第59話 暗殺者、黒薔薇病から救う。

 俺が教会に来る前からの予定通り物事が進み、黒薔薇病の特効薬が入った『紅茶クッキー』が大量にナンバーズ商会から教会に送られた。


 当然、パフォーマンスも含めて、多くの冒険者を雇い厳重な警備で荷馬車で運ばせた。


 教会の前だけでなく、大通りからも目立っており、ナンバーズ商会の紋章が入った馬車が教会に入っていくことで、多くの者が目にする。


 今回の一番の目的であるナンバーズ商会が教会と繋がりを持ったと広めるパフォーマンスである。


「アダムさま。次期当主になられた際にも、我々ナンバーズ商会をよろしくお願いいたします」


 荷馬車が到着して降りてきたフィーアルナが、真っ先に俺の前で頭を下げる。


フィーアルナさん。まだ父上は健在です。僕が当主になるのはまだまだ先です」


「大変失礼しました。ですが、世の中には何があるかわかりません。これも我が商会からの友人の証だと思っていただけたら幸いでございます」


「わかりました。父上や母上、姉上にも伝えさせていただきます」


「感謝申し上げます」


 これもまたパフォーマンスである。ガブリエンデ家とナンバーズ商会の深い繋がりがあることを教会内部に伝える。これで教会としてはガブリエンデ家にもナンバーズ商会にも、深く手を出せなくさせる。


 王国内で最も力を持つのは、王政よりもテミス教だ。当然、それは政治ではないからではあるが、女神の名の下なら信者たちは何の疑問も持たずに動くだろう。


 それは場合によっては、戦う力よりも強力な力となる。


 『黒薔薇病の薬入り紅茶クッキー』が入った袋が次々と荷馬車から信者たちに手渡される。それらは信者たちが食べる分ではない。


 信者たちはその足で教会を出て袋を大事そうに持ち、王都中に散った。


 最後のクッキーの袋が手渡されると、教皇が礼拝堂に立つ。


 そこを何人もの聖職者たちが囲うように祈りを捧げると、教皇の足元に大きな魔法陣が浮かび上がった。


 次の瞬間、教会の真上の空の上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「テミス教の教皇グレースです。女神様を愛する信徒たち。この地を愛する全ての民たちへ告げます。現在、王都中に黒い斑点の病気が広がっております。その病気の名は『黒薔薇病』。それを治すには最上位の回復使いの魔法が必要でございます。ですが、進行が非常に遅いので、焦る必要はございません」


 焦る必要がないとはいえ、治せるのがほんの一部ということが告知される。信者なら問題ないが、そうでない者たちにとっては大きな問題だ。教会とはいえ、普段女神を信仰する信者たちを優先するからだ。


「本日、こうして緊急告知を行っているのは、黒薔薇病を治す薬を提供していただきました。提供してくださったのは――――ガブリエンデ男爵家でございます。現在、薬で作ったクッキーを持つ信徒たちが王都各地に立っております。王都民全員に行き渡る量がございますので、焦らずに信徒からクッキーを受け取って食べてください。最後になりますが、再度感謝を申し上げます。多くの民を救うことに損失など顧みず、全て無償で提供していただきましたガブリエンデ男爵家に女神様の永遠の祝福がありますように」


 教皇が祈りを捧げると、並んだ多くの人々が同じく祈りを捧げた。


 さらに教会の窓からでもわかるほどに、遠くの広場から歓喜の声が王都中に響き渡る。


 王都中に立っていた『紅茶クッキー』を持つ信者たちの前に王都民が並び、クッキーを受け取ってはすぐに食べていた。


 薬の効き目は抜群で、食べた瞬間に黒い斑点は跡形もなく消えていく。


 その度に王都民たちから「ガブリエンデ男爵に祝福を!」と声を上げた。



 ◆



「ダークさま」


 総帥室にフィーアルナが入ってくる。


フィーアルナ。ご苦労」


「全てが予定通りに進んでおります。王都内で確認された黒薔薇病は全て駆逐されたとみて良いでしょう。スラム街にも流しております。例の教会のスラム街立ち入り禁止令も緊急時ということで越えられました」


「うむ。全てが順調だな。例の組織は?」


「現在は沈黙を貫いております」


「そちらは私のせいかも~」


 ソファでくつろいでいたアインスイヴが声を上げる。彼女が盗賊ギルドの首領を届けている。当然、向こうも自分たちのことが全てバレていることを知ることとなったはず。


「彼らは動くと思うか?」


「いえ。多分、このまま沈黙を続けるでしょう。そうなると……弾圧は非常に難しいと思います」


「そうか。それもまた仕方がない。ナンバーズが裏で動いているのを表に出すことはできない」


 犯人が王国商会連合会にいて、さらに指示を出していた貴族があの家だと証拠を突きつけることは簡単だ。だが、そうするには手立てがない。


 ナンバーズ商会がそれを行えば、ナンバーズ商会の裏に証拠を集めた組織がいることを匂わせることにも繋がる。となると、ターゲットがナンバーズ商会で働く者たちにも向きかねない。


 そうなってしまっては、小さな被害を防ぎ切れずに失う命も出てしまう。それではナンバーズ商会の存在意義がないということだ。何故なら――――そういう存在を守るためにルナが戦いたかった戦場がナンバーズ商会だからだ。


 これ以上黒幕を刺激する手立てもない。盗賊ギルドも崩壊し、王国を守る暗殺ギルド二つも壊滅。王国の裏には何も残っていない。裏で活動するとなると、エンペラーナイトからターゲットにされかねない。


 全てが順調に進んだが、そうでないところもあったのは事実だ。


「では今回の一件は、ナンバーズ商会とガブリエンデ家の力を増やしたことで決着だ」


「はい」


フィーアルナ。まだ終わってはいないがご苦労だった」


「もったいなきお言葉」


「うふふ。フィーアルナちゃんは硬すぎるのよ。頑張ったんだから、ダークさまにちゅーの一つくらいおねだりしてもいいと思うのに」


「……いえ。それは少々ズルいので」


「私なら迷わずにおねだりするんだけどな~あ~あ~私も大活躍できる場が速くこないかな~」

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