第48話 暗殺者、殲滅する。

 ゼックスレメに案内してもらった場所は、意外にも王都からそう遠くない場所だった。


 ただ、徒歩でくるにはそう簡単に来れるような場所ではなかったが、転移魔法を駆使して空を翔けるとそう長い時間はかからなかった。場所は山の奥地に存在していて、普通の人が中々入れるような場所ではない。


「主。こちらは彼女達が住んでいる里でございます」


 ゼックスレメの声に合わせて、アインスイヴが乱暴に彼女を地面に叩き付ける。


「や、やめろ!」


「話すつもりになったのかしら? ダークさまが優しく言ってくれるときに聞いておくべきよ? 本当にこのままでいいの? 貴方たち全員――――滅んじゃうわよ?」


「くっ……」


「まさか撃たれる覚悟もなく、こちらに剣を向けたわけではないでしょう? そろそろ覚悟を決めた方がいいわよ――――後悔する前に」


 彼女たちがどうしてレメを狙うのか、誰に命令されているのか、今回のこの戦いの一番の目的はこれらだ。暗殺者である彼女が口をそう簡単に割ることはないだろう。それを示すように、彼女と一緒にやってきた仲間たちも一向に口を割らない。


 さらに言えば、口の中に自殺用の薬が仕込まれていたが、全てアインスイヴが取り除いている。場合によっては舌をも嚙み千切るはずだ。


「いい? 君たちが借りに自害しても、貴方たちの家族の居場所はもうバレているわよ? 貴方たちでも勝てなかったゼックスレメがここにいる時点で、貴方たちの負けは確定なの。これ以上、手間をかけさせないでほしいものだわ」


 それでも誰一人、口を割ろうとはしない。


 その姿にアインスイヴは大きな溜息を吐いた。


「どうなっても知らないからね~」


 ゼックスレメが俺の隣にやってきた。


「主。次の作戦を行います」


「わかった」


「ありがたき。ではこれから――――暗殺集団『鴉』の殲滅作戦を開始いたします」


 そう話したゼックスレメは、視界の遥か先にある里に向かって走り始めた。


 『黒外套』を装着したゼックスレメは、全盛期の『閃光の剣鬼』らしく、凄まじい速度で近付いていく。


 里に緊急を知らせる鐘が鳴った瞬間に、鐘を鳴らしたものの体が半分になるのが遠くからでも見えた。


 女暗殺者は悔しそうに、歯を食いしばって一連の出来事を遠くから見つめる。


 すぐに里から大勢の暗殺者たちが出てくるが、誰一人ゼックスレメの相手になるものはなく、一人、また一人、斬られていく。


「ダークさま。どうやら子供が集まった場所もあるようです。地下のようです」


「や、やめろ!!」


 急に大声を上げた女暗殺者は、地面に這いつくばったまま殺気を込めた視線で俺とアインスイヴを見上げてきた。


「あら。暗殺者に子供を守る情があるなんて、珍しいわね」


「くっ……! 子供たちに罪はない!」


「罪はあるわ――――貴方たちの子供であること。それこそが彼らの罪よ」


「ふ、ふざけるな!」


 そんな彼女の顔をアインスイヴは足で踏みつける。


「ねえ。ふざけるのはどっちかしら? さっきも言ったけど――――これが貴方たちが決めた覚悟よね?」


 地面に叩き付けられた彼女の目に――――大きな涙が浮かび始めた。


 暗殺者である者に感情はいらない――――とよく思われるが、俺が知った暗殺者たちはそうではなかった。


 中には感情なく、快楽のために誰かの命を奪う暗殺者もいた。だが大半の者は……その道でしか生きることを見いだせなかった者たちだ。


「そうやって貴方たちも多くの者の命を刈り取ってきたのではなくて?」


「ああ……私たちは多くの者を殺してきた……だが、無意味な殺しをしたつもりはない! 狩人が動物を狩るように、私たちも生きるために意味のない善意者を手にかけたつもりはないっ!」


