第63話 暗殺者、父の過去を少し知る。
城にあった第三王子の屋敷よりもずっと広く、王都の貴族層にこれだけの土地を持っていることが権力を象徴している。
馬車から降りて屋敷に案内される中、何人もの警備の衛兵たちが目を鋭くして周りを警戒していた。
たどり着いた部屋は広さと家具のバランスが悪く、ホテルのラウンジのような開けた広さがあるのに、中央に二人座りのソファが四つ、テーブルを囲うように置かれている。
そこに立ち上がり手を振る父の姿があった。
「父上。お待たせしました」
「よく来てくれた。アダム。こちらはブラムス伯爵様。舞踏会ではちゃんと紹介できなかったな」
舞踏会では流れのように姉と一緒に挨拶をしていた伯爵で、父とも関係がありそうだったが、こんな夜に一緒にいるということは間違いではなかったようだ。
伯爵に一礼すると、「よくぞ、来てくれた。ガブリエンデ子爵」としっかり俺の目を見て挨拶をしてくれる。
父と伯爵が向かい合って座り、俺は空いた席についた。
「アダム。どこか体に不調はないか?」
「はい。問題ありません」
「そうか……」
「イングラム王子のことだ。てっきり何か手を打ってくると思ったがな……」
「ええ。私もそう思っておりました」
第三王子の素行の悪さは裏では広まっているようだな。
まぁ……舞踏会であれだけ露骨に行動していたし、兄ともぶつかっていたからな。
「それはひとまずいいとして。アダム。少し俺の過去とこちらのブラムス伯爵様の話をしよう」
「はい」
「アダムも知っている通り、俺は辺境の男爵家の嫡男として学園に入った。ありがたいことに俺にも才があって、学園では上位の成績を収めていた。ただ、その中でも誰よりも高い成績を出した人物がいた。それが――――お前の母だ」
「母上でしたか……」
詳しくは聞いていなかったが、何となくそんな気がした。そもそも剣神を覚醒させた姉上が今でも逆らえない母の強さ。それは母として強いからだけではない。母ダリアは戦士としての実力もあってこそだ。
「ダリアは誰よりも強く、正義感に溢れた女性だった……だが、残念なことに彼女が平民だったことが問題になった。彼女が学園内で正義を執行すればするほどに、貴族の敵対することになる。負の連鎖は止まる事なく、やがて――ある伯爵家の嫡男とトラブルとなった」
伯爵が小さく苦い表情を浮かべる。
「その名は、エドモン・シグムンド伯爵令息。次期伯爵だ」
「シグムンド伯爵さまでしたか。たしか三男の令息が同学年の戦士科におります」
「そうだな。今日も挨拶してもらったが、ずいぶんとソフィアを気に入っているようだった。ずいぶんとアピールしていたが……おそらくはシグムンド伯爵家とダリアとの関係があったからこそだと思われる」
「今度こそ手に入れると……?」
「そうだ。あのとき、俺の力だけでは彼女を守ることができなかった。そんなときに手を貸してくださったのが、こちらのブラムス伯爵様だ」
伯爵に視線を移す。伯爵らしい雰囲気を放ってはいるが、嫌な感じはしない。舞踏会で流れるように挨拶を交わしたシグムンド伯爵は、どこか人を見下ろすかのような目をしたのに対して、ブラムス伯爵は威厳はあるが誰かを蔑むような目はしない。
「いや……同じ伯爵の地位にいながら権力に溺れ、欲にまみれたあの男に呆れてしまったのだ。元々あの一件は必要なものだった。たまたまダリア殿がその中心になっただけのこと。これまで一体どれだけの我が国の才能に大きな被害があったのかと考えるとな……」
「ですが、おかげでだいぶ平和になりました。学園も貴族の権威で動くことも減り、実力主義にはなりました」
「よくなったとはいえ、まだまださ。今でも貴族の権威に怯えている生徒はまだまだ多い。アダムくん。本日君を呼んだのは他でもない。英雄ガブリエンデ子爵の子息として、学園に新たな風を吹かせてほしい」
