第38話 暗殺者、剣鬼の本気の稽古を受ける。
聖女を見送り、姉が学園から帰ってきて、リゼさんも遊びに来てくれて一緒に夕飯を食べる。
夕飯が終わると俺とイヴは事前に打ち合わせした通り、レメとの稽古のため地下にやってきた。
「わあ~広いね~」
階段を降りると訓練場ほどの広さの地下空間が現れる。壁、天井、地面は全て土になっているが、広い空間にイヴの声が響く。
「君が作ってくれた地下訓練場すごいね~♡」
本来なら存在しない地下だが、レメの一件から避難所として作った地下スペース。広く作れば訓練場として使えるのではないかというイヴの意見で、より広く作って地下訓練場兼避難所が完成した。
黒光魔法で土を少しずつ消滅させて空間を広げた。細かい部分での魔法操作の練習にもなって有意義な時間だった。
「お姉さまが付いてこないのは意外だったね」
「ああ」
姉は訓練の邪魔になりたくないと意外と上に残った。リゼさんと二人で沈む夕日を楽しんでいる。
「お二人の実力を見せていただきましょう」
普段は柔らかい物腰のレメだが、Sランク冒険者でもある彼は戦士の顔になると、相応の迫力ある表情を見せる。
「君~行くわよ~!」
「ああ」
イヴも普段はずいぶんと柔らかい表情をしているが、暗殺者としての表情をすると、それだけで背筋が凍るような冷たい目に変わる。
補助魔法がなくてもイヴの速度は非常に速い。瞬きすら許されない素早さで一気に距離を縮めてきた。
武器は使わずお互いに手と脚のみでの殴り合いになる。お互いの腕と脚がぶつかり合うが、補助魔法がなければ遥かにイヴが強く、俺の身体能力では追いつくことすらできない。
そんな中でもいくつものフェイントを織り交ぜながら彼女のフェイントをかいくぐって攻撃を防いだり、逆に押し込んだりする。
ニヤリと笑ったイヴは、自分の頭に右手を当てる。
「――――黒外套!」
そう呟いた彼女の頭部を覆う黒い仮面と一体型の黒いマントが現れる。さらに凄まじい殺気にも似た気配が伝わる。
俺も『黒外套』を展開させて彼女に対峙する。
先程とは比べ物にならない速度の戦いが始まった。
今回も武器や魔法は使わず、己の肉体のみを使って稽古を続ける。
「そこまで!」
レメの声で距離を取って『黒外套』を解除した。
「二人の実力はある程度わかりました。主は元の身体能力は低いけど『黒外套』を着用するととんでもない強さになりますな」
「うふふ。私たちが着用するよりも効果が高いのよね~」
黒光魔法の効果は他人より自分に使った方が効果が高い。それは『黒外套』も一緒だ。イヴやレメも使えるようにした『黒外套』だが、俺が強くなる量よりも遥かに低い。
「主の技量の高さも含めると『黒外套』状態ならやはり善戦できますな。その点では私が助言できることはありませんな。イヴ嬢も」
「『閃光の剣鬼』に認められるなんて嬉しい~」
「では二人とも次のステージに進んだ方が良さそうだ。イヴ嬢はすでに獲得しているのではないか?」
「それがまだなの~アダムくんが魔法を使うように、私の力も発揮することはできるけど――――次のステージには行けてないわ」
「ふむ。なら二人とも
「「対話?」」
「これから二人でペアを組み私と戦ってもらいます。ただし、黒外套は禁止。主は自身の黒光魔法に向き合った戦い方をしてください」
「わかった」
「イヴ嬢は自身の武器をどう使うべきかを考えながら戦うように」
「は~い」
そして木剣を握ったレメ――――そこから放たれる殺気は、あの日、イヴの父が姉を暗殺に来たときと同等の威圧感を放つ。エンペラーナイトのアルヴィン・オルフェンズ。聖騎士のティナ。Sランク冒険者のリゼ。彼らに引けを取らない迫力はレメが如何に強いかが伝わる。
「アダムくん。私は前を張るね。でも守るのは厳しいかも」
「ああ」
「じゃあ、行くよ?」
「ああ」
イヴが飛び込むと同時にレメの右手の木剣が振り落とされる。それだけで凄まじい風圧にイヴと俺の体が動けないほどに叩き付けられる。
瞬時に両手で黒光魔法『ヒーリング』を展開させ、自身とイヴのダメージを回復させる。
