第45話 暗殺者、新しい特産品を献上される。

「おかえりなさいませ。アダムさま」


 深々とお辞儀をするルナ。彼女の綺麗な髪が揺れ動く。


「ただいま~ルナちゃん~」


 ルナに抱き付いたイヴは、頬っぺたをすりすりする。ルナは困った表情を浮かべるが、いつものことなので諦めているようだ。


「ルナちゃん? 全てが予想通りだったわよ。あの連中の目的も裏にいる誰かもみんな例の連中だったわ」


「やはりそうでしたか……それにしてもあまりに予想通りというか。最初から隠すつもりもなかったのでしょう」


「隠すつもりもない?」


「はい。貴族という地位のおかげで悪事くらい権力で塗りつぶせますからね。いろいろ調べてみましたが、かの貴族の悪事を暴こうとした者たちは、全員が失踪しています。おそらく生きてはいないでしょう」


 我が国の貴族位というのは絶大な権力を持っている。それだけ平民と貴族の間には大きな差が存在しており、血統を重要視する。ただ、血統だけで実力を示せないことは知っているようで、実力がある者に対しては破格の地位が与えられるケースも多い。


 今のガブリエンデ家は男爵位の中では最上位に位置するが、元々は田舎の領主という誰もやりたがらないところに追いやられた家だ。姉と俺の才能が覚醒したことで一気に知名度を上げた。中でも姉の活躍はすごく、学園の中だけでなく生徒たちを伝って多くの貴族にその存在が伝わっているという。


 当の本人である姉はあまり気にすることなく、誘われたお茶会などにはほとんど参加していないという。


「ルナ。このまま商売を続けるのか?」


「はい。アダムさまの力を持ってすればこそですが、このまま王都の相場を一気に下げたいと考えております」


「ルナちゃんったら容赦ないわね~? 王都の相場を下げたら他の商会が黙ってはいないわよ?」


「ふふっ。イヴさまは意地悪ですね――――誰よりも容赦ないのはイヴさまではなくて?」


「え~私なんて~アダムくんに楯突く人は許さないけど、それ以外はどうでもいいから~」


「「うふふ」」


 笑みを浮かべる二人。俺にはよく理解できない会話なので、楽しそうな二人を置いて部屋を出る。


 すぐに二人も俺を追いかけて一歩下がった後ろを一緒に歩いてくる。


 向かった場所は、庭だ。


「ミア」


「お坊ちゃま! いらっしゃいませ」


 その一面には――――真っ黒い花が咲き乱れている。屋敷で育てていたブラックローズである。他にも通常の赤い色のバラや青色のバラまで育てているが、中でも黒色は非常に目立つ。


 育てるのも難しくてあまり目にすることはないが、こうして一面が黒で覆い尽くされているのは中々壮観である。


「黒いバラがすごく綺麗ですわ~!」


「はい。とても美しいです……!」


 イヴとルナも感動したように声を上げる。


「ミア。何か相談があると聞いていたが」


「はいっ! もしよろしければ、こちらで育てているブラックローズを、ナンバーズ商会に卸したいと考えております。いかがでしょうか?」


「ナンバーズ商会に?」


「はい。各商会には紋章などのイメージの他に、色も存在しております。大きな商会になるほど金色や白色をイメージとして使っておりますが、ナンバーズ商会ならぜひとも黒色をイメージさせたらいいのではないかと思いまして」


「ミアちゃん! それはとてもいい提案ですわ! ねえねえ、アダムさま! そうしましょうよ!」


「アダムさま! 私も大賛成です!」


「うむ。わかった。ではナンバーズ商会に卸すように」


 ミアは満面の笑みを浮かべて感謝を口にした。


 だが感謝を伝えるのはこちらの方だ。こうやって周りの仲間たちに囲まれて助けてもらいながら過ごせる日々が本当にありがたい。


 前世ではずっと一人で行動していた。引退してあの島国に移り住んでからは、周りの住民と交流を持っていたが、誰もが優しい心を持っていた。


 自分に誰かを思う心など、あるとは思わないが、異世界に転生して初めてできた家族のために生きれたらと思う。


 その日から屋敷で育てているブラックローズをナンバーズ商会に卸すことにした。


 表向きはガブリエンデ家からの特産品として、小麦を卸しているのと同じだ。小麦は元々の額がそれほど高くはないが、ブラックローズはそれだけで貴重なもので数も多くない。それに従ってガブリエンデ家――――いや、アダム・ガブリエンデに多額のお金が送られることになった。




 入学して四週目が終わり、ナンバーズ商会もたった十日という短い間に名前を王都に広げた頃。それらはやってきた。


「意外と遅かったわね?」


「私が死んでいたと思っていたのじゃろ」


「ふふっ。でも生き返ったことくらい伝わったのに、どうしていまさらかしら?」


「さあ……その理由も含めて迎え撃つとしよう。主。屋敷の者は全員地下訓練場に避難が終わっております」


 鋭い眼光を光らせたレメ。その瞳の奥には戦いに向かう戦士のような炎が灯っていた。


「よくやった。作戦は全てレメに任せる」


「ありがたき幸せ。現在の戦力は私とイヴ嬢、そして主の三名のみ。この一件は私が大きく関わっております。その責任を取って私がしっかり対応させていただきます」


「あら~それってレメが戦いたいだけじゃないの~?」


「ふふ…………老人には主に対してこういう言い訳くらいしたいものじゃよ」


「うふふっ。危なくなったら私が助けにいくわ~」


「がーはははっ! そのときはよろしく頼む――――だが、そんな必要はいらん」


 『黒外套』を装着したレメは、ゼックスレメとなる。


 彼から強い力と意志が伝わってきた。

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