第17話 暗殺者、助けられ助ける。

 腕力だけじゃなく、特殊な力が込められていて全身に刺すような痛みに襲われる。


 何とか『ヒーリングⅩ』で保っているが、精神的な疲労は蓄積されていく。一瞬も気が抜けないのも追い打ちをかける。


「マダ……イキテル……? オカシイ……」


 男は自分の右拳を不思議そうに眺めながら、左手で頭を掻く。


 ここまで実力差があるとは……良くも悪くもステータスが存在しなかった前世の方が、戦いは平等だったのかもしれない。才よりもステータスという名の才が圧倒的な異世界だ。


「イッカ……ナンドモ……ブットバス……」


 男はニヤリと笑い、悩みが消えたようで一歩ずつ俺に向かって歩いてくる。


 それに合わせて今度は『黒光魔法』を展開させて攻撃する。


 男は瞬時に反応をみせ、俺から一気に距離を取る。


 なるほど……物理的なものは厳しくても魔法ならいけるのか。


 奥の手だった『暗殺拳』が効かず、次の手を考えていた。魔法という絶大な力があるのに、それを力だと認識できなかった自分に驚きだ。


 無意識に自分には“暗殺”の力しか頼るものがないと思っていたのだろうか。


 異世界で才能として目覚めた『カーディナル』の力こそ、今の俺を形成する才能だ。自分の力を信じなくてどうする。


 『速度上昇Ⅹ』を魔法を展開するときに戻して、再度『速度上昇Ⅹ』に戻してを繰り返す。


 疑似的に常時『速度上昇Ⅹ』を展開しているかのようにみえるが、魔法を放つ際には男が一瞬で殴れない距離を維持しながら魔法を放つ。


 さっきまでたった一分も持たなかった戦いが、五分経過してもなお俺が優勢であった。


「オマエ……ウザイ!」


 イライラしているのか、顔を真っ赤にして怒り出すが、動きは繊細で魔法を極力避けている。


 一撃だけ魔法が直撃したが、非常に痛そうにしていた。物理に対する耐性があっても魔法に対する耐性が低いと思われる。


 というより、異世界の人々にとって魔法は耐性などないのではないか?


 そんな検証は今度にするとして、今は戦いに集中だ。


 やはり男は魔法を恐れているのか、慎重な性格から俺の魔力が尽きるのを待っている節がある。


 常に攻撃タイミングを伺っており、俺から魔法を引き出そうとしているのが手に取るようにわかる。


 俺もそれに応えるように魔法を放ち続けるが、この調子でも半日戦いを繰り返しても魔力が尽きることはない。


 さらに五分が経過した。


 男も時間が掛かりすぎているのがわかったようで、より苛立ちを見せる。


「オマエ……ホント……ムカツク!」


「なら正面から来てみたらどうだ? 逃げ腰じゃないか」


「フザケルナ!」


 怒りに支配されているようなのに、それでも動きは冷静だ。それに大きな違和感を覚える。


 通常、人間というのは怒りで冷静さを失うものだ。怒りと冷静というのは対極に存在する。なのに、この男は二つの感情が同時に存在しており、怒りと冷静さを同時に発揮しているのだ。


 だが、それなら好都合だ。長期戦になればなるほど、俺に有利なはずだ。いくらこの男が強くてもいずれ王国から援護がくるだろうし、少し待てばイヴや他の冒険者だって手が空くはずだ。


