第62話 暗殺者、第三王子と対話をする。

「アダム……私……」


 姉が悲しそうな表情を浮かべた。


 そんな姉に右手を伸ばして頬に触れる。


「アダム……?」


「姉上。僕や父上、母上のことを思って行動するのではなく、姉上自身の心の向くままに行動してください。僕も父上も母上もいつまでも姉上の味方です。例え――――王家や教会、世界の全ての者を敵に回しても」


「アダム……」


「僕はこれからイングラム殿下と話し合ってきます。一足先に戻っていてください」


「わかっ……た。うん。私、ちゃんと待ってるからね?」


「ええ」


「いってらっしゃい」


「いってきます」


 いってきます……か。前世では誰かに行ってくるなどと言った覚えはない。命令されれば誰かを暗殺するために暗闇の中を歩き回っていた。姉に見送られながら歩く暗闇の庭道。今までなら誰かを暗殺するための歩く道。今は――――愛する家族が待っている帰り道でもある。



 ◆



 第三王子の屋敷は王城の敷地内にあるが、少し離れている。


 入口に着くとメイドが「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」と深々に頭を下げる。


 彼女に案内を受けて二階にある豪華な扉の前に止まる。ノックをすると中から第三王子の声が聞こえた。メイドが扉を開いて、中に入る。


 入ってすぐに甘い香りが部屋に充満している。


「待っていたぞ。アダム殿」


「お待たせしました」


「そちらに座ってくれ」


 第三王子の向かいにあるソファに座ると、すぐにテーブルに置いてある紅茶を勧めてくる。断る理由もないので、そちらを受けることに。


 それにしても王子の格好は中々想像もしなかった格好だな。下半身は下着のみで、ガウンのようなものを羽織っているだけ。前を留めているわけでもないので全身の肌が見えている状態だ。


「くっくっくっ」


 足を組み、じっと俺を見つめながら笑みをこぼす。


「希少な才能『カーディナル』を持ち、聖女アリサとも親交も深い。今回のガブリエンデ家の奇跡を起こした起点となった存在。父に全てを譲った影の英雄アダム」


「それは誤解です。たまたまナンバーズ商会が商売をしている中、黒薔薇病を危険視して準備していただけのこと。ただただ私のメイドが育てていたブラックローズが薬になっただけでございます」


「ああ。そんなことは知っている。あの奇跡を起こしたのも其方でもなく、ガブリエンデ家でもなく、教会でもないことはな……ナンバーズ商会。ビラシオ街の唯一の商会として幅広く活躍しているようで、最近は王都にまで広まっているようだな?」


「そのようですね。ガブリエンデ家の御用達商会として王都にも支部を出しております」


「くっくっ……普通なら王国商会連合会に入る商会が大半の中、かの商会は入らずに済んだ。あの王国商会連合会ですら止めることができなかった。そんな大物の存在は、今の権力者たちの中で話題が持ち切りになっている」


 すでに父のところには、親睦を深めたい貴族からの招待状が殺到していると言っていた。


 それにルナからも、多くの貴族からの招待状が商会に届いているとも聞いている。それくらい今回の出来事の裏を何となく感じている権力者は多い。王国商会連合会との一件もまた目立っていたからだろう。


「かの商会はすべてをガブリエンデ家に委ねている。王族ですら断られた商会だ。理由はわからないが、ガブリエンデ家の者を取り入れた者がこれからの王国の大きな権力を握るのは言うまでもない」


「だからこのタイミングで姉上に求婚を?」


「そうとも。剣神が我が妻になってくれれば、全てが収まるのだが、そう簡単ではないようだ。陛下はボクの求婚を認めてくださった。それくらい王家もまたガブリエンデ家を欲している」


「なるほど。まさか……国王さまが第三王子に肩入れをしているとは思いませんでした」


「残念ながらそれは違うな。陛下は良くも悪くも実力で平等に勝ち取れという方だ。まだ王として二十年は玉座に座るだろう。次の王は、もっとも権力を集めた王子が王太子となる。俺達王子五人に平等に機会を与えてくださっているのだ」


