第61話 暗殺者、権力争いに狙われる。
夜の煌やかな舞踏会が始まる。
多くの貴族が並んでいる中、今回の主役でもあるガブリエンデ家が最も上座の近くにあり、貴族位が高い順に並んでいる。貴族マナーにより、男爵家はこちらの上座付近には入れないようになっているからか、反対側である入口側にもっとも人が並んでいる。
音楽隊が美しい音色の楽器を鳴らし始めて、テーブルに料理が並び、お酒を持った者たちが至る場所に立っている。
「ごほん。初めまして。わしはディノス・ブラムス伯爵という」
「初めまして。ソフィア・ガブリエンデ子爵と、こちらは弟のアダム・ガブリエンデ子爵です」
「ブラムス伯爵。ご無沙汰しております」
「うむ。アレク殿も息災で何よりじゃな」
「あはは……ありがとうございます」
わりとフランクに話しているところを見ると、父と伯爵は良好な関係のようだ。
そこから何人かの伯爵と子爵と挨拶を交わしたが、ブラムス伯爵以外の人は全員が冷たい視線を向けている。
今回の褒美、父の子爵への陞爵、俺と姉の
挨拶が終わった頃に、王家もやってきて挨拶が終わった。
ダンスタイムも始まり、事前にパートナーを決めていた人たちは、音楽に合わせて貴族らしい踊りを楽しみ始める。
「ア、アダム?」
「はい。姉上」
「えっと――――」
姉が何かを言おうとした時、二人の男女が俺たちの前にやってきた。
「初めまして。ガブリエンデ子爵。ミガンシエル王国第三王子、イングラム・デル・ミガンシエルでございます」
「ソフィア・ガブリエンデ子爵でございますわ」
王子の挨拶に合わせて丁寧に挨拶をする姉。
「もしよろしければ、一曲躍っていただけませんか?」
白い手袋のまま右手を差し出す王子。姉は一瞬俺を見て少し悲しそうな目をして王子の手を取った。
「よろしくお願いしますわ」
普段はあれほどおてんばだというのに……姉も社会に出て成長したということだな。
姉と王子が中央に向かうと、俺の前に女性一人でドレスを軽く持ち上げ挨拶をしてくれる。
「イーリス・デル・ミガンシエルと申します。ミガンシエル王国第六王女でございます」
「アダム・ガブリエンデ子爵でございます」
王家は王女の方が多いと聞いていたが、第六王女はまだずいぶんと小さいな。見た目からして十歳くらいか。
「も、もしよろしければ、一曲、いかがでしょうか!」
まだ少し緊張したように、習った通りに話す初々しさの彼女に、屋敷で姉と貴族の基本を学んでいた日々を思い出す。姉も苦手としていたな。
「お誘い痛み入ります。身に余る光栄、ぜひ一曲お願い申し上げます」
「あ、ありがとうございます!」
不安だったのかニコッと笑う彼女の手を取り、会場の中央に向かう。
十歳くらいの年齢だと、こういう当たり前の躍ることも断られる場合もある。王族と踊る。という事は意外にも難しく、政略的な色が濃いと父は言っていた。
本来なら俺と姉は父の庇護下にあり、アレク・ガブリエンデ子爵の令嬢と令息になる。
だが、今回の叙爵があったため、姉も俺も一人の子爵となった。逆に言えばアレク・ガブリエンデ子爵の子ではなくなったからこそ――――
中央に着いて、第六王女とお互いに顔を合わせて挨拶をして、踊り始める。
彼女とは身長差があるが、元々身長差を考慮した練習をおこなってきたのか、意外にも上手くこちらに合わせて踊る。緊張した幼い顔をしていても王族の一人として育っているんだな。
「子爵さま? もう婚約はされていますか?」
踊ってすぐに
「王女殿下。男女の色恋はすぐに話さない方がよろしいかと」
「あっ! ご、ごめんなさい……」
顔を真っ赤にして落ち込む第六王女。
「今のところ、
「そ、そうでしたか!」
手に入れたい情報を得て満足したのか、また満面の笑みを浮かべた。
