第35話 暗殺者、見下される。
二日目の学園は初日とあまり変わることはなかった。午前中は走り込み。午後は教科書を読むだけの時間だ。しかも教師というのは教室で眠っている。
他のクラスはというと、座学から戦闘術など詳しく教えているのが見える。Dクラスがいかに学園から見放されたクラスなのかがよくわかる。
昼食は初日同様に食堂で食べるが、周りから見る目が少し変わった。Dクラスという落ちこぼれを新入生も知ってしまったからだ。普通科の生徒ですらいずれ合流するであろう落ちこぼれたちを見る目は変わらない。
「この紅茶美味しい~!」
うちで出した紅茶を飲んだ聖女は、頬を緩ませながら声を上げた。
「アダムさまのご実家であるガブリエンデ家御用達の商会から送られたものですわ~」
「さすがはアダムさまのご実家……! これほど素晴らしい紅茶を送られるなんて!」
実際は実家から送られたというよりは、
だがこの一件の裏というのは、ナンバーズを正々堂々と利用するための口実に過ぎない。それを知っているのは俺とイヴ、ルナ、そして、新しい部下となったレメの四人のみだ。
「アリサさまにも少しお裾分けしましょうか?」
「えっ!? いいのですか? すごく高いんじゃ……」
「支援してくださっているナンバーズ商会からは、非常に安価だということです。一杯分でも銅貨一枚程度と言っておりました」
「銅貨一枚ですか!? こんなに美味しいのに……」
「僕も驚きました。彼ら曰く、量産が簡単で美味しいからこれから看板商品にするようです。ミア! アリサさま用に紅茶をいくつか」
「かしこまりました。お坊ちゃま」
後ろに待機していたミアが聖女に渡す分の紅茶を用意してくれる。
実はこれもルナの狙いの一つだ。わざと多めに渡して誰かに送るようにする。貴族である俺の身分を利用して貴族に紅茶を贈る。それが噂になり広まれば、ナンバーズの名が王都に広まるという狙いだ。
扉が開いて、レメが入ってくる。
一礼して俺の耳元で小さな声でつぶやく。
「主。これでよろしかったでしょうか」
「……ああ。わかった」
レメは一礼して部屋を後にして出る。
「アリサさま」
「はいっ!」
俺の声に応えて顔を向ける彼女の美しい金色の髪が波を打つ。沈みかけている日に当たり、赤みを帯びてより美しさを際立たせる。
「どうやら護衛を付けているようですが……彼女にも来てもらっても構いませんが、どうなさいますか?」
「!? え、えっと……よろしいんですか?」
「はい。アリサさまはガブリエンデ家の友人ですから。アリサさまを守る方なら信頼できますから。それに――――彼女がその気になれば、ここにいる全員を押さえることもできるでしょうから」
「あはは……では、呼ばせていただきます」
聖女はお茶会をしているテラスから外に向かって声を上げた。
「ティナ~! 顔を出してくださいますか?」
柔らかい風が吹くと同時にテラスに立つ聖女の前に、白銀の色に輝いている鎧を着た女性が現れた。見た目からイヴのようにスリムながら内側から強い力の気配を感じられる。
ショートにそろえた青色の髪と端麗な顔は、聖女やイヴとはまた違う女性としての魅力を放っていた。
ただ、その冷たい表情からか、人としての心はあまり伝わってこない。どこか――――暗殺者にも思える程に冷たい目をしている。
「アリサ様。お呼びでしょうか」
「急に呼んでごめんなさい。こちらはクラスメイトで屋敷の主であるアダム・ガブリエンデさまです。彼からティナも誘ってはどうかと言われまして……」
「なるほど……『閃光の剣鬼』によるものか……」
彼女は聖女を越えて一歩前に出て騎士の挨拶である右腕を胸元に持っていく。
「聖女アリサ様の護衛の聖騎士所属のティナです。隠れるような真似は大変失礼しました」
