスメイトに手を差し伸べるのに理由が必要なのか?」
「で、でも! 僕たちは……君に何を返せるものがないのに……」
「……ロスティア」
「う、うん?」
「見返りが欲しいからというわけではないが、見返りがないわけでもない。毎年Dクラスは半数が落ちるとされている。そこに姉上が関わることで全員が進級すれば姉上の偉業にも繋がる。そういう見返りで十分だ」
「アダムくん……そっか……君はどこまでも自分より誰かのためなんだね」
「?」
「……僕も頑張るね? ありがとう。アダムくん」
よくわからないが吹っ切れたようだ。
「ああ。ではな」
「うん」
俺は訓練場に戻り、イヴと聖女と残り時間をただひたすら走り続けた。
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