第43話 暗殺者、荷馬車を狙われる。

 十日が経過した。


 その休日。俺とイヴは、王都の中層のとある場所にやってきた。


 慌ただしく動き回るメイド風制服の女性たち。彼女たちは俺を見るとすぐに一礼して、また自分の仕事場に向かう。


 そんな中、シワ一つない光沢のある制服を着た黒いマスクを被ったフィーアルナが俺の前にやってきて一礼する。


「ダークさま。準備が整いました」


「うむ」


「これより私も表ではなく裏で指揮を執ります」


「ああ」


「では最後に従業員一同に何か言葉を頂けたら幸いです」


「わかった」


 彼女の案内で総帥室から外に出る。廊下を通り階段を降りると、五十人くらい入れる広さの店舗が広がっており、表には長椅子が並んでいる。


 その正面にはカウンターが存在し、透明な硝子作りのショーケースが並んでいて、中には美味しそうなクッキーがいくつも並んでいる。他にも飲み物や小麦粉、紅茶葉なども並んでいる。


 それぞれの商品の前には値段表も出されており、どの商品も他商会が販売している値段の三分の一に相当し、中でも紅茶クッキーに関しては通常クッキーと同額になっていて、砂糖が使用された高級クッキーの五十分の一という格安の値段になっている。


 長椅子に座っているのはメイド衣装を着ている従業員たち。全員で十五人いる。俺が降りたタイミングで椅子から立ち上がった。


「みな。励むように」


「「「「はいっ! ありがとうございます!」」」」


 従業員たちは落ち着いてそれぞれの持ち場に着く。カウンターに立つ者。後方から在庫を運ぶ者。店内で客の案内をする者。後方から清掃などの担当をする者。


 彼女たちを見送り、俺たち三人は裏に下がった。


 程なくして表から人々の声が聞こえるようになり、従業員たちの「いらっしゃいませ!」という元気な声が聞こえるようになった。


 上の階の窓から下を見ると、人々が長蛇の列を成していた。中層というのも相まって貴族ではなく平民たちのみ。とりわけ女性が多く並んでいる。


「計画通り、ビラシオ街で大流行中の『紅茶クッキー』が王都にまで噂が広まりました。全てはダークさまの予想通りでございます」


「ああ。砂糖は変わらず独占が続いているのか?」


「はい」


 王国にはいくつもの商会が存在するが、その中でも多くが加入しているのが『王国商会連合会』。シグムンド伯爵がバックに付いている巨大組織で、王国の多くの物流を支配していると言っても過言ではない。


 この会自体が販売権を持っているわけではない。会が持つ物流による商会への商品卸しがメインとなる。異世界では個人個人の能力に大きな差があるため、強盗に遭って全てを失うことも多い。そのせいで多くの商会は多額の料金を払って会に参加しているところも多い。


「運搬組はどうだ?」


「はい。そちらも問題なく。今日の大盛況は近日中に会に伝わるでしょう。例の者たちが動くのではないかと予測しております」


「いいだろう。予定通りに動くとしよう」


「かしこまりました」


フィーアルナも従業員たちの命を一番に動いてくれ」


「はいっ」


 本日オープンしたナンバーズ商会の王都支店。事前に噂を流したのもあり、終わるその時まで長蛇の列は終わることはなかった。


 それから三日間のオープンでも列は終わるどころかますます人数が増える一方。さらに噂が噂を呼び、『紅茶クッキー』の美味しさがよりナンバーズ商会の名前を押し上げていた。


