第39話 暗殺者、わがままを言われる。

「ふむ。悪くない。いい攻撃だったぞ。イヴ嬢」


 強烈な攻撃なのは衝撃波でできた地面の窪みが証明するが、レメは傷一つ付いていなかった。


「……」


「そう怒らなくても、イヴ嬢は十分強いぞ?」


 次の瞬間、イヴの両目から大粒の涙が流れた。


 彼に負けたことがそんなに悔しかったのだろうか。


いくらイヴが将来優秀だとしても、現役Sランク冒険者にそう簡単には勝てないのは当然だ。


「違う……!」


 首を横に振ったイヴは俺の前に走ってきた。自身の体もボロボロなのに、俺の右腕を大事そうに抱きかかえる。


「私のせいで君に血を流させてしまった……私が弱いせいで……」


「問題ない」


「で、でもっ!」


「俺よりイヴの方が傷ついている」


「それはいいの! 君のためなら私、何をされてもいいんだからっ!」


「……よくはない」


 俺は左手を伸ばしてイヴの頭を撫でる。


「イヴ」


「う、うん……?」


 イヴのおかげでいろいろ助かっている。彼女には自分の体をもう少し労わってもらいたい。


 『ヒーリングⅩ』を展開させた黒いナイフを彼女の左腕に差し込む。


「もう少し体を大事にな」


「っ!!」


 目を大きくしたイヴは、唇を震わせる。


「うん……」


「今日の訓練はここまでですな」


 一度流れが切れたのもあり、レメの言う通り今日の稽古は終わりにする。


 俺にとってはこれといった成果があったわけではないが、イヴの力の使い方を目の当たりにできたのは大きい。


 自分の力に振り回されるのではなく、自らの意志で使う。自分の力を深く理解しなければならない。『黒外套』に頼るだけの力ではなく、それ自身の『黒光魔法』の力を――――。


「……イヴ嬢? 何をしているんじゃ?」


「え?」


 地面にうずくまって何かをやっていたイヴが顔を上げてニコッと笑う。


「アダムくんの大事な血液を集めてお守りにするの~」


「イヴ嬢……其方も中々やのう……」


「うふふ~」


 魔力の糸を何重にも交差させて布のように作ると、地面に落ちて土地に染みた俺の血液ごと土を救い上げる。


「ねえ~君。貰っていいのよね~?」


「あ、ああ」


「やった~♡ 大事にするね?」


 …………。




 その日の夜。


 イヴとルナが風呂に入っている間に姉上と二人っきりでテラスから夜空を眺める。


「姉上」


「うん~?」


「姉上は自分の力にどう向き合いましたか?」


 目を大きくした姉は、俺の右腕を強めに抱きしめた。


「姉上……いろいろ当たっております」


「いいの。姉弟なんだから~えへへ~アダムちゃんからそういうこと聞かれると思わなかったよ~」


「そうですか?」


「うん。だって私にとってアダムちゃんは師匠のような存在だもの」


 師匠……か。前世ならいろいろ教えられたことも多いだろうけど、異世界での力は俺にとってはまだ未知数なものだ。


「ふふっ。才能の力はね……『声を聞く』のがとても大事だよ」


「声を……聞く?」


「才能には声があるの。意志があって、力をどう使ってほしいのか、どう自分の力になってくれるのか。アダムちゃんにとって『黒光魔法』はどう手伝いたいのか。それに耳を傾けると、聞こえると思うわ。だって、アダムちゃんは子どもの頃からずっと才能と一緒に歩んできたからね~」


