第26話 暗殺者、回復魔法発動。

「アダム様。お金が必要なら私が出します。それなりに貯めた額がございますから、支払いには問題ないかと思います」


 ルナが通り名を知っているほどの凄腕冒険者なら、支払い能力に問題はないだろう。それに姉がいろいろ世話になったのならお金を受け取らずとも、恩義を返す意味ではいいのかもしれない。だが――――


「どうして貴方ほどの冒険者がしがない老人を救おうとするのですか?」


 彼女は一度眠っている爺さんを見つめた。どこか愛おしい目で。


「私は幼いころに両親から酷い扱いを受けて育ちました。十歳のとき才能を覚醒させたとき、私の才能を高く売れるとふんだ両親がすぐに私を売り払い……そのとき買ってくれたのがこの方なんです」


 ここがスラム街でなければ彼女が話すことも理解できる。だが爺さんがそこまでできる人だとはとても思えない。


「実はこちらの方は昔から名のある冒険者なんです。引退して全ての有り金を使って孤児院に寄付をして、自分は生きるだけで幸せと下層で住むようになって……望めば豪華な屋敷で何人もの従業員を雇って優雅に暮らすことだってできたはずなのに、いろんな経験をしてお金の欲を捨ててしまったんですよ。この方は」


「あ、あの! お兄ちゃん! 僕もお爺ちゃんに拾ってもらえたんだ! あのままだと絶対に死んでたと思う……それにお爺ちゃんに生きる楽しさを教えてもらったんだ!」


「私もルインくんも……ここにはいなくても大勢の冒険者達が彼にはお世話になっています。助けてもらった冒険者だって数知れず……今でも冒険者ギルドではこの方を探して冒険者ギルドに復帰させたがっているほどです。でもそんなことより……残り余生を自分のやりたいことに費やしてほしい……お金なんていくらでも払います。どうか、助けてください!」


「お願いします!」


 嘘をつくような人には見えない。俺に嘘を見抜く絶対的な力はないが、暗殺のために多くの人々を見てきた彼女は心の本心から言っているように見える。少年もだ。二人とも彼には生き続けてほしいんだという眼差しを感じる。


「姉上」


「うん?」


「私はかまいませんが、姉上はいかがなさいますか?」


「ほえ? 私? どうして私に……?」


「ここに来たのは姉上の意志です。僕の力は家族の力。姉上のために振るうなら文句などありません」


「アダムちゃん……!」


 善意を振り回すことは簡単だ。だが、それがときには刃となり自らの身に返ってくることも姉は知っている。貴族として平民に一度手を差し伸べると、また期待される。それの繰り返し。人という生き物はそれを“当たり前”と思ってしまうから。


「私…………助けていいと思う。直接的な関係はないけど、リゼたんにはいろんなことを教わったし、おかげで私も強くなれた。お爺さんがいなかったらリゼたんにも会えていないなら、ずっとは難しいけど、できる範囲でなら助けたい!」


「姉上……わかりました。では治せたときの報酬は後にして、ひとまず治せるか試してみましょう」


「うん!」


 これを使うのも久しぶりだ。何しろ、気絶を繰り返した頃以来は使っていない。使うこともなかったから。


「――――アークキュア」


 状態異常回復魔法の上位魔法。それは病気をも治すと言われており、『アークビショップ』『カーディナル』『聖女』が使うとより強力となり、世界のあらゆる病気を治すと言われている。


 事実、俺が覚醒してから家族に病気の兆しがみえるとすぐにこの魔法を使う治している。


 俺はゆっくりと魔法を爺さんに打ち込――――


「待って! な、なにをするんだあああ!!」


 少年が大きな声を上げながら俺に全力で体当たりをする。が、体重の軽い少年の体当たりに動くはずもなく。


「アダム様!? やめてください!」


 今度はリゼさんが俺の腕を直接止めて爺さんを守るように俺との間に体を張る。


「一体何をするのですか! アダム様! わ、私は……この方を治してくださいとお願いしたのに……まさか、命を奪うつもりなんですか!!」


 激しい怒りの感情がリゼさんの目から伝わってくる。


 だが……どうしてだ?


「いや、魔法を……」


「たしかに命を絶ち楽にしてあげたら治したことになるかもしれない……ですけど! さっきも申し上げた通り、私は彼を救いたい! 殺させやしません!」


 怒るリゼさんの手に、姉の手が重なる。


「リゼたん? 大丈夫だよ? うちのアダムちゃんが治してあげるから」


「ソフィア様! そ、そんな……物騒な剣を突き刺そうとする・・・・・・・・・・・・・なんて! あんまりじゃないですか!」


「「物騒な剣?」」


 姉と俺の声が被る。後ろではイヴが「ぷ~くすくす」と笑いを必死にこらえている。ルナもこちらから顔を背けて笑いをこらえていた。


「や、やめろっ! お爺ちゃんを殺すな! 悪党!」


 少年も全力で俺にぶつかってくる。


 …………ああ。そうか。俺の回復魔法がこの形だからか。


「ま、待って二人とも! これはアダムちゃんの――――回復魔法なの!!」


 ボロい家に姉の声が響き渡り、リゼさんと少年の表情がポカーンとなる。


 ゆっくりと俺の手を握っていた力を抜いて手を離したリゼさんは、申し訳なさそうに「あ……そ、そうだったん……ですね……大変……し、失礼しました……」と虫のような声で謝りながらゆっくりと道を空けてくれた。

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