第40話 暗殺者、魔法を初めて学ぶ。

 翌日。


 予定通りイヴを戦士科のクラスに見送ってから、俺と聖女は魔法科の校舎に向かう。


「びっくりしちゃいました」


「ん? どうしました?」


 ふふっと笑みを浮かべた聖女は、どこか遠くを見ながら話した。


「昨日、アダムさまとイヴちゃんのやり取りを聞いて、二人の本当の姿なんだな~って」


「ああ……そういうことでしたか」


 イヴのわがままで素が出てしまっていた。


「ふふっ。アダムさまって普段は僕なのに、本当は俺って言うんですね~」


「……」


「うふふ。アダムさまの新しい一面も見れて嬉しかったです! 誰にも言いませんから、心配しないでくださいね? ティナも遠くて聞こえてなかったと思いますから。それにしてもどうしてずっと僕なんですか?」


「……姉上から言われておりまして」


「あ~ソフィアお姉さまのためなんですね!」


「ええ」


「ふふっ。やっぱりアダムさまは優しいですね~」


 優しい……か。家族であり、年長者でもある姉の意思は尊重したい。ただそれだけのことだ。


 普段行き来する人が少ない戦士科と魔法科の間の道を歩いて、魔法科の校舎にたどり着いた。


 見張りはいないが、用事なく別科の校舎に訪れると問答無用に退学になる。魔法科は生徒の人数も相まって戦士科とは違い、静けさが広がっていた。


 どこか落ち着いた校舎内には他の建物とは違う気配がする。


「魔力が至る所から感じられますわね」


 少し重みのある空気感。肌にひりつく感覚が伝わってくる。


 前世ではなかった『魔力』というものがこの世界には存在する。魔法使いの才能を持つ者は、自身の中に魔力を有しているが、その他にも世界には魔力が広がっている。


 イヴのような特殊な力を持つ者もいるが、魔力の糸ではあるが、自身の魔力ではなく周りの魔力で糸を作り上げている。それもあって彼女も魔力測定ではそのまま魔力0と表記されるのだ。


 魔法科は人数の件もあり、クラス分けにはなっていないようだ。各一クラスのみ。ただ、実力が離れた者も多いため、授業を担当する教師は一人ではなく複数人で、上位者は一対一で教えてもらえたりするらしい。


 さっそく一年生の教室に入る。


 廊下よりも濃い魔力の波動が出迎えてくれて、十人の生徒たちが見えた。


 入学日の魔力検査のときに、俺とイヴの後ろに並んでいた十人の生徒たち。どうやら全員無事入ったようだ。


 まあ……魔法使いの才能がなければ入れないから当然といえば当然か。


「アダムくん!!」


 入って早々、あの日謝罪に来てくれたイングリス先生だ。


 生徒たちも不思議そうにこちらに注目する中、俺は聖女とともに教壇の前に向かう。その間も興味ありげにみんな見つめるが、中には鋭い視線を向ける者もいた。


「いらっしゃい。こちらはアダム・ガブリエンデくん。皆さんもご存知の通り、生徒会長であるソフィア嬢の弟君になります。彼は本来の魔法職にも関わらず手違い・・・で戦士科に入ってしまいました。たまにこうして顔を出してくれますので、皆さん、温かく迎えてください」


