第21話 暗殺者、進化する力を使う。
「たったいま~戻りました~」
嬉しそうに俺の右手に抱きつくイヴ。荷馬車だと往復ですっかり日が落ちかけている。
「フィーアちゃんが頑張ったからか、商会がもう動いているわね~」
「はい。先輩」
イヴとルナの年齢はルナの方が上ではあるが、俺の配下となった順番からイヴの方が先なので、ルナはイヴを「先輩」と呼び、イヴはルナを「フィーアちゃん」と呼び捨てにしている。
「こちらは『ナンバーズ』の幹部アインス先輩です。皆さん。しっかり覚えていてください」
「「「「はいっ!」」」」
ルナの手腕が高いからか、すでに組員たちの表情は明るい。それにさっきまで寒さに震えていた宿無しとは思えない。
いつの間にか服装も制服に変わっており、ルナは事前にここまで予想して制服を仕立てていたのだと感動してしまうほどだ。
身なりも綺麗になった組員たちは建物の中をテキパキと動いている。
以前働いていた商業ギルドの受付嬢は、そのままうちで雇うことになり、そのまま受付業をしてもらうことになった。給金がずいぶんと上がったと喜んでいた上、組員たちも給金の額に信じられないと顔を緩めていた。
テキパキみんなが動き回り、店長をハンナという年長の中年女性に任せている。元孤児院の敷地で焚火を開いてみんなを集めたのも彼女で、正義感が強く、リーダーシップもあり適任の人材である。
建物は四階建てに相当する高さだが一階の天井が高いので、三階建てになっている。一階は受付がある広間や休憩室や商談ができる小会議室がいくつもあり、これからお客様との商談室として使う予定だ。さらに一階の奥には倉庫があり、そちらに売り物の在庫を入れておく――――ふりをする予定だ。
厳密に言えば、倉庫は倉庫として稼働するが、ここに置かれるものはさほど重要なものではない。重要なものは『影収納』があるので、そちらに保管予定となる。
二階には大会議室がいくつかあり、大きな商団が来ても対応できるように広い部屋を改造して休憩室を一つ作っている。
三階にはみんなが過ごす階となっており、俺の部屋となる総帥室やルナの部屋があったり、組員たちの部屋もあり、食堂なども完備されているので組員たちはこの建物で生活できるのだ。
さっそく総帥室にイヴとルナが入る。
「ダークさま。椅子や本棚など、全て新調した品になります。あの豚が使っていたものは全て燃やしております」
「ぷふっ。あの豚ね~あのあとどうなったのかな~」
「先輩も人が悪いです」
「ふふっ。それにしてもこんな高級そうなものをよくこんな短時間で手に入れたね?」
「いえ。全て王都で買ったものです」
「あ~そっか。それもフィーアちゃんの想定内ってことか」
「その通りです。ダークさまならこういうことにもなるかなと」
「うんうん! 私たちのダークさまだもんね~」
そう言いながら俺の右腕に抱きつくイヴ。ずっと無表情のまま背筋を伸ばしているルナも俺の左腕を抱きしめる。
左腕に誰かが触れるのは久しぶりだな。入学した姉とはひっきりなしに手紙を交わしているが、内容はそう大きく変わるものではなく、学園の様子や授業内容などが書かれていた。
それももう少しで終わりを迎える。あと十数日もすれば俺も入学することになるだろう。姉はそれが楽しみで仕方がないと言っていた。
…………イヴと会った姉を想像すると少し不安を覚えるが、イヴには何か秘策があるようだ。
「ダークさま? そろそろ戻らないと心配されてしまいますわよ?」
「ああ。戻ろう」
「は~い!」
二人が俺の腕に抱きついたまま、俺は魔法を展開する。
想像するのはあの日の暗い空に輝かしく展開されていた巨大魔法陣。
あのままでは巨大すぎるので使い勝手が非常に悪い。なので事前に仕込んだ場所を
黒い魔方陣が俺を中心に半径一メートルほど広がり、高さ三メートルほどを黒い光が囲んだ。
魔法陣の明かりが消えると同時にビラシオ街の総務室だった部屋から、見慣れた俺の部屋に映り替わった。
すぐに仮面を脱いだイヴは、笑顔で俺を見上げる。
「君って本当にすごいね~転送魔法をいとも簡単に使えるなんて、こんなことができるのは君くらいなもんだよ~」
ルナも仮面を脱ぐと、すぐに満面の笑みを浮かべる。
フィーアとなった彼女は感情を全て殺す。あの日の彼女のように。仮面を脱ぐと昔の彼女に戻る。可愛らしくてどこにでもいる美少女そのものだ。
「アダムさま! とても楽しかったです!」
「ああ」
それからは父と母と五人で夕食を共にする。
本来ならルナはメイドとして同席できないのだが、俺専属メイドとして、将来
「アダムちゃん? 入学の準備は順調に進んでいるかしら?」
「はい。母上」
「それはよかったわ。寮暮らしになると思うから、ちゃんと準備するのよ?」
まもなく年が明ける。そうするとガブリエンデ家を離れて王都にある学園に入ることになる。
寮に入ってもいいし、家から通ってもいいし、中には部屋を借りる家もあるらしいが、うちは王都に家を持っていないので寮になる予定だ。
「そのことですが、母上。寮ではなく、家を借りようと考えております」