「いえ。護衛ですから隠れているのは彼女のためだと思えば当然のことです。アダム・ガブリエンデでございます」
騎士は王以外には頭を下げない。聖騎士の場合、女神以外に頭を下げない。
初めてみる聖騎士。大陸でも最強戦力の一つとして数えられる教会の聖騎士。その一員というだけあって、凄まじい強さだ。
そう思うと、最上級才能である『剣神』を覚醒させた姉があと二年もすると彼女と同等の強さを誇るのかと思うと……楽しみでありながら恐ろしいとさえ思える。
「どうぞ。紅茶をご用意しましょう」
「ありがとうございます」
聖女に近い場所に椅子を用意して彼女にもテーブルについてもらった。
彼女と何かを話すわけではないが、たまに気にしていた聖女は嬉しそうに紅茶とお菓子を彼女に勧めていた。
断ることなく口にした彼女は表情一つ変えないが「美味しいです」と話した。
翌日。
三日目の学園もそう変わるものではなかった。
聖騎士ティナは常に陰に隠れて聖女を見守る。本来なら学園に入ることはできないのだが、学園側は聖女を守るという名目を拒むことはできなかったらしい。
それほど聖女という存在は王国にとって大事な存在だからだ。
午前中の走り込みが終わり、クラスメイトたちが疲れて寝転がっている間に俺たちはシャワーを浴びて食堂に向かう。
イヴたちはまだ来ていなかった。
いつもと変わらず昼食をもらいテーブルについた。そのとき――――
ガシャンと食器が落ちる音が食堂に響く。
「ああん……?」
一際目立つ大柄の男子生徒。その脇に尻もちをついた細男とばら撒かれた昼食。そして大柄男子生徒の服が汚れている。
「あ、ああ……ご、ごめんなさい!」
「てめぇ……Dクラスの野郎だな」
倒れた細男の髪を鷲掴みした男子生徒は、そのまま顔を地面にばら撒かれた昼食に押し付けた。
「おいおい。そんな細い体でこれから学園生活できるのか~? もっと食えよ! 俺が食わしてや――――」
「やめろ」
「ああん……?」
男の腕を握りしめるが、補助魔法を掛けていない俺では彼の腕を弱めることなどできない。見た目だけでなく、彼自身の実力も高いのだろう。
「ああ~生徒会長の
握った俺の腕ごと彼によって後方にあるテーブルに吹き飛ばされた。
瞬時に『頑丈強化Ⅹ』を俺と細男にも打ち込んだ。これでダメージは一切ないが、テーブルが倒れて大きな音が食堂に響き渡る。
一年生だけでなく、二年生や三年生もいる中、誰一人手を差し伸べることはしない。王都学園が実力社会だから――――ではない。Dクラスという文化そのものが彼らにとって『落ちこぼれ』として見られているからだ。
当然の結果に、助けようとする者はいないか。
ただ、中にはこちらに来ようとした一年生がちらほら見える。魔法科の中にも少し心配そうにこちらに視線を向ける者もいる。これ以上戦いが激しくなれば、割り込んでくる生徒も居そうだな。
「ゲイン。やめたまえ。Dクラスの生徒が可哀想だろう」
「……ちっ。こいつのせいで俺の制服が汚れたんだぞ」
「制服は洗えばいいじゃないか。まだ時間があるんだ。着替えてきたまえ」
「ふん。てめぇらよかったな」
悪態をつきながら大柄の男子生徒は食堂を後にした。
「大丈夫かい? うちのクラスの生徒がすまなかったね」
「い、いいえ……ありがとうございます……」
「君も汚れがひどいな。制服を着替えてくるといい」
「は、はい……」
細男はふらふら歩きながら食堂を出た。すぐに職員によって清掃が始まる。
そして俺を見下ろすシグムンド伯爵令息は――――冷たい視線を向ける。
「君のような男ではソフィア様の隣には立てない」
そう話した彼は自分の仲間がいるテーブルに去っていった。
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