 安価ではあるが、元が安いのもあり、ビラシオ街以上の売り上げを叩き出した。たった三日で工場を倍に増やす計画がすでに始まっている。




 そんな中、前日はとある目的があり、商会の荷馬車・・・を見送った。荷馬車には王都の中層で購入した多くの食材が乗せられている。


『ダーク様。怪しい連中が近付いてきます』


 連絡が届いてすぐに俺とイヴは馬車に向かって飛んだ。飛ぶ際にルナは「お気をつけて……

」と心配そうに言ってくれた。


 荷馬車の中に俺とアインスイヴが転移すると、すぐに護衛の一人が近付いてきた。


「正面の方から武装した荒くれ者達の姿が見えております」


「わかった。そのまま走らせろ」


「かしこまりました」


 そのまま走っていくと、案の定、前方から荒くれ者たちが襲ってくる。が、その姿は非常に洗練されたものがあり、組織的な動きをしている。それだけで単なる盗賊ではないのがわかる。


「相当鍛えられた者たちだな」


「はい。噂通りということですわね~」


「ではさっそく捕獲するか」


「ダークさま。お待ちください」


「ん?」


 アインスイヴが俺の腕を引っ張り止める。


「ダークさま? たまには私にも見せ場をくださいまし。フィーアルナちゃんばかりずるいですわよ~?」


 そもそもイヴの力は誰よりも知っているつもりだから見せ場など必要あるとは思わないのだが……。


「私一人で十分ですわ~全部もらっちゃってもいいですわね?」


「わかった。任せる」


「やった~♡」


 アインスイヴが御者の隣に向かう。


 それを心配そうに見つめる護衛が「アインスイヴ様一人で大丈夫でしょうか……?」と話した。


「心配はない。彼女一人でも――――余裕だ」


 荒くれ者たちが近付いたタイミングで荷馬車を止めると、彼らは荷馬車を囲んだ。


「荷物を全て渡してもらう! 素直に渡したら、命くらいは助けてやろう」


「いいですわよ~馬車ごとあげる~」


「……?」


「ふふっ」


 笑みを浮かべたアインスイヴは、御者と護衛一人と俺を連れて荷馬車から降りる。


 一人の男が荷馬車の中を確認する。


「ボス! 荷物が一つもありませんぜ!」


「何!? 間違いなくナンバーズ商会の荷馬車なはず……? それに荷物だってあれだけ積んでいたのでは……?」


 やはり、計画的な犯行だな。多くの商会が物流を持つことが許されない一番の理由。強盗の正体。彼らを狙った犯行だ。


「荷馬車は渡したから私たちはもう行くわね~」


 呑気にそう話したアインスイヴの前に荒くれ者たちのボスと呼ばれた男が止める。


「待て」


「あら? 荷物を渡したら生かしてくれるんじゃなかったのかしら?」


「荷物はどうした」


「さあ?」


「……」


 男は剣を抜いてアインスイヴに突き刺す。


「命が惜しくなければ荷物の在り処を言うんだな」


「荷物なんて――――最初からないわよ? それに、貴方たちは最初からずっと見ていたんじゃないの?」


 アインスイヴが遠く離れた場所に目線をやると、男の表情が一変する。


「くっ! こいつらを全員殺せ!」


 ボスの号令に躊躇や戸惑い一つ見せずに荒くれ者たちが一斉に飛び掛かってきた。




 だが――――




 近付いてきた彼らはまるで時間が止まったかのように躍動感のある姿勢のまま動かなくなった。


「っ!?」


 ボスの体におびただしい量のオーラが溢れて、彼の体を捕縛していたアインスイヴの糸が千切れた。


「目に見えない縄……? いや、糸か。これだけ細い糸が鋼鉄より硬いなど、聞いたことがない」


「あら~褒めてくれてありがとう~」


「……お前、只者ではないな」


「それを言うなら貴方もただの荒くれ者じゃないわよね? 盗賊にしては、強すぎるもの。まるで――――立派な騎士団の団長みたい」


 一瞬、男のまゆがぴくりと動く。


「あ~でもあんなたちみたいな人の物を奪うゴミが騎士だなんて、騎士さまに大変失礼よね~」


「…………何もかも見抜いていたのは我々ではなく、お前達だったようだな。ならば、ここで生かすわけにはいかない。このまま、闇に葬ってやろう!」


「ふっふっ。やれるもんなら?」


 そして彼とアインスイヴの戦いが始まった。

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