「「「は~い」」」


「では授業を始めます」


 彼女以外にも二人の教師がいて、それぞれ手分けして生徒たちに魔法を教える。


 見た感じ、初心者グループ六人、中級者グループ三人、一人は教師一人が付きっ切りだ。


「先生。魔法の基礎を習いたいのですが」


「それならこちらのグループに入ってもらっていいわよ。教科書はあちらにあるものを自由に使ってくれて構わないわ」


 壁に同じ本が何冊も並んでいる。全員が一冊ずつ使用しても問題ないように用意してくれているのだな。


 そちらに向かい聖女とともに一番ランクが低い教科書を取る。全ての教科書には番号が振られており、難易度別になっていてわかりやすくていいと思う。


 教科書を持ち、一番人数が多いグループに入り、教科書を開いた。


 そこには『魔力』や『魔法』の基本となる情報が書かれている。


 実家にいた頃にここまで質の高い魔法の教本は見たことがない。


 教師三人の中ではイングリス先生が頭一つ抜けて実力がありそうだが、他の二人の教師も中々の魔法の使い手のように見える。


 イングリス先生はそのまま初心者グループの前に立った。


「今日はアダムくんとアリサさんも入ったので、復習も兼ねて最初から軽く話しますわ。皆さん? いいですか? 魔法というものは基礎が大事です。この本の中身を全て理解したとしても、何度も読み返すくらいがちょうどいい。それくらい魔法は基礎が大事なのですからね?」


 言い訳――――ではないな。物理系統もそうだが、何事も基礎というのは大切なものだ。それは魔法だって変わりないってことだな。


「魔法の基本は世界に広がっている魔力を形に変えることで発現します。皆さんの中にある魔力は、いわば、外に流れている魔力を集めるための魔力です」


 ん……? 自分の魔力は外の魔力を集めるため……?


「才能が強くなればなるほど、いくつものスキルを獲得して、より簡単に魔法が使えるようになりますし、中には自分の魔力だけで完結する魔法も数多くいます。ですが、魔法使いの魔法は基本的に大地に流れている魔力をかき集めて、それを形に変換することこそが魔法だと思ってください」


「「「はい!」」」


「魔法が難しい一番の理由は、この過程にあります。その理由は、魔力を形にすることこそにあります。それは想像力であり、自身の魔法使いとしての才能でもあります。一人一人の魔法が違うのはこの理由になります」


「先生!」


 一人の生徒が手を上げる。


「どうぞ」


「違うとおっしゃいましたが、私が知っているファイアボールはみんな同じ形をしております!」


「とても素晴らしい質問ですね。そこに大きな秘密があります。その理由は――――皆さんにとって『ファイアボール』という魔法は、こういう形である・・・・・・・・と理解してしまっているからです。では、面白い魔法をお見せしますよ」


 そう話したイングリス先生は、机の上に置いてあった一本の杖を手に取る。


「皆さんがよく想像する『ファイアボール』というのは――――こういう形をしていますね?」


 そう話しながら拳サイズの『ファイアボール』を作り上げる。


「では私が愛用している『ファイアボール』の形は――――」


 もう一つの炎を作り上げる。従来の『ファイアボール』はシンプルな球体の燃える火の塊だ。イングリス先生が作ったもう一つの炎は、球体にいくつもの棘が生えたウニのような形をしたものだった。


「このように、使う人によって魔法の形は変わります。皆さんが使っている魔法は、先人が『こういう形ならみんな理解しやすいからこれでどう?』という『簡単に解釈する方法』を提示しているに過ぎません。皆さんにも皆さんならではの形がきっとあるはずです。そのためにも重要なのが、大地の魔力を引き寄せるために自分の魔力を操作すること。さあ、魔力の操作を見せてくださいますか?」


「はいっ!」


 質問者に杖を渡すと、彼は杖を両手に握ったまま集中する。


 すると体を覆うように魔力が薄い青色の光を発して、氷から放たれる白い冷気のように体から、体から溢れ出た。


「最初より上手になりましたね。ですが、自身の魔力が大地の魔力に負けてしまい奪われてしまっていますね。もう少し自分のイメージをしっかり保ってください。さあ、皆さんも自身の『魔法陣』を描いて、イメージを定着させていきましょう」


「「「はいっ!」」」


 魔法には呪文も魔法陣も必要はない。ただ、魔法にはこういう形があると示すために『魔法陣』というものが存在し、それを基準にして魔法を作り上げる。


 俺が回復魔法をナイフの形でしか発動できないのは、イメージが武器しかできないからだ。


 イングリス先生は俺と聖女にも魔法陣が描かれた紙を一枚ずつ渡してくれて、魔法陣について丁寧に説明してくれた。


 魔法陣の意義。これは、魔法の――――模写そのものだった。

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