第64話 暗殺者、クラスメイトの成長を見る。
「アダムさま!」
教会の裏手から出てきた聖女が嬉しそうな笑みを浮かべて、足早にやってきた。
「おはようございます。アリサさま」
「あのあの!」
「はい」
「これを……」
そう話した聖女は、ブレスレットを大事そうに俺に渡してくれる。
銀で作られたブレスレットには白い模様が描かれていて、ブレスレット自体から不思議な力が伝わってくる。
俺の左右から姉とイヴが顔を出して、「お~」と驚く声を同時に上げた。
「アリサちゃん。これって
「はい」
聖女は微笑みを浮かべ、俺を見て笑顔を咲かせた。
「アリサさま。これは?」
「アダムさまが子爵に叙爵したと聞きましたから。叙爵おめでとうございます」
なるほど。お祝いか……それにしては聖銀という教会のみが作れるという非常に高価なもののはずだ。
「そちらの模様は光魔法をより強くしてくれる魔法陣が描かれています。きっとこれからアダムさまの力になってくれると思います!」
「こんな大切な物を僕がいただいても……?」
「もちろんです! 叙爵のお祝いと言いましたが、それ以外にも今回の一件の感謝の証でもあります」
ふむ……教会全体からの感謝の証か。いや、それだけではあるまい。値段を付けられないくらい高価な物を俺に送ったということは、教会はいつでも味方になれると伝えている。
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
「はいっ!」
俺たちはいつものように中層から上層へ、さらに貴族層にある学園に向かった。
相変わらず走っている俺たち四人を、馬車の中から奇妙な目で見つめる者が多い。
教室に着くと、クラスメイトたちから何やら緊張した気配が伝わってくる。その視線は全て俺に向けられていた。
「アダムくん! お、おはようございます!」
目を泳がせながら挨拶をする細男。
あれだけ訓練を重ねても筋肉が一つも付かないのは不思議なものだ。いくらレベルがある世界とはいえ、筋肉を付ければそれだけ動きやすくなるというのに、彼の体質は不思議な体質のようだな。
「おはよう。ロスティア。何故敬語を?」
「えっ!? だ、だって……子爵さまになられたって聞いたから……」
ああ……だから俺に対してそういう目で見ているんだな。
「全て父上の偉業だ。俺の力じゃない。だから気にせず以前と同じく接してくれていいぞ」
「そ、そう?」
「ああ。変にかしこまられても困る」
細男は苦笑いを浮かべて「君がそういうなら……」と話すと、それを聞いていたクラスメイトたちも以前のような雰囲気に戻った。
朝礼の時間になり、戦士科Dクラスの担任のヘラル先生が入ってくる。相変わらず歩くスピードも遅く、目も見えているのかすら怪しい。
ヘラル先生と共に姉も一緒に入ってくる。
すぐにクラス中で歓喜の声が上がった。
「ほっほっほっ~若いのは元気じゃのぉ~」
「さあ、みんな! 来週末には合同試験があるわよ~! 合格できなかった者は通常科に落第して二度と戦士科には戻れなくなるからね!」
教室中がざわめく。
「なぁ……合同試験って公開処刑って言われてるらしいぜ……」
「聞いたよ……DクラスがAクラスから処刑させるんだろ?」
ここに集まっている生徒の大半は貴族だ。両親の伝手から公開処刑のことは聞いているようだ。
「はいはい~!」
イヴがわざとらしく大きな声で手を挙げて、その場で立ち上がった。
「イヴちゃん。どうぞ?」
ざわめいていた教室が静まり、イヴに注目する。
「合同試験って公開処刑とは言われているけれど、それは逆に言えば――――下剋上にもなるわよ。だって私たちにはソフィアさまが付いているんですもの! Aクラスの生徒が高い才能を持っているのは事実だけれど、私たちも毎日基礎訓練を続けて強くなったから大丈夫!」
生徒たちがお互いに目を合わせて溜息を吐く。そんな中、一人の男子生徒が話した。
「イヴさん。確かに俺達は強くなれたけど、体力とか基礎しか訓練してないんだから無理だと思うんだけど……」
「弱気ですわね。でもまだ皆さんには実感がないかもしれませんが――――ソフィアさま曰く、しっかり強くなっていると聞いているわよ?」
生徒たちの目に少しだけ希望の炎が灯る。全員が姉に注目した。
「みんな! イヴちゃんが言ってくれた通りだよ。確かに才能の差は大きい。でも才能だけで勝てるほど戦いは甘くないわ。それをこれから証明しようか! ヘラル先生。今日は午前中の体力づくりは休んで実践の訓練でもいいですよね?」
「おぉ……構わんのじゃよ」
「ありがとうございます! ではみんな、今から訓練場に移動!」
◆
「は~い。ではこれから実践を始めるわね。最初はテリーくんから!」
「はいっ!」
生徒九人の中から一人が前に出る。各々が持っている武器はそれぞれ違いがあり、彼は一番オートソックな長剣サイズの木剣を持っている。
「よろしくお願いします!!」
深々と挨拶をすると、姉に向かって飛び込んだ。
何度も木剣で斬り付けるが、押し切ることはできない。だが、入学当初と比べると格段によくなった部分がいくつかある。
一つ目は、目だ。相手である姉の動きから絶対に目を離さずに、常に対応できる距離感で戦っている。姉もずいぶんと手加減をした動きをするがそれでも十二分に強い。姉の攻撃をもろに受けないように動き回りながら反撃をする様は、以前とは比べ物にならないくらい強くなったのが見て分かる。
二つ目は、体力だ。当然のように毎日走り込みをしていただけはあり、斬りこみ、防御、回避を何度もこなしても息一つ上がっていない。以前ならすぐにバテてしまい、姉が攻撃しなくてもその場で倒れていただろう。
三つ目は――――
「うんうん。やっぱりいい感じに成長できてるわね。それにしっかり戦いの基礎も見に付いているよ」
「ありがとうございます!」
「自分の最大を出し続けるだけが戦いではないわ。こうして様子を見たり、相手の出方を見るために動きを最小限にして、斬りこみも最小限の力ですること。みんな言っていた才能の差というのは確かに存在するけれど、仮に相手の最大攻撃を自分の中くらいの力で捌ければ、それだけ相手を疲れさせることができるの」
攻撃となると、どうしても大振りになりがちで、その分体力も多く使うことになる。さらに攻めてということは相手に向かうことになり、余計に体力を使う。
戦いの基礎、それすなわち――――防御である。
もちろん、防御し切れない攻撃には手も足も出ない。それが才能の差ではある。だが、生徒たちが言っている才能の差を、今のAクラス生徒とDクラス生徒の差で測るのは、いささか早計というものだ。
現に、入学当初に姉が手合わせした時よりも手加減をしていない状態で、あの時よりも遥かに長い時間耐えられている。その上、戦いを自分のペースに持ち込んでいる。それこそがDクラス生徒たちが入学して毎日続けた体力づくりと基礎の勉強の成果である。
「戦いは才能だけじゃない。知識も作戦も全てあってこその戦いだよ。理不尽な戦力に潰されることもあるかもしれない。でも――――今の君たちがAクラスの生徒たちに劣っているようには、私は感じないな!」
姉と対峙していた生徒も、他の生徒たちも、その目に大きな希望の炎が灯る。
それからは全ての生徒たちと姉が手合わせをしていき、午前中の時点で生徒たちは自分たちが相当強くなったことを実感することができていた。
ただ一人を除いて――――
「はぁはぁ……もう……無理ぃ…………」
五回ほど姉と剣をぶつけ合った細男は、力尽きてその場で倒れ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます