第54話 暗殺者、真の力を解き放つ。

 二人の目付きが、より戦う者のものへと変わる。


 彼らが口にしていた「ギン」という名前は、今でも忘れられずに覚えている。


 ビラシオ街の陥落。あの日、俺が死にかけていた相手のことだ。


 となるとこの二人も隣国に存在する闇ギルドの組員の一員なのだろう。


 闇ギルド組員がここにいるということは、またビラシオ街での出来事のような碌てもないことを計画しているはず。


 女が後ろで研究している液体。ブラックローズ。そこに秘密はあると思うが、ひとまず、こいつらを制圧しないことには調べることもできない。


 セカンドステージに入った二人から放たれるのは、圧倒的な強者の強さ。


 あの日、ギンという者に手も足も出なかった俺が感じた強者の気配そのものだ。


 俺が彼から生き残ったのは、黒光魔法という特殊な力があったからだ。それが無ければ、今頃ここに立つことはできなかった。


 黒光魔法。


 俺が異世界に生まれ変わってもっとも変わった点の一つ。


 黒光魔法の根源とは誰かを癒す魔法。効果は高いがアークビショップやホープ、聖女に比べて他人への効果は非常に低い。それを今まで魔力量で補ってきた。


 現生では暗殺者を生業にして、銃よりも主にナイフによる暗殺を好んできたし、相性もよかった。体術も相まって、俺は武器よりも自身の体を使った暗殺が得意であった。


 異世界に来ても黒光魔法による体術を使ってきた。前世で培った経験と知識によって、才能はなくとも黒光魔法による補助魔法で才の差を補ってきた。


 魔力の量で魔法を強化して放つこともできるようになり、足りない火力をも補ってきた。だが、それでも力の本質とは少し違う。


 セカンドステージ。


 それは修練を積めば誰でも届く場所ではない。その一番の理由としては、世界の全ての法則を突破したものだけが手に入る力だからだ。そのためには自分の限界を知らなければならず、自分の限界を知るには自分の力を理解する必要がある。


 レメとイヴの稽古を後ろから見守り、俺はイヴの支援に徹してきた。


 イヴは自身の力の糸が弱いことを知った。己の限界を知ることによって、限界を突破しなければ成長がないと思った。それが原動力となり、彼女は『セカンドステージ』にあっさりと踏み出すことに成功している。


 黒光魔法は回復の力であり、支援の力。


 それが――――俺自身の限界。


 いくら俺が黒光魔法を強化したとて、できるのはせいぜい力を与えることだけ。それは、与えた人に依存し、俺の力でありながら、俺の――――限界だ。


 限界を知り、守りたい者を守るために襲い掛かる敵を討ち滅ぼす力を欲した。


 ビラシオ街で自分も守れず、手が届く距離の誰かも守ることができなかった自分。


 幼い頃に姉があと一歩で殺された事実。生き残ったのは他でもないただの奇跡。自分の力ではない。


 限界。


 己を知り、それを認識して初めて壁に手が届く。


 そして、それを超える渇望。


 そして――――超えた先に見えた景色。


 暗殺者である自分とカーディナルである自分。どちらも存在していて、どちらも自分であり、己である。


 それを理解して納得することでようやく己を越えることができる。











「――――黒光魔法『堕天使ルシフェル』」











 全身から黒いオーラが立ち上り、オーラの間に黒い雷が見える。


 顔の上部を覆っている黒い仮面はよりいびつな形で変わり、後ろに纏うマントもまるで黒い羽のように、生きているかのように、蠢く。


 マントの内側からサバイバルナイフサイズの黒い刃が六本現れて、俺の周囲に浮かぶ。


「どうした?」


 俺の声に呆気に取られていた二人の表情に焦りが見える。


「来ないなら、こちらから行こう」


 右手を前に繰り出すと、浮かんでいた六本のサバイバルナイフが男と女に向かって飛んでいく。


 セカンドステージに入った彼らの動きは、さっきとは比べ物にならないくらい速い。だがそれをも上回るスピードで飛び回るナイフ。


 叩き落とすために蹴り上げた男だったが、当たってもなおナイフは止まることなく、男の足を貫通した。


「リンネ!! ナイフは物体じゃない! 魔法だ!」


「わかった!」


 女は急いで懐からいくつかの色が付いた宝石を取り出して、空中に放り投げる。


「エクスキューショナー発動!!」


 石たちはそれぞれ光を放ち、光る球体となり浮かび上がる。


 そして、俺が飛ばしたナイフと激突する。


 硬い石をドリルで削るような甲高い音が洞窟内に響いてすぐに、ナイフが球体を貫通する。


 パリンと音を立てて宝石たちは粉々になりながら、貫通したナイフが女に向かって飛ぶ。


「こいつ覚醒者だ!! リンネ! 今すぐ逃げろ!」


「ま、待って! 研究のデータが!」


「そんな言ってられ――――」


 次の瞬間、ナイフ三本が男の体に突き刺さる。


「ルアン!!」


「ちいっ……ここまでか――――」


 男は懐から赤い丸薬のようなものを口に入れた。


「ダメ!」


「うるせぇ……ここでこいつを止める! お前はさっさと行け!」


 ルアンはリンネを洞窟の中心にある泉の中に投げ込んだ。それと同時にもう三本のナイフが突き刺さる。


「ぎゃははは! 貴様はここで俺が始末してやるよ!」


 口を目から真っ赤な血を流しながら叫ぶ。


「ルアンあああああ!!」


 リンネの叫びとともに、地面に咲いたブラックローズが赤に染まる。


 ルアンの体にヒビが入り始め、中から赤い光が溢れ出る。


 どんどん体が大きくなり、肌も肌色から黒いものに変わり、顔も変貌していく。さっき飲み込んだ丸薬のせいだと思われる。


 効果が切れても元には戻らないだろう。死を覚悟した悪足搔きか……。


「キさマ……だケは……こコで殺ス……!」


 青い涎を流しながら醜悪な者に変貌したルアンが飛び込んできた。


 セカンドステージになったときよりも、さらに速くなっており、攻撃も空間が歪むほどの威力を繰り出す。が、堕天使モードになった俺自身も身体能力が大幅に上昇しているため、彼の攻撃が当たるはずもなく。


 地面を叩き付けるたびにブラックローズが宙を舞う。


 振動により泉の水が洞窟内に飛び散る中、変貌したルアンと目が合った。


 深い悲しみに染まったその目は、人そのものを恨むような目をしていた。


 それでも仲間を守りたいという思いは本物。命を懸けてでも彼女を守ろうとした行為は、彼が誰も信用しなかったわけではない。


 もし生まれた場所が違えば、彼も学園に通い、俺やイヴとすれ違っていたのかもしれない。


 人の運命という輪は、時に残酷で皮肉なものだと思う。


「――――デスサイズ」


 ルアンの後ろに、六本のナイフが一つとなり、一本の大きな死神の鎌になる。


 そして――――ルアンの首を断ちながら俺の下に飛んできた。


「お……前ハ……」


「ダーク。お前を殺した男の名だ」


「ソ……うカ……お…………」


 コロンと首が落ちと同時に、ルアンは大きく後ろに飛び上がり、泉に体を押し当てる。


 泉の深部には人が一人通れるくらいの穴があり、ルアンは死してもなお、自身の体で穴を塞いだ。


「仲間を守るという信念は称賛に値する。女は追わないでおく。ゆっくり眠れ――――闇の住民よ」


 そして、俺は落ちたルアンの顔の開いた目を手を閉じてあげた。

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