第27話 暗殺者、老人を助ける。

 不気味な黒い輝きを放つ黒いサバイバルナイフが、ベッドに横たわっている老人の胸元に吸い込まれるように入っていく。


 見た目通りの鋭さで肌を裂き、サバイバルナイフが刺さるのは容易に想像できるが、残念ながらこれは本物のサバイバルナイフではなく、俺の回復魔法だ。


 魔法がどうしてか武器の形になってしまうので、本来なら光に包まれるはずの回復魔法も俺はこうして武器の形にして人に差し込む必要がある。


 リゼさんと少年はひやひやした表情を浮かべて見守った。


 差し込まれた回復魔法のサバイバルナイフはすぐに黒い色の輝きを放ち、老人の全身を包み込んだ。


 黒という色はよく闇を想像させてしまう。不気味な色、不吉な色、邪悪な色と罵られることも多い。暗殺を生業にしてきた前世も闇夜に紛れることも多かった。


 そんな不気味な色が、今では誰かを癒す術になっている。


 老人の体に見えていた黒い斑点がみるみるうちに減っていく。


「お、お姉ちゃん! 斑点が!」


 あたふたする少年。リゼさんも嬉しそうな笑みを浮かべて目元に涙を浮かべた。


 やがて黒い斑点は全て消え去った。


「全部消えた! お兄ちゃん! 全部消えたよ!」


「ああ」


「ありがとう! お兄ちゃん、本当にありがとう!」


 ああ……こんなにも嬉しさを体で全面的に出して喜ぶ子どもは……鬱陶しいな。


「うぅ……」


「お爺ちゃん!?」


「レメさん!」


 少年とリゼさんがほぼ同時に老人に駆け寄る。


「こ、ここは……?」


「家だよ! お爺ちゃんはこちらのお兄ちゃんに助けられたんだよ!」


 老人の目がゆっくりと少年から俺に向く。


 その目は――――ああ。なるほど。そういう人種・・・・・・か。


「僕はアダム・ガブリエンデ。ガブリエンデ家の長男です」


「レメと申す……助けていただき何といえば……」


「かまいません。すでに報酬の話はリゼさんと話し合っておりますので」


「リゼ……」


「レメさん。何の心配もしないで。前も話したでしょう? やんちゃな剣神様とその弟さんなの」


「剣神……なるほど……」


「まだ体力が回復したわけではないからね。ゆっくり休もう?」


「ああ……」


 老人はまた深い眠りについた。


 そうか……貴殿が見つけた答えというのはここにあったのだな。


 少年を残して俺達は家を後にした。そのときも何度も頭を下げて感謝を言った少年。彼には今日の出来事は絶対に他言しないことを約束してもらった。




 下層から再び中層に戻ると、澄んだ空気に変わる。


「アダム様。報酬の件ですが、何でも仰ってください。私にできること出せる物で全て支払わせていただきます」


「わかりました。まだこれといって決まったものはないので、姉上と相談の上に相談させてください」


「かしこまりました。警備員の件もございますから、毎日屋敷を訪れさせていただきます」


 リゼさんはさっそく警備員を見つけると冒険者ギルドに向かい、俺達はそのまま王都を散策することにした。


 姉が歩き回りたいとのことで、四人で王都の中層を歩き回る。十区も存在する中層だが、区の数字が増えれば増えるほど高級志向となり、十区は上層に最も近い区となる。


 姉も八区から十区まではよく遊びに行くそうで、せっかくならと真ん中である五区を目指した。


 区から区への移動は馬車を用いた方が速く手軽に乗れるので、近くを通りかかった区間馬車に乗り込んで移動した。


 到着した五区だが、王都で最も賑やかな場所というだけあり、非常に人が多く、大通りには出店もたくさん並び、それぞれの店も美味しそうな匂いがしたり、多種多様な物が売られていた。


