第44話 暗殺者、部下の圧倒を見守る。

 斬るという動作には大きく分けて二種類が存在する。一つは素早く振り回して剣の鋭さで斬るもの。もう一つは力を込めて叩き込むもの。どちらが強い弱いではなく、使い手によって個性が出るというものだ。


当然、両方には長所短所が存在する。前者の場合、剣の鋭さが無ければ斬ることは難しい。後者の場合、剣の鋭さ関係なく、ある意味鈍器を扱うように剣を叩き付けることで得られる攻撃力が存在する。


 逆に叩き付ける方は自身の腕の筋力を大きく使い、より多くのスタミナが必要となる。


 そんな細かいことがあるが、異世界ではそれをも上回るほどにスキルというものが脅威を振るう。


 男が振り回す剣からは、鋭いオーラまで放たれて叩き込んだ剣のほかにオーラによる斬撃が放たれ、地面を大きくえぐり取った。


 そこら辺の――――例えば、俺が通っている戦士科一年生のB~Dクラスに所属している生徒なら、反応することすらできずに斬られるほどに、男が振り回す剣の速度は速かった。


 だが、その剣がアインスイヴに届くことはない。全てをわざと紙一重・・・・・・で避ける彼女に男の表情は少しずつ暗くなっていく。彼の力量ならアインスイヴがわざと紙一重で避けていることくらい見抜けるはずだ。


「ちょっと期待外れでしたわ~」


「……」


 煽りにも反応することなく、冷静に対応する男。やはりただの荒くれ者ではない。


「でもいいですの? このままでは――――部下たちが少しずつ絞殺されちゃいますわよ?」


「っ!?」


 アインスイヴの魔法の糸によって捕縛されて身動きが取れない荒くれ者たち。彼らの体に少しずつ糸が食い込んでいるのがわかる。中には皮膚を裂いて赤い血が滲み出ている者までいる。


「ずっと私たちを監視していたあの人は、たぶん遠くを見る能力の持ち主なのでしょうね~彼が援護を呼ぶまで耐えればって考えたんでしょうけど――――残念。私の糸はもう彼にまで届いていますよわ?」


「ちっ!」


 大振りに振り回した剣もアインスイヴは軽々と避ける。


 男は剣の柄を握っていた手により力を込める。一度大きく深呼吸した男の体から溢れるオーラの色が澄んだ青色から赤色に変わる。


「へぇ……やはり、只者じゃなかったのは貴方も同じようですね」


「これを見たからには生きて帰れると思うなよ!」


「ふっふっ。それは――――私と止めてから言ってくださいまし」


 大幅に強化した身体能力によって男の速度がより上がる。それだけじゃない。振り回す剣のオーラもまた強力になり、アインスイヴの魔法の糸を蜘蛛の糸を切るかのように簡単に切り始めた。


 全指から出ている糸が全てボロボロになったアインスイヴだったが、その表情に焦りは一つも感じられない。


「もったいないですわね~貴方ほど強い騎士さまがこんなくだらないことに力を貸すなんて…………つくづく、この王国はゴミの巣窟ですわねっ!」


 アインスイヴの目に一閃の光が灯ると、指にまた魔法の糸が現れる。だが今までの糸とはまた違うもので、今度は目ではっきりと捉えることができるほどに太い糸である。糸と呼ぶにはあまりにも太い一つの線となっている。


 男の剣は糸によって一瞬でぐる巻きにされて男の体ごと絡まる。


 いっさい身動きが取れなくなった男の肩にアインスイヴが立ち、その指から透明な細い糸が男の体を拘束している太い糸に繋がらっている。。


「殺すのは惜しいですわね~」


 男の剣を操り、男の首元に寄せていく。


「くっ!!」


 男の剣が男の首に当たると、赤い血が一筋流れ落ちる。


「ねえ。一度だけ助かる道をあげる~一度だけよ? 私、冗談は好きだけど、これは冗談じゃないからね? 一度でも拒んだら貴方と部下の皆さんの首は一瞬で飛ぶからね?」


 男は小さく頷いた。


「貴方たちが私たちを狙っていたことくらい最初から知っているわ。どこの誰から頼まれたのも知ってるわよ? でも貴方の口からちゃんと主人の名前と目的とこれまで何をやったのか教えてくれたら~五体満足に全員解放してあげる。私、こう見えてもちゃんと約束は守る女だからね?」


「っ……」


「貴方たちが私たちを襲った時点で、もう人権なんてないわよ? どうする? 全部話して生きる? それとも拒んで死んじゃう?」


「くっ……」


「ふふっ。一応貴方たちにも希望はあげるわ。貴方に聞いたとしても貴方を衛兵に突き出して証拠にしたりはしない。これでどう?」


「そ、それは本当か……?」


「ええ」


「……どうしてそんなぬるい条件を? このまま俺達を殺すことも簡単であろう?」


「そうね。簡単だわ。でもね――――」


 男の肩から降りたアインスイヴは、男の目の鼻の先まで顔を近付けて光が消えた目で目を見つめる。


「貴方たち如き、いつでも始末できるんだからね? アリがどんなに地面を這いつくばっていても、気にしたりしないでしょう?」


「…………わかった。質問には全て答えよう」


「うふふ。それがいいわよ♡」


 それから男はアインスイヴの質問に淡々と答えた。


 約束通り、男や部下たちは全員解放して、俺たちは再度馬車に乗り込んで出発する。


 すぐに森の中に入って俺の転移魔法で一気にビラシオ街に移動して、護衛と御者の従業員二人を届けて、俺とアインスイヴはルナのところに戻っていった。

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