「い、家を借りる?」
「はい。イヴ様も入学されると思いますが、お互いに寮住みだと大変ですし、ルナやミアも連れて行きたいと考えております」
「!? そ、そ、そう……えっと、王都のどの辺で住もうと考えているかしら?」
「そこは前回行ったときに目星がございます。ですのでお気になさらず」
「…………アダムちゃん? 本当に大丈夫?」
「はい。問題ありません」
「…………アダムちゃん? そ、その……あまり遊びばかりに夢中には…………いえ、これは私の杞憂ね。学園でたくさん学んでいらっしゃい」
「はい」
実家を離れて暮らすというのも初めてだな。
王都に入学する前に一つやらなければならないことがある。そのためにまたいろいろ動かないといけないな。
「アダム。できれば入学まで一緒にいたかったんだけど……すまないね」
「いえ。父上は新しい領地の管理もございます。気になさらないでください」
去年は姉の入学に立ち会った。ただ、入学式には両親も入れず、見送るくらいしかできないが、父は見送りたがっていた。それが闇ギルドの問題でガブリエンデ家に増えた領地のビラシオ街の件があるため、シャリアン街を離れるのが難しくなったわけだ。
俺としても父には王都ではなくガブリエンデ領内に残ってくれた方がいろいろ都合がよい。
二日後。
遂にその日がやってきた。
俺はイヴ、ルナ、ミアの三名とともに馬車に乗り込む。
見送ってくれる母は、心配そうに「何かあったら、お姉ちゃんに相談するのよ?」と言いながら最後まで笑顔で送り出してくれた。
「アダムさま。では例の件を進めます」
「ああ。よろしく頼む」
そう話したミアは馬車の前の窓を開く。
「御者の方」
「へい」
「これからアダム様は馬車内でゆっくりしますので、途中の休みなどはお任せしますが、中は覗かないようにお願いします」
「かしこまりました~」
緩く返事した御者の顔には少し卑猥な笑みが浮かんだ。それもそうで、今の言葉は遠回しに馬車の中で性的行為を楽しむので、夜になるまで緊急事態以外では覗かないようにという暗黙の了解である。
すぐに馬車の内側からカーテンが閉められ外から光の一筋さえも入らない密室に変わった。
「よくやったミア」
「はいっ」
「では俺達は行ってくる。何かあったらすぐに連絡を入れるように」
「かしこまりました。どうかご無理はなさらないように」
「ああ」
俺はそのまま『転移魔法』を発動してシャリアン街の近くにあるとある村に移動した。
そこに事前に準備していた馬車に乗り込み、今度は出発したはずのシャリアン街を目指す。
程なくして離れたばかりのシャリアン街が姿を見せる。
「ダークさま~シャリアン街に着きましたよ~」
馬を走らせていたイヴが陽気そうに話す。
「と、止まれ!」
シャリアン街の衛兵が馬車を止める。
「は~い。私達、ビラシオ街で商業を一任されている『ナンバーズ』と申します。領主さまに事前に連絡を入れておりますので~」
「!? あ、ああ。確かにその連絡はもらったが…………わかった。通ってよし!」
「は~い。ごめんあそばせ~」
周りの領民達も奇妙なモノを見る目で俺達に注目する。それもそうで俺もルナもイヴも黒い仮面を被っているからだ。
馬車はやがて、長年住んでいた屋敷――――シャリアン街の領主、アレク・ガブリエンデの屋敷に着いた。
降りるとすぐにメイドと執事が出迎えてくれる。
事前に予定を取っていたのもあり、スムーズに待合室に案内され少しの間待っていると、母――――ダリア・ガブリエンデが緊張した面持ちで中に入ってきた。
「お待たせしました。私はダリア・ガブリエンデ。妻でございます」
「はじめまして~私はダークさまの忠実なしもべ、アインスと申しますわ~」
「…………」
貴族からは程遠い挨拶に、一瞬眉間にしわを刻んだダリアだったが、すぐに表情を戻して「こちらにどうぞ。案内致します」と気丈に振る舞った。
慣れた屋敷の景色ですら、こうして両親や使用人達が他人としての距離感で接してくると、また変わって見えるものだな。
案内を受けてアレクの執務室に案内を受けた。
「いらっしゃい。とうぞ。お座りください」
俺は一礼してソファに座り、向かいにアレクとダリアが座り。アインスとフィーアは俺の後ろに立ったままで待機だ。
席に着くと、後ろのアインスが声を上げる。
「初めまして~ガブリエンデ男爵さま。こちらは商会ナンバーズのオーナーをやっておりますダークさまでございます。私は忠実なるしもべアインス、こちらはフィーアと申します」
フィーアも一礼をする。
当然だが、二人から感じられる敵対心はいっさいに消えていない。そもそもこうして面と面と向かうのに仮面を被っている時点で怪しまれるし、貴族としては失礼にも当たる。
それもあって最初の印象はおそらく――――最悪だろうと予想する。
アレクの表情からもそれが伺える。
こうしてダークとなった俺と父アレクとの初めての取引が始まった。
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