 赤いワインが入ったグラスを揺らして飲む王子。


「私と姉に子爵位を徐爵したのはすべてイングラム殿下のご意向だったのですか?」


「いや。ボクにそこまでの権利はない。ボクが選んだのは、ソフィア殿へ準男爵位を頼んだのさ。まさか子爵位と、その弟まで子爵位が与えられるとは思いもしなかったぞ」


 ふむ。ということは、俺と姉に爵位を与えて近付こうとしている権力を持つ者が他にもいて、それが少なくとも二人や三人ではなかったということか。


 徐爵のとき、父や他の貴族も驚いていたが――――伯爵以上の上位貴族の中から誰一人反論がでなかった。むしろ、誰一人顔色を変えなかった。


 それくらいナンバーズ商会を評価したということか。


 意外だったというか……こればかりは俺の予想が甘かったな。まさか、ナンバーズ商会がここまで王国にとって大きな存在になるとはな。


「まあ、そんなことはもういいだろう。ここからが本題だ。アダム殿。ボクに力を貸してほしい」


「私にそこまでの力は……」


「いや、子爵となったうえに、アレク殿の子爵位もいずれ引き継ぐ存在であり、姉との関係も良好。今もっともガブリエンデ家で重要な存在はアレク殿でもソフィア殿でもなく、アダム殿貴方だとボクは思っている。もちろん、損をさせるつもりはない。どの陣営よりも破格の待遇は約束しよう」


 そう言いながら、王子はパチンパチンと両手を二回叩いた。


 部屋の正面ではなく、横の扉が開いて、一人の女性が入ってくる。


 肌着は何も身に着けておらず、全身が透ける服と呼べるかも難しいものを羽織っている。


「アダムサマ……本日ハ……アリガトウゴザイマシタ……」


 彼女の虚ろな目で、たどたどしく話した。


「……イングラム殿下。彼女は実の妹ではなかったのですか?」


「実の妹さ。これは彼女の意志なんだ。ボクの力になりたい。一目惚れしたアダム殿の女になりたい。そう言っていたからな。まだ十歳だが、これから美女に育つだろう。そう悪くない話だと思うがね。王女だから王家との繋がりも持てるし、ボクの実妹という繋がりもある」


「……ご提案はとても光栄ですが、私はまだ誰かと婚約を交わすつもりはございません」


「いいのか? これから王国の剣となるであろう偉大な姉を、権力で支えることができるんだぞ? アダム殿も希少な才能を持っているが魔力がないというではないか。力というのは何も剣や魔法を使うだけじゃない。権力もその一つだ。王国内で彼女を支援するのが弟としての使命ではないのかね?」


「……ええ。イングラム殿下の言う通りです」


「ならば受けてくれるのだな!」


「……ですが、私には私のやり方がございますから。姉上が望むのならイングラム殿下とも関わることもあるでしょう。私から姉上の道を開くつもりはありません」


 ソファの隣に置かれているガウンを持って、ボーっと立っている第六王女に掛けてあげる。


「アダムサマ……アリガトウ……ゴザイマス……」


「アダム殿。ボクは諦めないぞ」


「次はもう少し真っ当なやり方で誘っていただけたらなと思います」


 そして、俺は第三王子の屋敷を後にした。


 部屋に充満していた香り。人の性欲をかき立てるものだった。俺と第六王女に関係を持たせたかったようだ。


 黒薔薇病もそうだったが……この世界にはまだ俺が知らないああいう香りで何かを引き起こすものがあったりするんだな。イヴに頼んで詳しい書物を用意してもらおう。


 その足で庭を出ようとしたとき、一人の執事が立って俺を見つけると一礼した。


「初めまして。アダム様。私はブラムス伯爵様の執事でございます。お父上と共に伯爵様がお待ちしております」


「わかりました」


「ありがとうございます。ご案内します。どうぞ」


 用意されていた馬車に乗り込み、王城を後にして王都上層にある広大な屋敷の中に入っていった。

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