第20話 暗殺者、商会開店の準備を進める。

「ダークさま? 私はこのまま賞金首を渡してきますね? 記録が残ってるかはわかりませんが」


「ああ。もしなかったら、あとは好きにしろ」


「は~い。あとフィーアルナちゃんをお願いしますね。えっと――――私がいなくても手を出していいけど、ちゃんと私にも手を出してくださいね?」


 いや、出さん。というか出す理由がない。


「では行ってきます~!」


 荷馬車に動けなくなった山賊三十人を載せたアインスイヴは、ビラシオ街の西を目指して旅立った。


「ダークさま。これからどうなさいますか?」


「商会の件を進める」


「…………」


 無表情のままだが、少し残念そうにするフィーアルナ


「?」


「かしこまりました。すぐに動きます。建物はこのまま商会ギルドを使います」


「ああ」


 フィーアルナに『俊敏上昇Ⅹ』と『頑丈上昇Ⅹ』を掛ける。これだけでビラシオ街で彼女に何か仕掛けることができる者はいないはずだ。『頑丈上昇Ⅹ』は本来アインスイヴのために取っておいた分で、彼女は一人でも十分すぎるほど強いため、離れるタイミングでフィーアルナにより補助魔法を集中させている。


 元孤児院の方向に入っていったフィーアルナを見送り、俺は元冒険者ギルドのところにやってきた。


 壊された建物は綺麗になくなり、平地だけが残された土地。


 その脇には今回の災害で亡くなった人々を弔うために花を手向ける場所があり、何人もの人が祈りを捧げていた。


 そんな中、見知った顔の女性が見えた。


 俺がはぐれ冒険者たちに襲われたときに助けにきてくれたBランク冒険者パーティーのメンバーの一人だ。男性三人と女性一人のパーティーだった中の女性だ。


 ふと彼女と目が合う。彼女の目は悲しげに、涙を浮かべていた。


「貴方は……」


「久しぶりだな。あの一件で生き残ったんだな。さすがだ」


「…………」


「他のメンバーはどうした?」


「…………みんな……亡くなりました……」


 ビラシオ街の冒険者ギルド内で最強パーティーだったはずだが、そうか。全員生き残れなかったか。


「最後には……私を守るためにみんな壁になってくれたんです……」


「そうか」


「…………」


 女の頬に大粒の涙が流れる。


「これから……どうしていいかわからなくて…………」


 彼女だってBランク冒険者パーティーに所属できるほどの実力があるはずだ。戦いを見なくても、彼女にも高い戦闘力があるのがわかる。


 だが、生きる気力がなければ、それを行使することは難しい。


「生き残ったことには意味がある。お前だってわかっているはずだ」


「それはわかってます! でも……でも…………私と……この子だけ残して……メンバーみんな亡くなって……これから私一人でどうすれば……」


 彼女は自分の腹に手を当てる。


 なるほど。メンバーの誰かの子を宿しているのか。


 たしかに少し腹が膨れている。最初に見たときはスリムな体付きだったのを覚えている。


「その子を守るために旦那とメンバーが盾になったのか」


 女は悲しげに小さく頷いた。


「もし私が妊娠していなかったら……みんなで逃げることは簡単でした…………でも、私があまり動けなくなってしまって…………」


 そうか。彼女もまた――――“運”に見放された人の一人か。


 あの孤児院の子どもたちだって同じか。もし数年後成長していれば、高まった身体能力で自衛するなり逃げるなりできたはずだ。彼女だって腹の中に子どもがいなければ戦えたはずだ。そして、みんなで生き残れたはずだ。


 幸せの結晶が、“運”という非情に見放されてしまい足枷になってしまう。


 愛情から恨みに変わる人なんて、何人も見てきた。だがどの場合も最後には恨みのまま、絶望の淵に落ちていく人しかいなかった。誰一人幸せになど――――ならないのだ。


「生きる希望は未来への渇望。そんな言葉を聞いたことがある。だが、未来への渇望がない人は希望を持つことなどできやしない。だからこそ、誰かに“頑張れ”や“生きろ”と言うのは無責任であると思う。だが――――」


 彼女に近付き、少ししゃがみ、少し膨れた腹を見つめる。


 俺に魔力があるからなのか、ここが異世界だからなのか、はたまた聖職者系統の才能を持っているからかはわからないが、たしかに彼女の腹の中から命の鼓動を感じる。


「腹の中の子どもは今でも生きようと必死に成長している。腹の中というのは、意外にも窮屈で、何も見えず何も聞こえず何も感じないからこそ不安が押し寄せるものだ」


 俺が生まれる直前。感じていたそれは“地獄”と思えるような世界だった。


「それでも生きたいという子どもを見守れるのは、産む母だけだ。自分の生きる希望を見出せないかもしれない。いや、見出せないだろう。だが、この子は――――貴方にしか産むことができない。子どものせいで旦那や仲間を失ったのではない。悪は、あのような災害を引き起こした者たちだ。だから恨むのは自分の子どもや自分ではない」


 彼女の目から大粒の涙が止まらず、流れ続ける。


「これから商会を開く。仕事が欲しいならいくらでも与えよう。その子を守る箱庭が欲しければ、それも与えよう。貴方がその子を守りたいという意志と覚悟があるなら」


「私は…………」


 拳を握りしめて、歯を食いしばった彼女は裾で涙を吹いた。


「覚悟は決まったようだな」


「はい。貴方の言う通りです。私は……言い訳を探してたんですね。でも必要なのは言い訳じゃない。私が覚悟を決めること。はい。この子どもは絶対に産んで育てます」


「歓迎しよう」


 彼女を連れて商会ギルドに戻ると、ちょうどフィーアルナも戻って指揮を執っていた。


フィーアルナ。こちらはBランク冒険者パーティーの一人だ。彼女のパーティーメンバーの今回の一件で全員亡くなったようだ」


「そうでしたか」


「彼女の腹に新しい命がある。安定するまでうちで面倒を見る。その後、彼女には実力に合う仕事を与えようと思う」


「かしこまりました。Bランク冒険者パーティーメンバーなら実力は確かでしょう。ちょうど信頼できる護衛が欲しかったので、彼女の加入は助かります」


「あとは頼んだ」


「かしこまりました。お任せください。ダークさま」


 フィーアルナは彼女を連れて商会ギルドの中に入っていく。そこには商会組員たちも集まっており、すぐに自己紹介とこれからの話を進める。


 俺は商会ギルドにある倉庫に――――大量の小麦を『影収納』から取り出した。


 フィーアルナを主軸に始める商会『ナンバーズ』。主に食材をメインに扱い、格安・・で販売する商会となる。


 在庫が余ってる場所から買取、需要が足りない場所で販売をする。さらに保管は『影収納』があれば、大量に在庫を抱えることもできれば、腐ったりもしない。


 こうして新しい形の商会が始まる。その収納力を生かした異世界ではありえない・・・・・戦法での戦いとなるのだが、まだそのとき世界の誰もが『ナンバーズ』という商会名を知るはずもなかった。

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