第34話 暗殺者、成長した姉の姿に嬉し笑みを浮かべる。
「むぅ……」
学園長たちが帰ってから一人膨らんでいるのは、イヴ。
俺と聖女、姉が自由に授業を受けられるようになったが、イヴは入ったクラスの授業しか出れない。
「アダムさま? 私を一人しちゃ嫌よ?」
「……」
「断るって言ったら、今すぐ泣き出しますわよ~?」
「あ、ああ」
イヴはやると言い出したら必ずやるからな。ただ泣き出すくらいで済むはずもない。
姉が手を叩いて注意を引く。
「はいはい~いろいろあったけど、これから長い間一緒に勉強する仲だからね~アダムちゃんが~とか、アリサちゃんが~とか、そんなことはどうでもよくて、みんなにとって学園をどう活用していくかがみんなのためになるわよ。ヘラル先生~授業は私も手伝いますね~」
「ほっほっほっ。若いのは元気じゃの~」
「ヘラル先生。最初はどういう授業をしますか?」
「ほっほっほっ。最初は~体力づくりだな~」
「では毎日午前中は体力づくりで、午後からは基礎の練習でいいですか?」
「ほっほっほっ。よいよい~」
「じゃあ、基礎の授業をするわよ~!」
「「「「は~い!」」」」
すっかり姉が主導権を握り、授業が始まった。
教科書も全て学園で用意していて、ヘラル先生が持ってきてないだけでちゃんとDクラスも用意されている。
クラスごとというよりは、低難易度から高難易度までいろんな教科書が用意されているから、姉の裁量でDクラスの下限に合わせた低難易度の教科書が選ばれた。
とはいえ、そこに書かれている『基礎』というのは、けっして無視していいものではない。どんなことにも『基礎』から始まり『基礎』で終わるという言葉がある。
それほどにすべてのことに『基礎』が大事だ。
「みんな、この教科書をこれから――――丸暗記します」
「「「丸暗記!?」」」
「ええ。他の教科書はそうする必要はないけど、実はこの低難易度教科書は……全ての基礎が詰まってる教科書なの。この中に半分以上はできるよという人もいるだろうけど、それでも全部丸暗記してもらうわ。クラス全員がこの教科書をすべて丸暗記できたら次の教科書に移るつもりよ。そこで一つだけ言っておくと、私に落第の資格はないけれど、今月末にある一年生合同試験で、他のクラスの先生によって落第される可能性があるからね? みんな、しっかり覚えるのよ!」
みんな腑に落ちない顔で教科書を開く。
中には「こんなこと知ってるんだけどな……」と嫌そうに声をこぼす生徒もいたが、姉のカリスマ性のおかげなのか、生徒たちは段々と教科書をしっかり暗記し始めた。
俺も言われた通り、教科書に書かれている全てを読み始めた。
体を動かす上で必要なステータスの種類。ステータスには見えない『体幹』。体の重心の移動の図や説明。意外にもどれも丁寧に説明されており、図も非常にわかりやすい。
午後の授業は三部に分かれており、その間に小休止がある。
小休止中は俺の隣にイヴと聖女が椅子を持ち寄ってきて囲む。俺を囲う必要はないと思うのだが……。
姉は生徒たちの質問を受けている。生徒のはずの姉は、教師としてもやっていけそうだ。それくらい姉が学園で積み上げたものは大きいというものだ。
一年前は俺の教え通りに鍛錬を繰り返していただけなのに……大きく成長した姉を嬉しく思う。
「これだけの教科書が作られているなら王国の未来も明るいものだな」
「ふふっ。低難易度というからどんな簡単なものかなと思ったけど、意外に重要なことがたくさん書かれていますわよね~」
「ああ」
「そうなの? イヴちゃん。私は全然わからなかったよ……」
「ふふっ。アリサちゃんは元々魔法使いだもの。それに戦い方も補助魔法で戦っているのでしょう?」
「えっ? わかるの……?」
「もちろん~アダムさまを近くで見てきましたから~」
目を輝かせて俺を見る聖女。
