第16話 暗殺者、強者と対峙す。

 爆発と見えたどす黒いそれは、塊となり空を翔けてビラシオ街に向かってくる。


「アインス。あれを止められるか?」


「まさか~無理ですわ」


「あのまま街に落ちてきたら大変なことになるな」


「間違いないですね。塊一つくらいなら何とかなりそうですけど、全体は無理です。ダークさまも厳しいですか?」


 黒光魔法を全開に撃っても厳しいのが目に見える。ただ魔力自体はかなり余裕があるのでやれるだけのことはやろう。


「ホーリーストームⅩ」


 イメージするのは暴風。ビラシオ街の前に無数の黒い刃の暴風が巻き起こり、こちらに飛んでくる塊に激突する。が、七割はビラシオ街の外に落ちたが、残り三割は撃ち落とすことができず、街に隕石のように降ってきた。


 建物が暴落する音、住民たちの悲鳴が響き渡る。


 落ちてきた塊の正体――――さっき俺たちが戦った黒い狼そのものだった。


「あの高さから落ちても生きてるんですね。ダークさまのおかげで外に落ちた魔物たちは成仏したみたいですよ」


「うむ。俺は急いで孤児院に向かう。アインスは冒険者ギルドに向かってくれ」


「参戦するんですね?」


「一応は冒険者だし、塊を撃ち落としてるからな」


「それもそうですね。あの魔法で敵さんはダークさまを敵と認定したはずです。気を付けてくださいね?」


「アインスもな」


「えへへ~ダークさまに心配されました♡」


 イヴは嬉しそうな笑みを浮かべて建物の屋根を伝い冒険者ギルドに向かう。俺も急いで孤児院に向かって屋根から屋根へと飛び乗っていく。


 撃ち落としたとはいえ、三割でも街にかなりの被害をもたらしている。火の手が上がり、大勢の住民が被害を受けているだろう。ガレキの下にはもう動かなくなった人の手や足が見える。


 母が言っていた「まだ戦争は終わらず、続いていく」という言葉が頭を過る。


 前世でも戦いの最前線で生きてきたつもりだが、異世界に転生して、暗殺者に一度出くわしたが、十年間危険な目に遭ったことはない。どこか他人事に聞こえていたのかもしれないな。


 やがて孤児院に辿りついた。


 しかし孤児院の建物は倒壊しており、黒い影が無数に見える。


 ああ……こういうときの“運”というのは非情だ。彼らだって生きるのに必死で、弱肉強食の世界を弱い立場で必死に生きてきたのに、こうして食われる・・・・立場になるなら生きてきた意味などなかろう。


 五日に一度とはいえ、何度も通った孤児院の広場に降り立つ。


 ガレキと化した孤児院からは、黒い狼どもが口に赤い液体を付けて次のターゲットを俺に向ける。


 どうしてだろうか。それほど思い入れなどないはずなのに――――無性に腹が立つ。


 自分にもっと力があれば、あの塊を全部撃ち落とせていれば、彼らが死ぬことはなかった。


 自分が生きるために今まで力を磨いてきた前世の一生。転生した意味など俺程度の人間が計れるはずもない。


 今世も自分が生きるために力を磨いてきた?


