第41話 暗殺者、諭される。
授業の合間の休息時間。
生徒たちはすでにグループができており、授業を受けているグループのまま、それぞれが仲良くなっているようにみえる。
一つ気になるのは、他のグループの生徒にはあまり近付かない。
初心者グループと中級者グループはまだいいが、一人だけ取り残された女子生徒は、一人で机に座り教本に目を落としていた。
最初こそ興味ありげに見ていたが、誰も俺と聖女に近付こうとはしなかった。
昼休憩まで魔法陣や魔力操作の練習を繰り返した。
食堂の門が見えると、ガバッと開いてイヴが走ってくる。
「おかえりなさい!」
とびっきりの笑顔で迎え入れてくれたイヴはすぐに俺と聖女の間に立つ。
「どうでしたの? 魔法科は」
「とても実りのある授業でした」
「それはよかったです~午後からも魔法科に行かれるんでしたね?」
「ええ」
「では授業が終わったら魔法科の入口まで迎えに行きますわ!」
「わかりました」
食堂に着いて、昼食を食べようとするといつもの細男の姿が見えない。
しばらくすると戦士科Dクラスの生徒たちが細男を抱きかかえて現れた。
「うぅ……ごめんよぉ……」
「いいって。いつもガブリエンデくんに任せていたからな。今度からは俺達も手伝ってやるよ」
「ありがとぉ……」
抱きかかえられて登場した細男にイヴは「殿方が情けないですわね~」と小さく呟いた。
昼食を取りながらふと見たところで、魔法科の一年生が集まって食事を取っているスペースで、教師と一対一で授業を受けていた女子生徒がポツンと一人で昼食を取っているのが見える。相変わらず教本を読みながら食事を取っていた。
イヴが俺の視線を読み解いたのか、真っすぐ彼女に視線が刺さる。
「アダムさま……?」
「いや、何でもありません」
「……」
食事を取り、午後の授業を迎えた。
午後からの魔法科の授業は、教室ではなく、そこから離れた訓練場に集まった。
「では、ここから魔法を思いっきり使っていきます!」
「「「はいっ!」」」
訓練場の中央には、巨大なクリスタルが浮遊しており、中から溢れた魔力がバリアを形成していた。
それぞれ等間隔に並び、バリアに向かってそれぞれが魔法を放ち始めた。
俺とアリサは参加せずに遠くから彼らの魔法を眺める。そもそも魔力が0である俺と、聖女であることを隠したい聖女が魔法を放つこともできないため、こう眺めるだけになった。
彼らが魔法を使っている際、周りの魔力が彼らに吸収されて形に変わるのが感じられる。
一度意識すると魔力の流れというのを感じられ、動きを一つ一つ感じられるようになった。
魔法使いの才能は珍しいこともあり、ビラシオ街でも魔法使いはほとんど見かけなかった。だからか、誰かが使う魔法をまじまじと見たのは初めてでもある。そのおかげか魔力の流れを研究するいい時間となった。
「皆さん頑張ってますね」
「ええ」
「アダムさまは魔法を使わないんですか?」
「教師の目がございますから。今は魔法が使えない魔力0と伝わってくれた方がいいと思います」
「そうなんですか?」
「ええ。イングリス先生が毎日迎えに来てしまうかもしれませんから」
「うふふ。それもそうですね。じゃあ、帰ったらまたアダムさまの魔法を見せていただけませんか?」
「わかりました。アリサさまの魔法もぜひ」
「もちろんです! よろこんで!」
午後の授業は魔法を使っている生徒たちを眺めて終わった。
「おかえりなさい~!」
言っていた通り、魔法科の正面入り口を出ると、イヴが待っていた。
そのまま屋敷に戻る。その間に俺が魔法を見せると言ったことを嬉しそうにイヴに話す聖女。
さっそく、屋敷の地下訓練場にやってきた。ここなら魔法を放っても誰かに見られることもない。イヴも見たいということで三人でやってきた。姉はまだ学園から帰っていない。
「アダムさまの魔法……! とても楽しみです!」
自分の両手に魔力を集中させる。魔力の操作をするのはこれが初めてだが、今まで自分の魔力だけで魔法を発動させてきたから、流れを見ているだけで操作はできそうだった。
試してみると、意外とあっさりできる。
才能『カーディナル』のポテンシャルのおかげもあると思う。今まで自分の魔力だけで魔法を発動させてきたが……これなら周囲の魔力を吸収させることも難しくなさそうだ。
「『シャイニングスピアⅠ』」
俺の頭の上に黒色の巨大な魔法の槍が現れる。だが、それから感じる魔力は俺自身が持つ魔力のみ。周りの魔力を使って発動させたものではない。
「きれい……」
後ろで見ていた聖女が小さく呟いた。
『シャイニングスピア』を一度解除する。
「いつものように綺麗な魔法だね~」
「いや。これではない」
「えっ? そうなの……?」
「ああ。本来魔法は自分の魔力ではなく、大地に流れる魔力を形に変えるモノだという。俺は……今まで大地の魔力を使ったことがない」
そう話すと、二人はポカーンとして目を大きくした。
「えっと……? アダムさま? それではいつもどうやって魔法を使っていますか? さっきの魔法もかなりの魔力が込められたように見えるんですけど……」
「あれは、俺の魔力だけで使ったものです」
「えっ!? あ、あんな魔法を……自分の魔力だけ?」
「だって、君ってあの魔法なら何百発でも使えるんでしょう?」
「えっ!?」
「ああ。それくらいなら問題ないな」
元々大きい目をより大きく見開いた聖女は口までポカーンと開いた。
「え、えっと、アダムさま? 自分の魔力を使いすぎて魔力切れになると、気絶してしまいますからね?」
「ええ。知っております」
「あ、あの……あまりいいアドバイスではないと思いますが、魔力切れはものすごく――――痛いので、あまり無茶はしないでくださいね?」
「痛いって聞くわね~アリサちゃんも経験あるのかしら?」
「うん。私も以前大規模魔法を使ったときがあって、あのときに魔力切れを起こして一週間も寝込んでしまったの……あのときのことを考えると今でも体が震えちゃうかな……」
「ふふっ。君も魔力切れには十分気を付けてね? 基本的に一週間くらい寝込んじゃうみたいだからね」
「……」
魔力切れってそういう効果があったのか。確かに頭痛が酷いなとは思っていたが、一週間も寝込むほどではなかったはずだ。
いや、普通は寝込んでしまうのかもしれない。
ただまぁ……いまの俺は魔力を使い切ることは難しいからな。
「そういえば、魔力切れって魔力量が増えるらしいもんね」
「うん。でも……あの痛みを一週間も感じるくらいなら、私はあまりおすすめしないかな。それなら魔力の操作を頑張って練習した方がいいかも!」
「私は魔法が使えないからそこら辺はわからないけど……せっかくだからアリサちゃんの魔法も見せてよ~」
「うん! アダムさまにも見せるって約束したから!」
聖女は嬉しそうに光魔法を発動させる。
「――――『アークヒーリング』!」
地下訓練場に美しい白いカーテンのようなオーロラのような光が充満していく。
広範囲回復魔法の一種であり、効果も非常に高いもので、彼女の聖女という才能も相まって伝わる回復の力は非常に強力なものに感じる。
「わあ~! アリサちゃんの魔法、綺麗だね~」
神秘的な光景の中、俺はおもむろに自分の『黒光魔法』を発動させる。現れた一本の黒いナイフ。
聖女の魔法と俺の魔法から伝わってくるものはまったく異質なものだ。俺は自分だけの魔力だけで発動したものに対して、聖女は大地に流れる魔力を多く取り入れた――――世界に愛されているような魔法だ。
いまの俺に一番足りないもの。イヴが自分の力に振り回されるのではなくしっかり向き合えたように、俺は自分の魔力に振り回されているのだな。
「アダムさま? イヴちゃんもソフィアお姉さまもみんなアダムさまが大好きなんです。アダムさまは一人じゃありません。みんなアダムさまを想っています。わ、私も……私もアダムさまが大好きです。ですから――――」
聖女は俺が手に握ったナイフごと俺の手を両手で覆う。イヴもその上から両手を乗せた。
「周りのみんながアダムさまを信じていることを忘れないでください。周りの魔力ももちろんそうですが――――世界の全てがアダムさまも愛していることを忘れないでくださいね?」
ああ……俺は魔力に振り回されていたのではない……振り回したわけでもない……ただただ…………。
周りを拒否し続けていたのが俺自身だ。
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