 もう一人の細い男も気になるが、イヴがいるなら大丈夫だろう。


 それから何度も男の進行方向を読み魔法を置いて迎撃を繰り返し、さらに時間を稼いでいく。


 いつ終わるかわからない戦いは――――意外な形で決着が付いた。




 黒い塊によって半壊しているビラシオ街の上空に、白く輝く巨大な魔法陣が展開される。


 地上でも大きいと認識できるほどに大きく、それから伝わる魔力の大きさも今まで感じたことのない強力なものだった。


 男も戦いよりも上空に現れた魔法陣を食い入るように見つめており、俺も上空に視線を向ける。


 そちらから二つの光が俺の方と違う方に落ちてくる。


 眩い光が地面に着き、中から現れたのは――――美しい金色の髪をなびかせた好青年と思われる若い男性が現れた。


 白と金色の基調とした鎧に赤いマントには王国の紋章が刺繡されている。


「オマエ……オウコクノ……」


 今まで怒りを見せても焦りは見せていなかった男の表情に焦りが見える。


 現れた若い男からいっさい目を離さず、集中している。


 若い男は俺と男を交互に見つめて口を開いた。


「少年。男を抑えてくれていたのか」


「ああ」


「名前を聞いても?」


「冒険者のダーク」


「その風貌。王都にも噂は届いているよ。街を守ってくれてありがとう。後は――――俺に任せろ」


 自信あふれる言葉通り、彼の全身からは凄まじいオーラが立ち上る。


 支配されない怒り。静かな天空の下に荒ぶる暴風が隠れているかのような。彼は圧倒的な覇気で剣を抜いた。


 俺がいては邪魔になるだろうと思い、急いでその場から離れる。と、同時に戦いが始まり、巨大なプレッシャー同士のぶつかり合いが始まる。


 落ちてきた黒い塊など比べ物にならないほどに周囲が爆散していく。魔法でけん制していたとはいえ、やはりあの男の強さは今の俺では太刀打ちできるものではなかった。


 それにしても空の魔法陣から現れた男も謎だ。


 そもそもあの魔法陣はどういうものだ? 男が急に現れたように見えたが……。


 ひとまずイヴと合流するために冒険者ギルドに向う。


 道々に倒れた無数の住民。守るように戦って散ったと思われる兵士たち。悲惨な光景は孤児院だけでなく街全体に広がっていた。


 やがて冒険者ギルドに着いたが――――想像していた光景とはまるで違うものだった。


 孤児院同様に全壊している冒険者ギルドには、誰一人見えず、人の気配がいっさいしなかった。いや、たった一人だけの気配がある。


 そちらに向かうと、見慣れた人が悲しみにも似た瞳で下を向いていた。


「アインス」


 彼女は顔を上げた。無理に笑顔を作り。


「ダークさま。おかえりなさい」


 彼女の腕の中にも、見慣れた顔の人がいた。


「私、回復魔法は使えませんが、何とか彼女の延命措置は施しました」


 そこにいたのは、いつも冒険者ギルドで笑顔を絶やすことなく接してくれた受付嬢のルナだった。


 彼女の腕や足はもはや原形をとどめておらず、生きているのがやっとのとこ。それでも生きているのはイヴの延命措置のおかげだろう。


 目は光を失い微かに意識が残っている彼女は俺を見上げる。


「だ……く……さま……」


「ああ」


「ごぶじ……で……よかっ…………」


 自分のことよりも俺のことを案じてくれるのか。つくづく……俺が住んでいた世界とはまるで違う世界だな。あの島国も異世界も。


「あのこ……たちは…………ぶじ……ですか……?」


「…………すまない。俺が着いた頃には既に……」


 本来なら嘘を伝えるべきだっただろう。だが……俺にはどうしても彼女に嘘を伝えるべきではないと思った。


 ルナの目に大きな涙が浮かび上がる。


「どうして……わたしたち…………いきたかった……だけなのに…………どうして……」


 彼女を抱きしめているイヴの目にも涙が浮かぶ。


「ルナ。君はまだ生きている」


「わたしは……いきて……でも……こどもたちは…………」


「ああ。全員帰らぬ人となった。だが、君まで死んだら彼らの生きてきた足跡は消えてしまう」


「みんなが……いきてきた……あしあと…………」


「俺には君を助ける力がある。だが、ただで施すのは難しい。俺と契約を結んでもらいたい」


「わたし……いきる……いみなんて…………」


 彼女を回復することは簡単だ。生きてさえいてくれれば。だが、孤児たちを失った彼女が“生きたい”かは別の問題だ。


 やはり……生きる意味を見出せないか。


 そのとき、彼女を抱きしめていたイヴがより彼女を強く抱きしめる。


「貴方ね。ズルいのよ。生きているでしょう。みんなが死んだって貴方まで死ぬのは違うでしょう。それにダークさまが仰った通り、貴方が生き延びれば彼らが生きていた証を残すことだってきる。人なんていつか死ぬんだから、結局は誰かの記憶に残っているかなのよ。貴方が死んだら……あの子たちが生きた証を誰が継ぐのよ……バカね……」


「わたし……」


「生きなさいよ。ダークさまの力で。生きる目標? 理由? そんなものどうでもいいわ。ダークさまのために生きればいいじゃない。貴方を救ってくれたダークさまのために生き抜きなさい」


「…………」


 ルナはしばらく涙を流し続けた。見えているかもわからない光を失った目で、黒く塗り染まった空に浮かぶ輝かしい魔法陣を見つめながら。




「はい……わたし……いきます……なにがなんでも……いきます……」




「ええ。それがいいわ。歓迎するわよ。私と一緒にダークさまのしもべになりましょう」


 その日、俺にはもう一人の部下ができた。

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