 ――――否。


 俺は――――もうこの手から零れる命を見たくはなかった。姉を守ったあの日から、自分の手が届く範囲の何かを守りたかった。


 それが結局は何一つ守れなかったではないか。


 ああ……自分に腹が立つ。


 『黒光剣Ⅰ』を両手に黒い狼たちを斬っていく。『セイントセイバーⅠ』が掛けられた剣で狼どもを両断していく。


 孤児院を襲った十匹の狼を倒して周りを眺める。生き残っている孤児はいないようだ。念のためガレキの中を探してみたが、息の気配をいっさい感じない。


 自然と拳に力が入る。目の前だったはずなのに守れなかった自分の弱さ。もう二度と味わいたくない気持ちだ。


 そのとき――――後ろからパチパチと拍手の音が響く。


 そちらに目をやると、二人の男が立っていた。


「いやはや、私の魔物を倒した人がいるなと思ったら、年端も行かない少年だったとは。中々鮮やかな動きでしたぞ~」


 二人とも黒いローブを羽織っており、後ろには白いドクロの逆さマークが付けられている。


 細身で体に肉らしい肉はなく、歩く骨と言えるほどに痩せている男が一人。


 もう一人は鍛え抜かれた肉体が見えており、対峙しているだけで冷や汗が出るほどに存在感を放っている。


 イヴが話していた俺を敵と認識したというのは間違いなさそうだ。


「お前らがこの騒ぎを起こした張本人たちだな」


「オホホ~年齢には見合わない口ぶりですね~不思議な力を使っているだけありますのぉ~」


「何のためにこんなことをする」


「何のため? そりゃ――――ただの暇つぶし? 実験? 人間の悲鳴というのは美しいもので、聞いているだけでゾクゾクとしてきますからねぇ~」


 大きな男は一言も喋らないが、細い方はベラベラと喋る。だが、二人とも油断しているわけじゃない。常に周りの気配を感じ取っているし、細い方も直接戦う方ではなく、魔物を操っている死霊魔法使いだと思われるのに、いっさいの油断がない。


「まあ、強いて言えば、私のコレクションを集めるためでもあります」


「コレクション……?」


「オホホ~強い死体はそれだけ強い人形になりますからね!」


 次の瞬間、細い男が右手を掲げると、地面から大きな手が生える。


「ほ~それを避けますか。少年。私、素早い相手は苦手なのです。ギン。ここは貴方に任せますよ~」


 大きな男が細い男を見つめる。


「殺さない程度であまり体を壊しちゃダメですからね~私は冒険者ギルドに人形を拾いに行ってきますから~」


「アイ……ワカタ……」


「では少年~次会うときは死体ですね~」


 細い男は黒い狼に乗り込み走っていく。


 それを止めたいのだが、この男を越える方法が見当たらない。


 今の俺に……勝てるのか?


「オデ……オマエ…………ブチノメス!」


 男にいっさいの動作はなく、一瞬で接近してきた。体付きからは想像だにできない速さに対応が一瞬遅れる。当然――――俺の正面には俺の頭よりも大きい拳が見え、すぐに体に直撃した。


 全身に強烈な痛みが走る。


 吹き飛ぶ間に『ヒーリングⅩ』を発動させて急いで回復をする。


「…………アレ? イキテ……ル?」


 俺が直撃した壁は粉々に粉砕されるが、体には傷一つない。瞬時に回復させたからだ。


 だがいつまでもできるわけじゃない。俺の意識があるうちはいいが、今の攻撃を体じゃなく頭部で受けたら意識を保つことすら難しいだろう。さらにギリギリで急所を外したのも大きい。


「オマエ……ツヨイ……?」


 今度はこっちの番だ。『速度上昇Ⅶ』と『黒光剣Ⅰ』を二本使って飛び掛かる。


 やはり見た目とは裏腹に動きが素早い。俺の剣戟を全て軽々と躱す。


 非常に頑丈そうなのに、どうしてか攻撃をいっさい受けない。当然といえば当然の戦い方ではあるが、意外にも力で押してこない。


「オマエ……ヨワイ…………コワレチャウ……」


 なるほど。あまり傷つかずに持って来いって細い男に言われていたものな。


 このまま戦っても勝てそうにないが、逃げることすら厳しそうだ。となると――――全力で倒しにいかないといけないか。


 再度男と距離を取って息を整える。まだ戦い始めて一分も経っていないが全身から凄まじい汗が流れる。それだけ相手から感じるプレッシャーは、異次元なものだ。


「ン……ナンダソレ……?」


 息を吸い込み全身に行き渡らせる。さらに息が届いている場所を全て把握する。自分の脳をフル回転させて血液の循環を速める。それだけで常人では絶対に出せない領域に入ることができる。


 前世で奥の手として使っていた『暗殺拳』である。


 これは少し『暗殺』からは離れる。そもそも拳法というのは暗殺に向いていない。だが、己の体を使うこの技術は、武器がない相手になら最大の武器となる。ただ、何度も言うが、暗殺には向いていない。ただの――――殺すためだけのものだ。


 相手の息使いや体の急所を感じ取る。どれだけ鍛え抜いた肉体でも人の身である以上、急所は存在する。この男にもだ。


 力など必要ない。『速度上昇Ⅹ』で緩急を付けた動きで男の脇腹にある急所に剣を差し込んだ。


 剣が男の体に入っていく。




 しかし――――




 剣は途中で刺すことも抜くこともできなくなった。


 まさか内臓までも鍛える術があるというのことか。


 男のニヤリと笑った顔を見て、俺が上回ったのではなく、まるで赤子の手をひねるように俺を弄ぶために泳がせていたのが伝わってきた。


 直後、男の拳に黒い靄がまとわりつき、俺の体を直撃した。

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