「もしここで貴方たちの子供を生かしたとして、彼らは再び私たちに剣を向けるのではなくて? なら私たちはただ受けなさいというつもり?」


「それは……」


「貴方の言葉はわがままだし、覚悟もないのよ。暗殺者としては……悔しいけど、私よりもずっと強いのに、その程度だとはね」


「お前に何がわかる!」


「わからないわよ。当然じゃない。貴方たちの都合なんて私たちには関係ないもの~だって――――貴方たちは敵。それ以下でもそれ以上でもないからね。それに~元々仕掛けてきたのは、私たちじゃなく、貴方たちなのよ?」


「っ…………そ、それは…………」


 そのとき、里からとある一団がこちらにやってくる。


 ゼックスレメは彼らをわざと・・・見送っている。それには理由がある――――


 やってきた彼らは俺たちに剣を向けるのではなく、俺の前で――――跪いた。


「初めまして。貴方様がこの一団の長とお見受け致します」


 初老の左目に大きな傷がある男だ。


「ダークだ」


「ダーク様。私はこちらの里の長、ゲンロウと申します」


「長!」


 男は彼女に目もくれず、俺の前で跪いたままだ。


「俺に何か用か?」


「ははっ。我々はエンギロウ一族という者でございます。我々には他にはない、才能がなくても使える特殊な力を一族の者が持っております。忍術という力であります」


 なるほど……女が使っていた不思議な術は、才能による力でも魔法でもなく、特殊な力だったのか。それにしても異世界に才能以外で発現する術があるとは……。


「一族の血でしか発動できないのが難点ではありますが、その分、非常に強力なものになっております。ダーク様。いかがでしょうか。我々を――――配下に加えてはいただけないでしょうか」


「長ッ! やめろ! そんなことをしたら……っ!!」


 叫んでいる女の顔をアインスイヴがより強く踏み潰す。


「ああ言ってるが……?」


「構いません。あの者はまだ未熟なものゆえ……」


「ふむ。デスブリンガーを狙った理由は何だ?」


「ははっ。王国内に大きな二つの派閥の戦いに使われた暗殺集団が二つございます。一つが我々エンギロウ、もう一つがデスブリンガーが所属していた『デスインフォーサー』です。二つの派閥の戦いでお互いの暗殺集団を殺し合ったのが経緯でございます」


「それで、結果的にお前たちが生き残ったということか」


「さようでございます」


「今は?」


「まだそちらの派閥に雇われています」


 王国に二つの派閥があり、お互いに暗殺集団を雇っていた。その一方が滅亡したことで、エンギロウだけが王国内の暗殺集団となり、暗殺の権力を握った……か。なるほど。


 となると、派閥も勝利した側が夜と暗殺という権力を握ってしまい、もう片方の力がそぎ落とされているはずだ。


 目立って頭を暗殺することはなくとも、その配下の者を暗殺して回るだけで権力を持てる。


 ――――だからこそ、あの家が裏で暗躍し続けているということだな。


 それも全て――――フィーアルナが調べてくれたものと合致するな。


 そのとき、暗闇の中からとある集団がこちらにやってくるのが感じ取れる。


「くっくっ。エンギロウ。お前たちもどうやら――――切り捨てられたらしいな」


「…………」


「エンギロウ。我が配下に入るならば、その忠誠を示せ。やつらを一人残らす殲滅せよ」


「かしこまりました」


 長と一緒に付いてきた六人の暗殺者が暗闇の中に消えた。エンギロウという暗殺集団のメインとなる戦力はおそらくこちらの七人だろう。


 ゼックスレメが斬っている里の者や女暗殺者はまだ彼らの域に達していない。おそらくだが、彼らの中にもいろいろ亀裂が生まれているのだろう。


 アインスイヴに合図を送ると、踏みつけていた足を退かして、里の方に向かう。


 静かな夜に包まれた中、女暗殺者は一人、悔しそうに涙を流していた。


「暗殺を生業にしてるのは、長たちの意向か?」


「…………ああ……そうだ……私たちは……ただ……生きるために……仕方がなかった……だから自分たちのせめてもの正義を守ったつもりだ……なのに……どうして私たちは殺されなければならないっ……人を……殺めなくてもいい道があるなら……私たちはそれを選んだ……でも……でもっ…………」


「どうして逃げなかった」


「逃げられるなら逃げたかった……! でも……子供たちが人質に取られて……長に逆らうこともできなくて…………彼らを見捨てて逃げるなど、私たちにはできるはずもない!」


 彼女の視線、声、息使い、体の温度。全てが――――本心であることがわかる。

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