音楽に合わせてしばらく踊っていると、ふと王子と踊っている姉が視界に入った。ちらちらと俺を見ているのがわかる。
それに気付いたのか王子が少しずつこちらにエスコートをして隣に並んだ。
踊りながら王子と何度か目が合い、次のタイミングで姉と王女を入れ替えた。
「お兄さま!」
「やあ、イーリス」
一緒に来た二人は仲がいいと思っていたが、母が一緒だったりしそうだな。王ともなれば妻を何人も娶らなければならないからな。
王女と変わった姉が少し顔を赤く染めて驚いた表情で俺を見る。
「姉上。踊りも上手くなりましたね」
「ア、アダムだって……初めての社交場でしょう?」
「ええ」
「それなのに堂々としててすごいわ」
「イヴがいつか舞踏会に出るからと、何度か二人で踊ったことがありましたから」
「イヴちゃんが……さすがね。私は…………アダムに何もしてあげられないかったのに……」
珍しく落ち込んでいる。
「そんなことはございません。姉上」
「…………」
姉は俺の手を強く握りしめる。
「ねえ、アダム? アダムはこれから……」
何かを話そうとした姉だったが、また王女と切り替わるタイミングがきて、また王子と下へ行ってしまった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま!」
「兄上とは仲がいいのですね?」
「はいっ! イングラム兄さまはとても優しくて大好きなお兄さまです!」
ふふっ……とても優しいか。
一次演奏が終わり、踊りが終わった。一度踊った相手とは踊らないというのがマナー。第六王女は小さく会釈して王子とまたどこかに向かった。そのとき王子は、一瞬鋭い視線で俺を見つめていた。
それから姉にはひっきりなしに踊りの誘いがあって、舞踏会が終わるまでずっと踊り続けた。
舞踏会が終わり、閉会の挨拶の直前。
第三王子が姉と俺の前にやってきた。
「ソフィア様」
「はい。イングラムさま」
「王国の明るい未来のために、今宵語らせていただきたく、よろしければ、この後も時間をいただけないでしょうか」
姉も王子も舞踏会では注目の的だったのもあり、会場がざわめく。
「イングラム。そこまでにしておけ」
王子の後ろから深みのある声が聞こえる。
「ダイラ兄様。ボクの邪魔はしないでいただけますか?」
「邪魔とは心外だな。ソフィア嬢は叙爵してまだやることも多いだろう。あまり無理を言わない方がいい」
「それはソフィア様が決めることです」
イングラムは振り向くこともなくそう話す。自信にあふれたその目は、野心という炎で燃え盛っているのが伝わってくる。
後ろに立って困惑している彼の兄もまた彼の野心の深さに冷や汗を流している。
「わ、私は……」
驚くこともなく、こうなることを予見したかのように拳を握りしめる姉。彼女がその道を願うなら、弟として応援してやるべきだろう。
だが、困っているならば――――
王子と姉の間に割り込む。当然のようにイングラムの鋭い視線が俺に向けられる。
「ガブリエンデ子爵……? これはあまりにも無礼だと思うが……?」
「失礼します。イングラム第三王子。姉も一日中踊っていて大変疲れているようですから」
「なるほど――――貴方はまだ余裕があるようだ」
……これは一本取られたな。これが狙いだったのか。
「ええ」
「新しく子爵位を叙爵したアダム・ガブリエンデ子爵殿。その類まれない才能で未来を切り開いた
右手を差し出す。
「ぜひ来ていただけますね?」
「……ええ」
俺も右手を出し、握手を交わす。
会場の多くの貴族も、後ろの兄王子も目を大きく見開いて驚いていた。
だが、何よりも、姉が一番心配そうに俺を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます