第60話 暗殺者、王と謁見し褒美を与えられる。

 黒薔薇病の事件が起きて一週間が経過した。


 王都民は全員回復し、スラム街に住んでいる者たちも全員治った。


 そして、本日。屋敷はとても賑わうことになった。


「ア、アダム!」


 慌てた声を上げながら馬車から降りる父。


「父上」


「い、いったいこれは――――」


 慌てる父に答える前に後ろで困っている母の下に行き、手を差し伸べた。


「アダムちゃん。ありがとう」


「いいえ。王都まで大変だったでしょう」


「うふふ。やっぱり大変ね。でもナンバーズ商会さんのおかげで今までよりもずっと快適だったわよ」


「それはよかった」


 母の手を引いたまま、屋敷の中に案内した。興奮していた父も少し顔を赤くして俺達の後を追いかけてきた。


 リビングに着いて母をソファに案内すると、俺の両肩を握りしめる父だ。


「ア、アダム? 事情をちゃんと聞かせてもらっていいかい?」


「はい。と言っても、僕もあまり伝えられることがなくて、ナンバーズ商会さんが独自に動いており、ガブリエンデ家の名前を借りて出しました」


「どうしてそれだけで俺が英雄扱いになってしまうんだい!?」


「ミアがよく育てていたブラックローズをナンバーズ商会から購入したいと申し出があって、余った分を売っていましたが、どうやら今回の病気の薬はブラックローズから作れるようです。ミアが育てたブラックローズを全て提供することで、王都民たちの病気を治せました」


 俺の話を聞いた父はようやく事情が呑み込めたようで、大きな溜息を吐きながらソファに座り込んだ。


「アダム……商会から何か脅されたりはしてないか?」


「はい。何も言われておりません。僕が当主になってもよろしくと言われただけです」


「そう……か……アダム。悪かったな。ナンバーズ商会はまだ出所がわからず、怪しい商会なんだ。ビラシオ街の件で仕方がなく契約してしまったが……アダムが当主を引き継ぐまではしっかり調査をしようとしたのだが……」


 最近ビラシオにある本店だけじゃなくガブリエンデ領内の全ての店舗で我々を調査していたのは、他でもなく父だったんだな。


 父なりに俺のためにできるだけ手を打っているのか……ナンバーズ商会ともっと近付けるものを用意しなければならないな。


「父上。ナンバーズ商会からはよくしていただいております。屋敷の運営もおかげで楽になっております」


「……アダム。何かナンバーズ商会から脅されることがあったら断ってくれ。我が領よりも自分の命を大切にな」


「心得ております」


「うむ。アダムならきっと大丈夫だ」


 と、ようやく笑みを浮かべるようになった父だったが、次の瞬間、遠くから地鳴りの音が聞こえてくる。


「アダムううううううううう!」


 遠くから甲高い声が聞こえてきて、凄まじい速度で走ってきた姉が、周りに目もくれず俺に抱き付いてきた。


「姉上。はしたないです」


「アダムッ! ど、どこかケガしてない? 私がいないときに大きな病気が流行ったって……」


 姉は大きな涙を浮かべて俺を見上げて真っすぐ見つめてくる。


「大丈夫です。黒薔薇病は僕とアリサさまで治せましたので。ただ、今回の一件でミアが育てていたブラックローズをほとんど使わせてもらったので、庭が少し寂しいくらいです」


「うんうん。アダムの活躍はちゃんと聞いてる!」


 俺の体をベタベタと触りケガないことを確認して、隣でポカーンとしているミアのところにいく姉。


「ミア。いつもアダムのためにありがとう。とても嬉しいわ」


「もったいないお言葉ありがとうございます」


「お父様とお母様に話して、ブラックローズの件はたくさん謝礼を出すようにするわよ!」


「ありがとうございます。ですが、あの花は全てアダム様のために作った物でございます。アダム様のために咲いていましたから、全てはアダム様へ還元していただけたら嬉しいです」


「うふふ。ミアはとても偉いメイドだわ! これからも屋敷のメイド長は頼んだわよ!」


「ありがとうございます」


 満足げに振り向いた姉は、ソファに座ってポカーンとしている父と母と目が合った。


「…………」


「「…………」」


「お、お、お母様~!? い、い、いらっしゃったのですね!」


「ふふっ。ええ。元気にしてそうね? ソフィアちゃん」


「は、はいっ! アダムとの時間も大事でしたが、ちゃんと学業最優先させました!」


「偉いわ。もしアダムちゃんにベッタリなら……」


「ひい!? だ、大丈夫です! 私、約束は守りますので!」


「うんうん。偉いわ~」


 約束というところが気になるが、相変わらず姉は母に頭が上がらないな。


 その日は家族水入らずでゆっくりと時間を過ごした。



 ◆



 翌日。


 父と母、姉と共に正装で向かうのは――――初めて入る王城である。


 父はあまり舞踏会に参加したりせず、母も庶民出身というのもあり、こういう場にはあまり出たがらない。さらに学園時代にいろいろあって誘われないこともあるという。


 馬車が巨大な門をくぐり抜けて中に入ると、色とりどりの花が咲いた広大な庭が広がっている。歩くだけでも時間がかかりそうだ。


 庭を通り抜けて見上げても屋根の頂点が見えないくらい高い城の前に止まる。


 降りると何人もの執事やメイドが並んで出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。ガブリエンデ男爵様」


「本日はよろしくお願いします」


「さっそくご案内致します。こちらにどうぞ」


 丁度時間に合わせて来たのもあり、待つことなく城の中に続いている赤い絨毯じゅうたんを進む。


 豪華な調度品がいくつも並んでいて、清潔に保たれている。


 前を歩く父と母からは珍しく緊張した気配が伝わってくる。後ろを一緒に並んで歩く姉は楽しそうに笑みを浮かべては、ちらちらと俺を見る。


 歩き進め、やがて広い謁見の間にたどり着いた。


 入口の両脇に立っている兵士が、持っていた斧の柄を地面に叩くと、キーンと甲高い金属の音が広がる。


「ガブリエンデ男爵~!」


 入場前に一礼する父たちに習って、俺と姉も一礼して中に入る。


 床に続いている赤い絨毯の脇には、貴族たちが並んでどこか――――冷ややかな視線でこちらを見ている。中には目を輝かせている者もいるが、大半がそうではない。


 絨毯の先には高い位置に玉座があり、赤色と金色の豪華な衣服を身にまとった初老の男が座って鋭い眼光でこちらを見下ろしていた。


 戦士の類ではない。直接戦えばそれほど強敵にはなりえないだろう。だが、歴戦の戦士よりもずっと深い――――威厳を持っているのがわかる。


 前世では何人もの国の要人を暗殺してきた。中には命乞いをするものも多かったが、一国を代表するような者は、自分が死ぬ寸前ですら威厳があり、死という恐怖でさえ屈しない者もいた。玉座に座っている者――――ミガンシエル王国の国王もまたそのような存在ということか。


 王の前で跪く父と母。俺と姉はその後ろに跪いて頭を深く下げる。


「ガブリエンデ男爵。よくぞ来てくれた」


「「ご機嫌麗しゅうございます。国王陛下におかれましては、ますますご健勝のことと存じます」」


「うむ。面を上げよ」


 許可が出たので、王を見上げる。


「本日、男爵を呼んだのは、先日起きた大災害にも繋がりかねない流行り病から、王都民含め全国民を救ったこと。王として礼を言う」


「もったいないお言葉」


「うむ。ガブリエンデ家がもし王都にいなければと思うと……今回の活躍に報いるために褒美を用意した。受け取ってくれるな?」


「ははっ。ありがたき幸せでございます」


 貴族というのは多くの柵がある。それは王族だって同じだ。ここまで広く活躍した貴族に褒美を与えなければ愚王として名を遺し、多くの貴族が離れていくことも考えられる。それに応えるのは当然の義務ということだ。


 逆に貴族も王からの褒美を受け取らない場合、もうこの国には期待しないということになる。褒美を受け取ることでより強い立場になろうとも、受け取らなければならないことに繋がる。


 高台の玉座から少し離れた場所で待機していた文官が、三枚の紙を持って玉座と父の間に立つ。


「陛下に変わり、褒美を読み上げる。ガブリエンデ男爵は謹んで受けるように」


「ははっ!」


「この度、男爵の王国を救う活躍、大変素晴らしかった。男爵家に三つの褒美を用意した。一つ、百年間ガブリエンデ領の国税を免除する」


 謁見の間に集まった貴族の間で小さく驚く声が聞こえる。


 褒美が三つあるうち、基本的に小さい順番で発表される。百年間の国税の免除は貴族にとって非常に大きいことを意味する。この褒美には裏の顔がある。領地内で生産される物によって税は増えていくことになる。今までのガブリエンデ領なら大した額ではない。だが、今ではナンバーズ商会から小麦粉などが高額で購入され、ガブリエンデ家の税金だけでも何倍にも増えている。それが免除されるというのは、これからもナンバーズ商会と円満な取引をするようにという狙いだろう。


「一つ、王国南部全域の商売権利を全て与える」


「は、ははっ!」


 一つ目同様に、ナンバーズ商会との関係をより深くするようにという狙いだ。


「一つ、アレク・ガブリエンデ男爵及びソフィア・ガブリエンデ令嬢及びアダム・ガブリエンデ令息、三名に――――子爵位を与える」


「!?」


 あまりの驚きに父は答えることなく顔を上げ、謁見の間には驚く声が響いた。

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