第42話 暗殺者、工場を視察する。

 学園は十日に一度休みがあり、最初の休日はみんなで王都を歩き回り休日を過ごした。


 二周目の学園生活もとくに大きな出来事などなく、午前と午後の授業は変わらない。ときおり、俺と聖女で魔法科で授業を聞いたりするが、魔法も碌に使えない俺と聖女に魔法科の生徒たちは冷ややかな視線を送っていた。


 二度目の休日も終わりを迎え、三周目に突入した。


 十日を一週と計算すると、一月が九十日から九週目まで存在することになる。学園の試験は八週目の休日前に行われて、試験といいつつも大きな祭典のようなものとなっている。


 戦士科のDクラスの生徒たちも、魔法科の生徒たちもそれに向けて日々切磋琢磨をしていた。




「アダムちゃん。私がいない間に何か困ったらリゼたんに相談してね?」


「わかりました。姉上も体に気を付けて行って来てください」


「うん!」


 俺はそっと姉に補助魔法を掛けて置く。遠くなら種類は変えられるが姉の状況が見えないので自由には変えられない。なので『俊敏上昇Ⅴ』を掛けておく。これなら姉が本気で走らないかぎり、補助魔法に感覚が奪われることはないだろう。


「アダムちゃんの魔法……嬉しいっ!」


 右腕に抱き付いた姉の優しい香りがふんわりと広がった。


 戦士科の授業の一環で課外授業というものがある。一年生も三月と四月に行われるらしいが、二年生となると毎月行われるということで、姉はこれから一月の試験がある八週目になるまで帰ってこない。


 姉や他の先輩たちを乗せた馬車を見送り、何も変わらない日常を繰り返す。


 最近になってより一年生の中で派閥が決まってきているようで、中心となるのは上位貴族の代表となるシグムンド伯爵令息。それ以外にもいくつか派閥のようなものがあるようだが、子爵位以上の貴族子息は大半が彼を中心とした派閥を形成した。


 中には二年生や三年生といった上級生すら参加していて、伯爵位が如何に貴族社会で大きな権力を持っているのかがわかる。


 以前細男に突っかかってきたゲインという大柄の男子生徒たちもまた彼の派閥に入っている。それも相まって、大きな態度で周りの生徒たちに威を張る。


 ただ細男や俺たちにはあまり近付いてこない。が、どこか下卑な笑みを浮かべて俺たちをみていた。




 学園が終わり、聖女を見送って、屋敷に帰って早々に俺とイヴは屋敷からビラシオ街にやってきた。


「ダークさま。お待ちしておりました」


「ご苦労。フィーアルナ


 黒い仮面と外套を被ったフィーアルナが出迎えてくれる。彼女は朝から晩までビラシオ街のナンバーズ商会で指揮を執っている。


「状況はどうだ」


「はい。とても順調に進んでおります。こちらにどうぞ」


 さっそく彼女の案内でナンバーズ商会の総帥室から出る。


 廊下を通り過ぎる従業員たちが頭を下げて挨拶をしてくれる。それにしても見ない顔もちらほらいて、順調に進んでいるようだ。


 一階に降りると従業員一同全員が立ち上がり俺に一礼をする。客と思われる人たちも目を丸くして俺を見ていた。


「ずいぶんと客が多いな?」


「はい。ビラシオ街の領主さまから唯一商売権利を預かっている商会ですので。ビラシオ街で何かの商売をするのにナンバーズ商会を通さないと違法になりますから」


「ふむ。領主さまにはお礼をたっぷりと送るように」


「心得ております」


 人々の前でナンバーズ商会の方向性を話すのには理由がある。今のナンバーズ商会の売り物の質や値段は王国内でも随一に条件がいいはずだ。それがどうしてなのかは別の貴族や商会たちは知らない。だからこうして方向性を知らない人たちに伝えることで噂が広まり、いずれナンバーズ商会を迎えたいという貴族や別街の商会も増えるというものだ。