「僕が……ですか?」
「ああ。君の姉はいずれエンペラーナイトになれる逸材だろう。だからこそ誰も彼女には近付けない。それに対して君は魔法系統の才能を持ちながら戦士科に入り、一番下であるDクラスに入った。これはある意味運命とでも言えるだろう」
「運命……?」
「毎月に行われる合同試験。名前も意味も合同試験でそのままの科で進学できるか、通常科に落とされるかが試される試験となっている。だが、その事実は――――公開処刑。そう呼ばれている」
そもそも進学試験なのであれば、合同でやる必要性はない。そういう意味を持っていたとしても何ら不思議ではない。
「伯爵さまは僕に何を求めているのでしょう」
「ふふっ。アレク殿に聞いた通り、中々淡泊な性格をしているな。求めるのは一つ。公開処刑を耐え抜き、通常科に降格しないこと。とくに……今のシグムンド伯爵は君を狙い続けるはずだ。第三王子の勧誘すら断ったのだからな」
俺が第三王子の屋敷からすぐに出たのか、朝出たのかで答えが変わる。もし朝出ることになったのなら、アダム・ガブリエンデ子爵は第三王子陣営に加担したことを示す。
それくらいどの貴族がどの貴族の屋敷で一晩を明かすかで変わる上、それらの情報を回している集団までいるほどだ。
「それと可能であれば、Dクラスの生徒達も導いてほしい。君が持つ力『カーディナル』の回復する力があれば、より高い訓練の効果を出せると思うからな」
「わかりました。僕にできることは協力させてください。ブラムス伯爵さまがいなければ、僕と姉上は生まれてこれなかったかもしれませんから」
「ん? がーははは!」
伯爵が大声で笑い、父は顔を赤く染めて「アダム……覚えてろよ」と小さく俺を睨んだ。
挨拶を終えて俺は父と共にうちの屋敷に戻る。
帰りも伯爵の馬車に載せてもらえた。
「アダム」
「はい。父上」
「数日後には俺も母も領地に戻らないといけない。今のアダムは子爵位を持っているから近付く者も多いだろう。こんなに早く父としての盾役になれなくなるとは思わなかったが、これも仕方のないことだ。王国の貴族達はどうしてもソフィアを味方に入れたいようだし、ブラムス伯爵様の話では上位貴族の大半が二人の叙爵を強く望んだという。だから二人とも子爵位となった。くれぐれも叙爵したことが偶然ではなく仕組まれたことを忘れずにな」
「はい。肝に銘じております」
「アダムなら心配ないな。第三王子殿下からも帰ってこれたのだからな」
うちの屋敷に着いて馬車を降りると、母と姉とイヴたちが並んで待っていてくれた。
「おかえり! アダム!」
「ただいま。姉上」
姉は満面の笑みを浮かべてそれ以上は何も聞かなかった。
母も父に事情を聞くからと何も言わなかった。これで、長い一日が終わりを迎える。
眠る直前、ベッドに姉、イヴ、ルナが並んでる中、俺は姉の中に入れていた補助魔法用のナイフを取り出した。
「アダム?」
そして、新しい補助魔法を姉に刺しこむ。
「第三王子のところで魅了香を使われました。何かあってからでは遅いので、対策のために状態異常系を塞ぐより強い魔法を付与しておきます」
「……うん。ありがとう」
「ん? 姉上。熱があるようですね」
「へ?」
「病を治す魔法を――――」
姉が俺の手を止める。
「使わなくてよろしい!」
「ですが……」
「いいの! さあ、寝るわよ~!」
そのまま俺の右腕を抱きしめて、俺の体を押してきた。
薄い寝間着越しから姉の温もりが伝わってくる。
左腕にはイヴが微笑んだまま、豊満な胸を押し付けて静かに眠りについた。
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