 姉が食べてみたいというのでイヴが同行して二人で出店に並んだとき、ルナが小さく声を掛けてきた。


「アダムさま。先程のレメさんですが、おそらくは『閃光の剣鬼』だと思います。最高峰であるSランク冒険者の一人です」


 なるほど……リゼさんが言っていた今の冒険者ギルドも彼を探しているというのはそういう意味があるんだな。


 それに弱ってベッドに眠っていたとはいえ、目を覚ました彼はそれだけで強者なのがわかるほどだった。


「どうしてそんな凄い人が下層にいるのか私には想像もできません」


 普通に考えれば、下層は落ちぶれた者や力無き者が着く場所だ。誰よりも上に立つ人が住む場所ではない。


 だが……俺には彼がどうしてあそこで生きたいのかが理解できる。まるで――――


「アダムちゃん~! 美味しそうだよ~!」


 香ばしいタレの匂いがする肉の串焼きを買ってきた姉はご満悦な表情を浮かべる。


「これはアダムちゃんの分!」


「ありがとうございます」


 豚肉に近い食感の甘じょっぱさが癖になる味だ。多くの住民も並んで買うくらいには人気があるようだ。


「ん~! 美味しいね!」


「はい。とても美味しいです」


「ふふっ。こうやってアダムちゃんと買い食いする日が来るなんて~嬉しいなぁ~」


 それから姉に連れられあちらこちらを歩き回った。




 二日後。


 朝一でやってきたリゼさんは警備員候補を四人・・連れてきてくれた。


「す、すげぇ……」


 屋敷を見て大きく口を見開いた少年が思わず声を上げる。


「アダム様。お待たせしました。警備を引き受けてくれる冒険者達になります。三人は引退した冒険者になります。こちらがロウェルさんとボリスさんです」


 二人の冒険者は軽く会釈する。二人とも白髪が目立つが目付きはハンターのような鋭いものだ。


「そして、三人目ですが、アダム様の指名・・・・・・・でございます」


「先日は助けてくださりありがとうございました。レメと申します」


「お兄ちゃん! よろしくね~! ルインだよ~」


 少年の無邪気さに苦笑いを浮かべた老人は、小さく会釈した。


 ルナから老人が有名な冒険者だと教えてもらえたので、リゼさんを通して指名をしてみたところ、老人の方から少年を連れてならという条件付きで承諾を得られた。


「こちらの四名は全員が住み込みを希望しております。全員冒険者としての実績も十分で信頼に値する者達です。私、Sランク冒険者リゼが保証します」


 こうして、うちの屋敷に四名の新しい従業員が増えた。


 三人の老人と一人の少年。レメは言わずもがな最強クラスの冒険者だ。他の二人も中々の経歴でそこら辺の冒険者に負けることはないだろう。長距離移動が苦手な年齢でなければ、今でも最前線に立ち続けられるほどには強い。


 少年に関しては、未来への投資だ。もちろん、しっかり働いてもらうつもりではある。


 リゼさんも時々顔を出すということで、姉の友人としてメイド達には顔と名前を覚えてもらい、いつでも屋敷に通していいと通達した。


 その日の夜。


 俺の書斎。向かいに立つのは――――


「お呼びでしょうか。主」


「ああ。一つ聞きたいことがある」


「どうぞ。何なりと」


「冒険者を引退したのは年齢というより、向こうの足を洗ったからか?」


「…………まさか主も?」


「いや、俺はその道には進んでいない」


「そうでございますか……となると不思議な方ですね。噂に聞けば、ガブリエンデ家の長男であるアダム様は『カーディナル』という希少な回復魔法使いであるし、私を救ってくださったのも回復魔法…………なのに、どうしてそこまで高い暗殺技術・・・・・・を身に着けていらっしゃるのでしょう」


「…………それを話すつもりはない」


「ほっほっほっ。年寄はいろいろ考えてしまう悪い癖でございますな~それはそうと、私の件はその通りでございます。お相手さんもずいぶんとしつこくて……」


「だろうな。となると屋敷が襲われる危険性もあるのだな」


「ええ。今から追い出しますか?」


「まさか」


「ほっほっ。一目見たときに気付かれておられたから、主がそれでよければと思ってこうして雇われましたから」


「うむ。俺も十分理解したつもりだ。そこで提案だ。表向き以外にも裏の契約を結んでほしい」


「裏……ですか」


「そうだわよ~まさか『デスブリンガー』の表顔があの『閃光の剣鬼』だったとはね~」


 カーテンの後ろに隠れていたイヴが出てくる。


「お主はどこ所属の娘だ?」


「トールの娘よ。まだ駆け出しなの~」


「ああ。あの化け物の娘か。それは納得いくな。主はこれからそういう暗殺を?」


「いや、そういうことはしない。俺が目指すのは」


 右手を頭部に当てて魔法を発動させる。


 『黒外套』へと姿を変貌させた。


「驚いた……まさか、認識すら捻じ曲げる力ですか?」


「ああ。こちらの姿はダークだ。ビラシオ街で『ナンバーズ』という商会のオーナーをしている。商会はルナに任せている」


「なるほど……武器ではなく経済を持ちたいと?」


「そういうわけでもない。大きな目的はないが、敵を討ち滅ぼす力くらいはあった方がいいと思ってな。姉上を守るためにも」


「ふむ……」


「商会経営はルナがやりたいことなのよ~それをダーク様が応援してくれているの。これからしばしば駆り出されると思うからそのつもりでいてね~それと移動はダーク様の力で『転移魔法』があるから。連絡は『念話』でいつでも取れるからね」


「なんと……さすがは伝説に伝わる『カーディナル』というところですな。一度乗り掛かった舟だ。今度はダーク様に命を懸けてみましょう。私も守りたい人のために」


「ああ。歓迎しよう。名は――――ゼックスを与える」


「ははっ」


 こうして警備員兼もう一人の部下が加わった。




 そして、翌日。


 遂に俺は学園に入学することとなった。

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