「では次は工場に向かいます」


「ああ」


 ナンバーズ商会を後にして向かうのは、近くにある『工場』と呼ばれる場所だ。


 二階建ての建物にはいくつもの部屋がある。それぞれの部屋では作業員たちがそれぞれ違う作業を行っている。


「!? ダークさま! よくぞいらっしゃいました!」


 一人の中年の女性が出迎えてくれる。彼女は工場の長を任せている女性だ。


「工場長。首尾はどうだ?」


「はいっ! ダークさまの素晴らしいレシピのおかげで順調に進んでおります! 作業員たちも生き生きと働いております!」


「うむ。フィーアルナ。成績はどんな感じだ?」


「はい。私の予想を遥かに上回る結果で、非常に多額の利益を生んでおります」


「そうか。ならば工場長はもちろんのこと、従業員にも賞与を与える」


 その場にいたみんなが目を丸くする。フィーアルナだけは無表情のまま口を開いた。


「賞与でございますか……?」


「ああ。何か問題があるか?」


「いえ。ですがダークさま。そんなことをしてしまうと、他の従業員たちに示しがつかないのでありませんか?」


「この一件に関わり、尽力してくれた全ての従業員に賞与を与えよ」


「……かしこまりました。どれくらいの金額を与えましょう?」


「利益から日当の何倍を儲けが出た?」


「はい。大体一人当たり――――三百倍は出ていると思われます。ただ、こちらは魔道具の投資分や運搬費用は除いております」


「ふむ。なら全員に十日分の賞与を与えるように」


「かしこまりました」


「だ、ダーク様! わ、我々一同、これからも誠心誠意をもって働かせていただきます!」


 工場長が大声で話し、建物中から不思議そうにこちらを見つめる従業員が見える。


「うむ。商会の規則を守って働いてくれ。お前たちの頑張りがナンバーズ商会の血や肉となるだろう。お前たちが倒れればそれだけ損害が生まれる。作業員の体調を管理するのも工場長としての大事な仕事だと理解しているな?」


「!? は、はいっ! ダーク様が決められた定時働き方改革を守っております! 絶対に規則時間以上には働くことなく、みんなしっかり休むようにしております!」


「うむ。これからも規則を破って働かないように」


「かしこまりましたっ!!」


 それから工場長に工場を案内してもらった。


 ここで作っているのは――――クッキーである。ただし、今の異世界には決して存在しないクッキーだ。


 ガブリエンデ領では小麦が非常に多く取れる。それらをナンバーズ商会が全て買い取る手はずになっており、その量だけで王国民の食事用のパンを作ることも簡単だ。


 それほど余ってる小麦は、パン以外にもいろんな使い方がある。その中でも一番人気であるのがお菓子作りである。


 異世界でのお菓子も非常に美味しいのだが、どちらかというと「紅茶に合わせるためのお菓子」という概念が多い。というのも平民がお菓子を食べることなんてほとんどないからだ。


 その一番の理由は『砂糖』。非常に高価で貴族が独占しているのもあり、平民では食べることが難しいのだ。


 そこでいろいろ考えて新しく作ったナンバーズ商会の看板メニューの一つ『紅茶クッキー』である。


 もう一つの看板メニューのナンバーズ商会の『紅茶』は、そこら辺で売ってる高級紅茶よりもずっと深い美味しさがある。それを粉末にしてクッキーに混ぜ込むことによって、砂糖の代わりに紅茶の深い味わいを堪能することができるのだ。


 それらを可能にしているのも、ただ作るのではなく魔道具を利用することで作れる。工程もそう難しいものではなく、流れ作業のように作ることが可能になった。


 それらの魔道具もビラシオ街の魔道具屋に全て特注させた。余談だが、元々商業ギルドから搾取されていた彼らの生活は困難なもので、ナンバーズ商会と専属契約を結んでもらい本来の価格で魔道具を購入している。この先、彼らが生活に困ることはないはずだ。異世界には特許などが存在しないため、彼らを全員ナンバーズ商会に抱えさせた。


 そんなこともあり、二十日ほどで量産体制が整い、余る小麦は全てクッキーに加工し――――ビラシオ街で販売を開始させた。


 結果は、フィーアルナの報告の数字が全てを語っている。

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