第58話 暗殺者、芝居を打つ。

 急ぎ足で教皇と聖女と共に、ある部屋に入った。


 ソファに座っていた女性が立ちあがり、一礼する。それに合わせてこちらも全員が一礼して、彼女の前に教皇。俺と聖女は隣の二人座れるソファに並んで座った。


「本日は貴重な時間を割いていただきありがとうございます。わたくしは――――商会『ナンバーズ』の会頭かいとうを任されていますフィーアルナと申します。以後、お見知りおきを」


 黒い仮面と無表情のまま深く頭を下げる彼女の美しい黒い短髪が波を打つ。


「初めまして。テミス教の教皇グレースと申します。こちらは聖女アリサ、カーディナルアダムです」


 紹介され俺と聖女が頭を下げると、フィーアルナも小さく一礼した。


「ご紹介ありがとうございます。早速ですが、本日私がこちらに来た目的は――――こちらの薬にございます」


 そう言いながら、透明な美しい硝子の瓶を一つ前に出した。中にはほんの少し黒みがかった液体が入っている。


「こちらが例の薬……」


「はい。ただいま王都に広まっている体に黒い斑点ができる病気。実は我々はあの病気を追っておりました。スラム街で広まっていて、死亡の例がございましたから、いつかこうなった時のためにです」


「……一つお聞きしても?」


「どうぞ」


「このタイミングで都合よく薬が出る……というのは、貴方たちが仕組んだものという可能性はございませんか?」


「確かにそう思われても不思議ではありません。ただ……それにしては我々に利がありません」


「と……言いますと?」


「あの病気のことを我々は『黒薔薇くろばら病』と名付けております。仮に黒薔薇病を我々が開発したとして、王都に蔓延させて得られる利はあまりありません。せいぜい薬を高く売りつける程度でしょう」


「……」


「しかし、それも高く売りつければの話でございます。今回我々ナンバーズが提供するのは、王都全ての民を回復させられる量を――――無償で配布致します」


「無償で!?」


 驚いてその場で立ち上がった教皇。無理もない。これだけ流行っており、薬を売れば飛ぶように売れるものを無償で与えるということだから。


「取り乱してしまい申し訳ありません」


「いいえ。ただ、これには条件がございます」


「それがここに来た理由でございますね?」


「はい。我々が求めるものは二つ。まず最初に一つは、今回の一件が落ち着いたら教会の御用達商会に我々ナンバーズ商会の名を連ねる許可をいただきたい」


「……それは独占ではないように聞こえますが……?」


「ええ。我々商会は何も教会の御用達の座を独占したいわけではありません。正々堂々と値段と質で勝負させていただきます」


 商会の契約には2パターンがあり、一つは完全なる独占契約。主に王国商会連合会が結んでいる独占契約だ。現在、ナンバーズ商会がガブリエンデ家と独占契約を結んでいるのもそれだ。


 もう一つは、名を連ねるというもので、これは簡単にいえば、全てのモノを商会同士が開かれたオークションで値段と質で販売を掛けて争うものとなる。


 いい質のものを安く買いたいのは世の常。教会や王国の多くの貴族はこのような方法を取っているが、誰しも参加できるわけではない。参加するにも条件があり、それを『競売権利』という。


「わかりました。教会の競売権利を約束しましょう。では、もう一つは?」


「ありがとうございます。もう一つの方ですが、こちらが我々商会の本当の狙いでございます」


 その言葉に教皇だけでなく聖女も息を呑んだ。


「こちらの薬を薬ではない形で配布していただきたい。もちろん、それらも我々で用意します。こちらの品になります」


 そう言いながらフィーアルナは、透明な袋を一つ取り出した。中には――――美味しそうなクッキーが入っている。


「こちらは我が商会の主力商品である『紅茶クッキー』でございます。こちらに薬を混ぜてお渡しします。それを薬として民たちに配布していただきます」


「それではあまりにもナンバーズ商会が損をするのではありませんか?」


「はい。文字通り、出せば出すほど赤字になります。ただ、我々が提示する一番大きな部分がここからになります。我々が求めるのは――――」


 そして、フィーアルナの視線が――――俺に向いた。


「こちらにございます、アダム・ガブリエンデ様からの寄付として広めていただきたい」


「アダム様……ですか?」


 不思議そうに俺を見つめる教皇。それと同時に、俺の隣で目を光らせていた聖女が声を上げた。


「あ! もしかして、ナンバーズ商会さんがアダムさまの家と親密だから……?」


「そうでございます。我々ナンバーズの本店はビラシオ街にございます。ガブリエンデさまには大変お世話になっております。教皇さまもご存知だと思いますが、我が商会が唯一独占契約を結んでいるのがガブリエンデさまになります。残念なことにナンバーズ商会の名はまだ王都に知れ渡っておりません。ですが、ガブリエンデさまは違います。ソフィア・ガブリエンデさまのおかげでガブリエンデという名を知らぬ者はいません」


 剣神として、次期エンペラーナイトとして期待されている姉。その名を知らない王国民はいない。


「ガブリエンデ家が大きくなればなるほど、我が商会の利益になりましょう。それにもう一つ理由があるとしたら――――実はこの薬は、こちらのアダムさまから購入しております」


「僕から!? フィーアルナさん。それは初耳ですが……」


「はい。アダムさまにも伝えておりません。実はこちらの薬の原料となるのが、ブラックローズという希少な花でございます」


「ブラックローズ……?」


「はい。以前、アダムさまの屋敷のメイドさまにブラックローズを譲ってはもらえないかと相談した結果、たくさんのブラックローズを売っていただきました。もしそれがなければ、王都民全員の分の薬を作るなど無理だったでしょう。それに開発もきっと間に合いませんでした。ですから、間接的ではありますが、薬はアダムさまの屋敷からもたらされたものになります」


「まさかそのようなことが起きていたとは……」


「というのが今回の薬を提供する理由であり、条件でございます。いかがでしょうか? 教皇さま」


 全員の視線が教皇に集まる。


 当然だが――――それを拒むことは、今の教皇には選択肢はないはずだ。


 彼女や聖女がどれだけ優秀な回復魔法使いだとしても、王都民を全員治すのには時間がかかる。その間、いろんなものが止まってしまい、中には暴徒と化する者だって現れ二次被害をもたらすのは言うまでもない。


 それを無償で、しかも全員を治す薬を提供。それに対する報酬もガブリエンデ家の名を広めることと、教会の競売権利という、あまりにも安い代償。


「……わかりました。その提案、受けさせていただきます。ただ、教会としてはいいのですが、アダム様はよろしいですか?」


「はい。それで王都の民たちが助かるのであれば……それに、ナンバーズ商会のフィーアルナさんにはいつもお世話になっています。彼女は信頼に値する者だと思っています」


「わかりました。ではフィーアルナ様。今回の提案、ありがたく受けさせていただきます」


 みんながその場に立ち上がり、教皇とフィーアルナが握手を交わした。

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