 才能の意志と声。俺にとっての力とは何か。それを認識することから……だな。


「ありがとうございます。姉上。何か糸口が見えた気がします」


「よかった! 何でも相談してね? 私にできることなら何でも手伝うから~」


「ええ。ありがとうございます」




 数日後。


 授業は午前中は走り込み、午後からは瞑想をするようになった。教科書のことは全て暗記しているので、自由時間となっている。


 ヘラル先生は変わらず動く気配はなく、ずっと眠っている。


 瞑想にシフトしたのは、自分の中にある『カーディナル』の意志を聞き取るためだ。


 姉が理由もなく声を聞くとは言わないはずで、イヴもあの日以来自分の力を自由自在に操るようになった。レメとの稽古も続いているが、だいぶ善戦できるようになっている。一本ずつでは込められる力が少ない。それを何重にも重ねることで本来の力・・・・を発揮する。


 糸を何度も重ねることで衣服が作られるように彼女の力がより大きくなる。さらに強くなる以上のことは、その自由さだ。彼女は自分の力を開花させてより高みへ上っている。


 それに反して、この数日は俺の成果はいっさいない。


「アダムさま……?」


 瞑想中に目を開けると、聖女が少し心配そうに見つめていた。


「アリサさま。どうかしましたか?」


「え、えっと……何か悩まれているようで……私に何ができるかはわかりませんが、力になれたらいいなと思いまして……」


 イヴはクラスメイトたちに教科書の内容の解説をしている。最近はこうしてクラスメイトたちに教える方になっていて、聖女も手伝っていたのだが、心配かけてしまったようだ。


 彼女にも自分の力に向き合うことを伝える。


「その悩みに私では答えを導き出してあげられそうにありません……ですが、もしかしたらいいヒントになるかもしれません」


 彼女は俺の手を握りしめた。


「アダムさま? 私も魔法の力で身体能力を強めています。戦士科に入ったときもそうでした。ですが――――我々にとってそれは本来の使い方ではないはず・・・・・・です」


 彼女の金色の瞳が俺の瞳を深く見つめてくる。


「本来の力である魔法。魔法の力を知ることでより先に進めるのではないでしょうか?」


「魔法……ですか。なるほど。それは一理あります」


「ふふっ。もし魔法科に行く際には私にも声をかけてくださいね? い、一緒に行きましょう!」


「ええ。明日にでも魔法科に行ってみましょう」


「はいっ! え、えっと……イヴちゃんにはちゃんと相談しないと……」


 そういえば、一人にするなと言われていたな。


「今日相談してみましょう」


「はい! 私も一緒に説得します!」


 説得……? そこまで大袈裟なことか?




 授業が終わり、屋敷に戻った頃。


「やだああああああああ!」


「……?」


「私、魔法科に入れないじゃん!?」


「明日一日だけ向こうに行ってくるだけだぞ」


「それも嫌! 一人にされたくない! 絶対嫌!」


 全力で拒否してるイヴに、聖女も慌てて一緒に説得するが、一向に「やだ! 絶対やだ!」と拒み続けるだけだ。


 次第に大きな目に大粒の涙が浮かび上がる。


「私……君にとって……いらない子なの?」


「いや、そんなことはない」


「じゃあ、どうして連れて行ってくれないの? 私では君の役に立たないからでしょう? 私なんていらない子になって、すぐに捨てられてもう二度と一緒にいてくれないんでしょう? 私なんて何の取柄もなくて君にとってはただの――――」


「落ち着け。イヴ」


 彼女の頭にポンと右手を乗せると、一瞬でしゅんとなり静かになった。


「ルナだっていつも一人で頑張ってくれている。だからといって彼女を捨てたりはしていない。それに君たちには、俺の魔法がいつでも繋がっているはずだ」


 イヴは潤んだ瞳で自分の胸の両手を引き寄せて俺を見上げる。


「見捨てない?」


「ああ」


「毎日行かない?」


「ああ」


「朝昼晩にちゅーしてくれる?」


「断る」


「ずっと私のこと思ってくれる?」


「断る」


「えへへ~じゃあ、私、いい子にしてるからちゃんと迎えにきてね? 王子様~」


「ああ」


 何故か顔を真っ赤にした聖女が見えた。

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