「アリサさまもしっかり覚えた方がいいでしょう。今の貴方に最も必要なことが書かれておりますから」
「はいっ! ちゃんと全部暗記します!」
「偉いですわ~アリサちゃんは~」
イヴが聖女の頭を優しく撫でてあげる。「えへへ~」と嬉しそうに笑う。
「アダムさまも撫でてあげて~」
「!?」
「僕も……ですか」
「ほら~こっちのアリサちゃんの頭が空いてますわよ~」
「……」
イヴに言われた通り、聖女の頭を撫でる。
前世では女性の頭や髪に軽々しく触るものではないのだが……異世界ならではの文化なのかもしれない。姉もよく頭を差し出してくるからな。
入学して初日。あっという間に時間が過ぎ、午後の授業も終わりを迎えた。
姉は毎日来るのかと思ったが、意外にそうではないようだ。午前中はヘラル先生の意向により体力づくりをし、午後からは教科書を丸暗記する時間になることが決まった。
生徒会長でもある姉は居残る用事があるとのことで、俺とイヴ、聖女で帰路についた。
「じゃあ、イヴちゃんは毎日走ってくるの?」
「そうですわ~アリサちゃんも一緒に走る?」
「え、えっと……お邪魔じゃなければ……」
「お姉さまも喜ぶと思いますわ~ねえ? アダムさま♡」
「ああ」
そう答えると聖女の頬が緩む。
朝は走ったが、帰り道はゆっくりと歩いて進む。
聖女が住む教会は中層にあるので非常に遠い。本来なら馬車で向かうところだろうけど、正体を隠そうとするなら馬車での移動は微妙なのか。
それにしても……学園の中にまで入っていたが、聖女の護衛をする者もずいぶんと強い。
ビラシオ街で戦ったあの男を退けた王国の騎士。彼と同等くらいの強い気配を感じる。
イヴと二人掛かりでも勝てるかどうか――――いや、勝つのは厳しいだろう。
貴族街の大通りの綺麗に舗装された歩道を歩いて上層に向かう。ときどき通っていく馬車からは奇妙な目でこちらを見ている生徒が多い。王都学園に入学するのは基本的に貴族か上級平民。馬車で困るような家はあまりない。
中には貧乏男爵家がいたりするが、そういう場合は通いではなく、王都に家があったとしても寮に住む者が多い。
だからこうして王都学園の制服を着て歩道を歩くことが彼らには滑稽に見えるのだろう。だが楽しそうに談笑をしながら俺の前を歩くイヴと聖女を見ていると、彼らが思う程、いまの現状はそう悪いものでもない。
貴族街から上層に入る。教会がある中層までの間、屋敷の前を通りかかった。
「アリサちゃん~」
「うん~?」
「ここ。私たちの屋敷ですわよ~」
目を丸くした聖女は屋敷を興味ありげに見つめた。
「ここで――――アダムさまと一緒に住んでいるんですわ♡」
「え~!? あ、アダムさまと一緒に住んで……!?」
驚く聖女は屋敷とイヴと俺を交互に見つめる。
「うふふ。ちょっと待ってくださいね~屋敷の者を呼んできますから~」
そう話したイヴが中に走っていく。
「あ、あ、アダムさまっ!」
「はい?」
「い、い、イヴちゃんとは……その…………ど、ど、どういう……関係なの……でしょうか……」
「拾いました」
「拾っ……?」
「道を歩いてて拾ったので、ガブリエンデ家が保護しております」
「あ……そ、そういうことでしたか……では! 婚約されているわけではないのですね!?」
「ええ」
何故か胸をなでおろす聖女。
屋敷からメイドたちや護衛を連れてきたイヴは、聖女に紹介してあげる。
今日は入学初日ということもあるので、屋敷の中に入ることはなかった。
教会の前まで聖女を送り届けると、彼女は「明日から屋敷の前まで向かいます!」と嬉しそうな笑みを浮かべてそう話した。
その日から毎朝聖女が屋敷に来てくれて、そこから四人で登園する流れになった。その上、イヴの友人として屋敷に遊びにくるようにもなった。
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