『黒外套』がなければ、たった一撃で殺されるくらいには実力差が開いているのだな。
イヴが両手を開いて両腕を交差させる。全ての指先からキラリと光る。目で捉えることも難しい極細の糸が宙を舞う。
レメが周りの糸を凄まじい速度で叩き切ると、木剣がぶつかっているとは思えないほどの強烈な音が響く。それと同時にイヴの指の骨が折れる。
彼女に打ち込んでおいた『ヒーリングⅩ』を発動させて、すぐに回復させる。が、彼女自身の痛みを和らげたわけではない。痛みという人間の最大の弱点に向き合わなければ、たった一撃で心が折れてしまうだろう。
イヴは表情一つ変えずに、次の攻撃に移る。
「イヴ嬢。それは自分の力に向き合うことにはならん。力に振り回されるだけだ」
「っ……」
またもや打ち合いが始まった。
息を三度吸って吐く合間。イヴの攻撃をレメが打ち返すこと、十回。その全てがイヴの全指を折ったことになる。
痛みを感じていないわけではない。イヴも暗殺者として育っているが――――と言っても何度も続く痛みにさすがのイヴも眉間にしわを寄せた。
俺も攻撃の黒光魔法を展開させて彼女たちの戦いの合間に差し込むも、全て剣戟一撃で吹き飛ばされた。
「二人とも自分の力をただ利用しているに過ぎない。それは振り回しているが――――その事実、力に自分が振り回されているだけだ」
次の瞬間、レメの体が一瞬ブレてイヴの腹部を叩き込む姿が見えた。それに反応するよりも先に今度は俺の左肩に木剣が見えた。
速い――――いや、それだけではない。いくら異世界とはいえ、速いだけでここまで動けるのか? 反応する隙間すらない。イヴの腹部に木剣が当たって、彼女が痛みを感じるよりも先に俺の肩に木剣があった。
レメの二つ名は『閃光の剣鬼』。閃光という名の由来はこういうことだったんだな。
直後、強烈な痛みが左肩を襲うが、既に発動させていた『ヒーリングⅩ』によって瞬時に回復できている。
皮肉だが、これもビラシオ街で巨漢との戦いがなければ、咄嗟に動くことはできなかっただろう。
「さすが主。戦いの経験は豊富のようですね」
レメの言葉とともに、イヴの体が吹き飛んでいく。が、俺が右手を差し出すと、腕に彼女の糸が絡みつく。
すぐに右腕から赤い血が滴る。
「彼に血を流させた……私は私が許せないいいい!!」
吹き飛ばされたが俺の右腕によって立ち止まったイヴは、休む間もなく飛んで来てレメに糸をぶつける。
「イヴ嬢。糸のような脆いものを剣の代わりにしても――――勝てやしないぞ?」
一瞬で糸を全て弾き返され、イヴの全ての指が折れる音が聞こえる。暗殺者として拷問に耐える精神力というのは重要な要素の一つではある。が、彼女の負担は痛みだけではない。
「『黒外套』は禁止ですぞ?」
「っ!!」
次の瞬間、イヴは今まで攻撃に使っていた糸を自身の体に付ける。鋭利な糸だが、それはあくまで他人に対してのように、自身に対してはいっさいのダメージはなさそうである。肌に食い込みすらしない。
そもそも彼女が使っている糸は、正確には物質の糸ではない。彼女自身が持つ才能によって生まれた、彼女自身の魔力を使って産んだ糸の形状をした力なだけだ。
自分の力が自分を傷つけることはない。
イヴは糸ではなく接近戦を始める。レメの攻撃が当たる直前に糸で自分の体を引いて避けつつ、腕を引っ張り加速させて攻撃へと変える。
その刹那。レメの口角が上がるのが見えた。
「――――合格」
彼女が繰り出した左腕にぐるぐる巻きにされた糸と、レメの木剣がぶつかる。
糸は全て解けていくが、さっきのように吹き飛ばされたりしない。何重にも重ねた糸は外側が解けるだけで腕を飛ばされていないからだ。
木剣の間をくぐりぬけ、イヴの左腕がレメの胸部を捉えた。
凄まじい衝撃波を放ちながらレメの体が遠くまで吹き飛ばされ、イヴは食いしばった口から一筋の赤い血を垂らしながらも、その場に立ち尽くした。
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