第22話 暗殺者、取引に成功する。

「まずこちらを見てください」


 フィーアルナはテーブルの上に『契約紙』を呼び出す・・・・


「『アイテムボックス』……」


「こちらの契約紙ですが、ビラシオ街にありました・・・・・商業ギルドの建物及びビラシオ街の商業権利のものになります。しっかり確認していただけたらと思います」


「商業権利だと!?」


 目の色が変わったアレクが五枚の紙を受け取り、文字一つ一つを眺める。次第に紙を持っている両手が震え、顔から冷や汗が見え始めた。


「ありえない……どうして貴方達がこの権利を持っているのですか!」


「当然ですが正式に彼自身が納得した上での契約でございます」


「こちらの権利を国に断りなく一個人が契約するとは思えない!」


「通常時ならそう思うかもしれません」


 フィーアルナは何枚かの紙を取り出して前に出した。そこには様々な数字が書かれている。


「こちらの数字は商業ギルドの建物を引き継いでから見つかったものです。一枚目は私が全てを要約して書いたもの。その他は全て元ギルド長が作ったと思われる裏帳簿・・・です」


「ば、バカな……これって…………」


「信じられないかもしれませんがビラシオ街で行われていた不正の数々。全てギルド長が一人で起こしていたものになります。そして、この度起きた災害によって……彼の不正はかせが外れました。領主さまがいらっしゃるまで残念なことの法外な値段や税を搾り取り、自らの懐を潤していました」


 震える手で紙をテーブルに置いたアレクは、そのままソファにもたれかかり、疲れたように目を覆う。


「貴方……こちらを……」


 いつの間にか濡れたタオルをアレクに渡すダリア。


 なるほど……普段から母のサポートがあるからこそ、父も崩れることなくやってきたのだな。だが……。


「信じられないかもしれませんが、ここにある全ては真実です。そして、その全ての責任は領主にある。ビラシオ街が災害に遭っていたときに指揮を執るべき子爵は、我先に避難してしまいには復興に金がかかると男爵さまに押し付けております。そのことも全て書かれております」


 悪人だからこそ、お互いの悪事を共有するために必ず自筆した手紙をお互いに残す。それが彼ら同士の信頼の形となる。おかげでこういう不正を暴く際には大いに役に立つのだ。


 しばらく濡れたタオルで目元を抑えていたアレクが、ゆっくり外して俺を真っすぐ見つめる。


「わかりました。ではこちらの証拠を持ってきた理由や商談というものを聞きましょう」


 続けてフィーアルナが話す。


「ガブリエンデ領内で通常税の商売権利、ガブリエンデ領内で通常税のダークさまの土地所有権利、ガブリエンデ領内で通常税の商会事業拡大権利。最後になりますが、ガブリエンデ家の御用達商会として我々ナンバーズを指名していただきたいと思います」


「…………一つ聞きましょう」


「どうぞ」


「どれも当然の権利ですが、そちらの権利と比べると……ずいぶんと安い見積もりな気がするのですが?」


「そう感じられるかもしれません。それに実際こちらの権利から比べたとき、男爵さまにとっては破格の条件となります。ですが、男爵さまには一つ大きな――――誤解がございます」


「誤解……?」


「ダークさまがビラシオ街で活動なさって数年。その間にいろんな場所を調査してきました。その中で、こちらのガブリエンデ領というのは、非常に魅力的な土地になっております」


「我が領が……? 残念ながら穀倉地帯くらいしか誇るものがありませんが……」


「ふふっ。穀倉地帯ですが、これから需要が激増していくのでより魅力的な土地になるのですが、それは未来の話。我がナンバーズの活動幅が広がった場合の話です。今現在でもすでにとんでもない宝が眠っております。ダークさまはその宝をいち早く見つけ出しました。それらを掘り出すことに成功すれば、ガブリエンデ家は王国内トップクラスの税収を得ることができます」


「っ!? 我が領にそれほどの……?」


「直接教えることはできません。こちらの権利で通常税で商会事業拡大権利というのは非常に魅力的なものになります。まだこの段階ではそれほどの値打ちはないように見えますが……その裏に潜む巨大な富がございます」


「信じられない……我が領にそんなものが……森もそう多くなく、森林などもないから冒険者もこないこの地に……」


「それは開けて楽しみのパンドラの箱とでも思ってください。くれぐれも途中で欲を出し、税を上げて欲しいや別商会に乗り換えようなどとは……」


「不義理を働くつもりはない」


「大変失礼しました。ダークさまもガブリエンデ領民たちの生活を見て、信頼に足り得る人物だとこうして参った次第でございます。この先も末永くよろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしくお願いします」


 立ち上がったアレクに俺も立ち上がり、握手を交わす。


 まだほんのりと手が震えてはいるが、その瞳の奥には覚悟が見えた。これならガブリエンデ領内でいろいろ進められそうだ。


「それと男爵さま。これは一つお願いがあるのですが」


「うん? どうぞ」


「どうにか、ダークさまのことは内密にお願いします」


「……わかりました。家族にも秘密にしておきましょう」


「ご理解ありがとうございます」


 フィーアルナアインスイヴが深々と頭を下げ、本日の取引は終わりを迎えた。


 俺達はすぐに屋敷を後にして、また馬車に乗り込み隣村を目指した。


 ◆


 ダーク達が去った後のガブリエンデ屋敷の執務室。


「はあ……」


 大きな溜息と同時にまたソファにもたれかかるアレク。


 少し落ち着いた頃、窓からダーク達が乗った馬車が屋敷を去っていくのが見える。最後の最後までアインスという女はアレクに笑みを向けていた。「裏切るなよ?」という意味が込められた笑みを。


