第37話 暗殺者、目標を定める。

「主。報告書になります」


 空の明かりが全て消え、闇に支配された時間。


 俺の書斎に入ってくる仮面を被った男。


「よくやった。ゼックスレメ


「ははっ」


 彼がテーブルに置いた紙に目を通す。


「増えているわけではないな?」


「はい。原因がわかっておりません。目的が広めることではなく、使い方を試しているのではないかという主の予想通りではないかなと思います」


 俺がゼックスレメに命令したのは、彼が患った病気の進行や出所だ。あの病気はまだ表に出た病気ではない。下層――――スラム街に流行ってはいるが対策が必要なほどではない。さらに空気感染や接触感染でもない。そこから予想したのは、誰かが故意的に病気を仕込んでおり、流行らせることなく誰かを確実に死に追いやる病気であること。


 さらに冒険者のリゼさんがレメに使った高級薬で弱めることはできても治し切ることはできなかった。いまの現状、あれを治せるのは聖女と俺、アークビショップ、ホープの四人だけのはずだ。


 さらに病気になっている者は全て下層のみ。教会に駆け付けることができない下層民を狙ってるのは、まだ犯人もあの病気を使えていない証拠だ。実験しているように思える。


「主。これ以上になりますと、手が足りないと進言致します」


「そうだな。レメ一人に任せられる量ではないな。とはいえ、アインスイヴと俺は授業があるのだからな……ひとまず、この件はできる範囲で調べてもらおう」


「かしこまりました」


「レメ。お前を追い詰めていたという暗殺者集団はどうなった?」


「まだ動きはありませんが……そろそろやってくることでしょう。私が復活したことも噂になっているはずですので」


「ふむ……それならもう少し警備を――――」


「主」


 ゼックスレメは、少し口角を上げながら話した。


「主から頂いたこの力。わたくしめ一人で十分でございます」


 その瞳には病魔に苦しんでいた者とは思えない意志の強い炎が見える。


「全盛期よりも今の方がずっと強いでしょう。お任せください」


「わかった。俺もアインスイヴもいる。姉上もいるからな」


「ははっ」


 ゼックスレメが下がったあと、報告書を見つめる。


 黒い斑点ができることと狙った者の命だけを刈り取ることから、暗殺者に似ていることから『漆黒病』と命名した病気。


 下層の貧民、六十五名が発病中。進み具合から時期はそれぞれ別だが、一つ確かなのは同時期と見られる者はいない。となると……やはり誰かの実験場になっているのは間違いなさそうだ。




 翌日。


 いつもと変わらない授業が始まった。


「ア、アダムくん! き、昨日は……その……ありがとぉ……」


「ああ」


 ゲインをボコボコにした後、俺が解いた補助魔法で倒れた細男は、そのまま気を失った。そのまま部屋に放り投げている。


 気のせいか、午前中の体力づくりの走り込みは今まで以上に気合を入れて走っていた。が、俺が与えた補助魔法『俊敏上昇Ⅰ』がなければ、すぐに倒れてしまうのは変わりない。


 ただ変わったのは細男だけではない。数日間も毎日走っていると慣れてきたのかクラスメイトたちはそれぞれマイペースで走るようになった。


 Dクラスとはいえ、戦士科に入れるというのは才能があるからだ。どれだけ低い才能でも鍛え方によっては強くなれる。圧倒的な才能の前では非力だろうが、それでも才能がない者よりはずっと強力な能力を授かることも可能だ。


 昼食時間にゲイン率いる大柄の男子生徒たちが細男や俺に突っかかってくることはなかった。


 午後からは姉が久しぶりに訪れてきて、基礎の重要性を何度も語った。


 そのおかげか、クラスメイトたちは少しマンネリ化していた教科書丸暗記をより精力的に行うようになった。




 そんな平和な日々から数日が経過した。


 本日は初日に入った講堂に集められた。


 ここではクラスごとではなく、爵位ごとに座る。


 入口がある後方から入って俺の隣を通りながら睨みつけるシグムンド伯爵令息。


「ふふっ。ずいぶんと嫌われてるわね」


 イヴは柔らかく笑う。まるで子供たちの喧嘩を見守る母のように。


 しばらく待っていると一人の男性が登壇してくる。


「あら、また珍しい人がやってきたわね」


「そうだな。王都学園だからこういう日もあるとは思っていたが……意外にも早かったな」


「それもそうよ。だって、ここは――――」


 壇上に男が立つとすぐに割れんばかりの拍手が起きる。


 男が手を上げると拍手が鳴り止んだ。


「初めまして。未来の国の血液たちよ。俺は――――エンペラーナイトの一人、アルヴィン・オルフェンズという」


 王国最強騎士『エンペラーナイト』。その一人であり、ビラシオ街で俺が勝てなかった相手を一方的に追い詰めた騎士でもある。


 それからはありきたりの言葉を並べながら生徒たちを励ました。


「この中から王国を担う者も多く現れるだろう。いつか顔を合わせる日を楽しみにしている」


 一種のパフォーマンスだろう。王国が最も力を入れている王都学園というだけある。


 目の前で最強騎士を見ることができた。それだけでもモチベーションアップは当然だが、より明確な目標が決められるのは大きい。


 とくに才能を持つ者は、それだけで選ばれし者。一年生だけでなく、二年生も三年生も目を輝かせて自分たちが上に立つその日を思い描くのが伝わってくる。


「ふふっ。こんなに近くで見たのは初めてだけど、エンペラーナイトってすごいわね。何もしなくても命の危機を覚えたわよ」


 そう話しながら少し汗ばんだ左手で俺の腕に触れる。


「最も敵対したくないな。エンペラーナイト」


「そうね。でも――――君のお姉ちゃんだって、ああなるのではないの?」


「さあ。それは姉上が決めることだ。俺が関与することじゃない」


「それはそうね。ふふっ。二年後が楽しみね~まずは……私たちは私たちで強くならないとね。でもこのまま強くなれるのかしら~? 毎日走らされて低難易度教科書ばかり見せられてるもの」


「そもそもイヴは強くなるために入ったのではないんじゃないのか?」


「むぅ~いじわる~私だって君の役に立ちたいんだから、強くなりたいのよ?」


「レメにでも稽古をつけてもらったらいいんじゃないか?」


「それもそうね。君も一緒に受ける?」


「そうだな。俺も受けるとしよう」


「やった~♡ 君と一緒なら頑張れる~♡」


 その日、俺とイヴはレメに弟子入りすることになった。

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