 少しして最愛の妻が執務室に戻る。


「貴方」


「ダリア……」


 二人はすぐに抱き合う。


「とんでもないことになってしまった……」


「ええ……幸いにもアダムちゃんが出発した後でよかったですわ」


「そうだな……余計な心配をかけずに済んでよかった。それにしても不思議な人達だったな」


「アインスという女がおそらく護衛でしょう。まったくの隙がありませんでした」


「ダリア。もし君が彼女と戦ったらどうなっていた?」


「十中八九……負けていたと思います」


「そこまで……」


「得体の知れない力も感じられてましたから。ただ、幸いにも彼らは敵対しなければ刃を向けないように思えますわ」


「俺も同感だな。そうでなければ――――こんな代物をあっさりと渡してはくれまい」


 ビラシオ街の商業権利を示す契約紙一枚をあっさりと渡してくれて、その上で元ギルド長の不正の数々を示した自筆の手紙などを渡されたのだ。


「これで領内の穀物販売権利をもらうことも可能ですね」


「そうだな。念願のガブリエンデ領で取れたものは我が家に納められることも可能だろう。これでようやく領民達に少しでも豊かな暮らしをさせられるというものだ」


「ふふっ。厄介事かと思いましたけど……案外、あの商会のおかげで貴方の夢も近付いた気がしますわ」


「そうだな。後は……アダムとソフィアが無事にあの学園を卒業できればいいのだが……」


「大丈夫ですわ。ソフィアちゃんはそれほど弱く育てていませんから。それにアダムちゃんは……大丈…………心配だぁ……はぁ……」


「はぁ……」


 二人は我が子二人を思い出し、最近女遊びを目覚めさせた息子のことで頭を抱えた。


 毎晩毎晩、捨てられた令嬢と妾候補の専属メイドを呼び寄せているという。さらに長年仕えてくれたメイド一人もときおり呼び出して長時間部屋に籠るという。


 国内でももっとも闇が蠢く王都に向かった我が息子が、無事であることを願いながら二人は――――


 ◆


「ダ~クさま~私もなでなでして~」


「…………」


「え~ん。私も頑張ったのに~フィーアルナちゃんばかりなでなでして~」


 仕方がないので身を乗り出して馬を引いているアインスイヴの頭を優しく撫でた。


 誰かの頭を撫でるなど……………………苦手だ。


「えっへへ~これからもっと頑張りますう~」


「ダークさま。これから本格的に動きます」


「ああ。よろしく頼むぞ」


「お任せください。私にできることをやり遂げます」


「それがいいだろう。自分が生き残った証を残すといい」


「ありがとうございます」


 隣村に馬車を返して、俺達はその足でビラシオ街の支店に移動した。まだお店はここしかないが、いずれ本店はシャリアン街に作る予定だ。


 総帥室から出たフィーアルナは、その足で商会の指揮を執る。的確に指示を出しながら現状を確認する。すぐにビラシオ街の買取や売却を調停を始める。


 ビラシオ街の商売権利を持っているのは、現在ナンバーズのみ。


 効果はすぐに出ることになる。災害に遭ったとはいえ、ビラシオ街という巨大な街に住む人々の全ての商売を一手に引き受ければ、多くの取引が生まれる。


 待たせていた他の商会との契約もスムーズに進んだ。


 事前に調べていた商会のクリーン度ランキングによって、それぞれ商会から貰う手数料を決めている。それも全てフィーアルナがやっている。


 我が商会の理念は「誠実であること」だ。権利や権力を盾にするのではなく、いつも正々堂々と取引を行う。


 そして、その結果はすぐに出ることになった。


 ◆


 ビラシオ街にて商会『ナンバーズ』が本格的に始動した。


 商会ギルドの不在により、誰も商売をしてはいけない状況で多くの者達が困っていた。中には王国を法を破り商売をする者もいたが、それがバレれば極刑となる。誰しもがおいそれとできることではない。


 そんな中、始動したナンバーズは、不思議と格安・・で商品を販売し始めた。


 最初こそどれだけ高額で商品を売り付けるのかビラシオ街の住民達は心配をしていたが、むしろ災害前よりも安い値段に驚いた。


 さらに買取も一手に請け負うナンバーズは、今までよりも高い金額で購入してくれる。それによって多くの住民達は災害に遭ったにもかかわらず、すぐに平穏を取り戻すことができた。


 今まで商業ギルドと癒着があった商会は軒並み潰れることになる。どの商会も商売権利を失ったことで商会として成り立たなくなったのだ。


 ナンバーズに泣きついた商会もいたが、癒着があった頃からは想像もできないくらい酷い取引額になり、不正を働いていたどの商会も長続きすることはなかった。


 それによってビラシオ街は商会ナンバーズとそれに連なる者達だけが生き残ることになる。


 そこで不思議な出来事が起きた。


 高く買い、安く売る。それは言葉だけなら理想に聞こえるが、実際はそれほど甘いものではない。


 事実、それができればどの商会も苦労はしない。それをナンバーズがいつまで続けるのか多くの住民達は心配だったが――――意外にも終わる気配はなかった。


 そして、ナンバーズに連なる商会やお店達も、意外なことに収入が増えることになる。


 その一番の原因として、住民達の収入が増え、出費が減った。それによって余裕が生まれ、普段は行くことができなかったお店を利用したり、贅沢を始めたのである。


 それがビラシオ街の経済に拍車をかけることになるが、それは高く買い安く売ることができるナンバーズだからできる芸当だった。


 通常商会ならすぐに潰れてしまうはずの経営。なのにナンバーズはますます勢いよく従業員や支店を増やしていく。


 噂では裏で資金のある者が王国を乗っ取るためにやっているんじゃないかとまで噂されるようになった。


 だが、その真実は――――『影収納』と『転移魔法』による反則とも思われる最大の武器があることを誰も知る由はない。

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