第15話 暗殺者、異質な危機に巻き込まれる。
「黒いお兄ちゃん~いつもありがとう!」
まだ四歳の小さな男の子が鼻水を垂らしながら感謝を伝えてくる。
孤児院に住む彼らは自分たちの事情を理解している。それならぐれてしまう人が多そうだが、孤児院では神に感謝をすることで、彼らを優しい人間へと成長させている。
冬に入ったばかりだが、すっかり肌寒くなり、いつもの食糧だけじゃなく中古の毛布や服も差し入れをする。
中古品であるには大きな理由がある。ここが――――異世界だからだ。
弱肉強食。力のない者たちに財産があると、彼らより力ある者から奪われてしまう。ここに俺が住んでいるならまだしも、来るのも五日に一度。しかも昼に少し顔を出す程度。守ることなど不可能だ。
以前俺を襲ったはぐれ冒険者たちのような者も多い。金目になるものはあまり差し入れしないのが大切だ。
差し入れを終えて、受付嬢を冒険者ギルドに見送る。しかし、中が何か騒然な様子。少し中を覗いた。
「今すぐに王国にも救援を求めるべきだ!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
ケガをした多くの冒険者たちが受付に押し寄せている。
生々しい傷が只事じゃないのがわかる。中には今止血している冒険者までいる。
異世界の回復手段は大きく分けて二つ。教会などの聖職者系統の回復魔法を掛けるか、薬草を使うか。
回復魔法は効果が高いものの、才能を持つ人が極端に少ないので高価となっている。薬草は安くて回復魔法ほどじゃないが効果は高い。前世での薬草とは比べ物にならないほどに効果がある。
イヴからも回復魔法は無暗に使うと正体がバレるから使うなと言われている。今の俺は正体を隠しているので当然回復魔法は使わない。とくに黒色の回復魔法だとガブリエンデ家の長男だと自己紹介するようなものだ。
「みなさん! 落ち着いてください! 一体どうしたんですか!?」
「どうもなにも! 西の森で狼が異常な動きをしているんだ! 倒しても倒れないし……」
倒しても倒れない……?
「このままでは多くの冒険者が大変な目に遭う! 早く何とかしてくれよ! 俺達の仲間も多くやられたんだ!」
受付嬢もギルドに戻り、慌ただしいギルドを見送って俺とイヴはギルドを出て屋上に上がった。
「ダークさま? どうしますの?」
「気になることがある。倒しても倒れないという言葉が気になる」
「それって、彼らが弱いからじゃないですか~?」
「西の森で出る魔物の強さくらい知っているだろう。倒せるはずが倒せないことには違和感を覚える」
「ふふっ。ダークさまの仰せのままに」
大袈裟に貴族風挨拶をするイヴ。仮面を被っているときは、とことん演じるのだな。それくらいしてくれた方がいいか。正体がバレるよりはよほどいい。
「行くぞ。アインス」
「はっ!」
ビラシオ街の家々の屋根を伝って西に進む。城壁から外に飛び出し、西の森に入り高い木々の最上部を走っていく。
不思議な感覚で、ステータス俊敏が上昇すると、こういう狭くて軽い物の上にも立つことができる。前世で欲しかった能力である。
森をさらに西の奥に進んでいくと、叫び声が聞こえた。
「誰かああああああ! 助けてええええええ!」
急いで地上に降りると、冒険者と思われる男性三人が黒い狼に襲われていた。
すぐにイヴと手分けして黒い狼の頭部を刎ねる。その頭部に違和感を覚える。
「アインス! 油断するな!」
「はい!」
宙を舞う頭部の――――目が俺をロックオンして視線を離さない。その光景は普通ではない。通常の魔物ならこの状態で意識を保つことなどできない。
その違和感は的中する。首を失ったはずの胴体が、生きているときと何ら変わらない動きで俺に襲ってくる。
「足を斬っても止まらないんだ! あとからくっつくからどうしようもないんだ!」
後ろから冒険者たちの悲痛な叫びが聞こえる。
なるほど。倒しても倒れないという理由がわかった。
『黒光剣』を長く伸ばして胴体を貫いて、そのまま宙に浮かせる。さすがの魔物も地面に足が付かなければ動くことはできない。空中で足を必死にバタバタさせる。
「ダークさま~止まりません~」
イヴの方は糸のようなもので動きを止めていた。
「アインス。こちらの二匹も動きを止めてもらえるか?」
「は~い」
計三頭の魔物の動きを止めて、俺は吹き飛んでもなお睨み続ける頭部に剣を刺しこんでみる。脳を破壊しても変わらない。
イヴの機転で三人の冒険者たちを急いで逃がして、二人きりになった。
さっそく――――魔法を試してみる。
「シャイニングスピアⅠ」
黒い光の槍に刺された魔物の頭部は――――動きが止まった。
槍が刺さったと同時に、何か不思議な感触がある。体ではなく、何かぬるっとした水だまりを刺した感覚。風船が弾けるようにぬるっとした何かが弾かれた。
「あら、魔法だと倒せるのですわね」
「みたいだな。それより、魔物本体じゃなく、何かに操られている感触があった」
「それだと、光魔法じゃないと倒せないかもです」
「ん? どういうことだ?」
「この魔物って、死なないんじゃなくて、もう死んでいるんだと思いますわ。これ……多分死霊魔法です」
死霊魔法か……本では読んだことがある。光魔法よりも遥かに貴重なスキルで、使える場面も限られている。死体を動かす魔法だが……。
「この魔物たちは死体っぽくないが?」
「ええ。通常ならそうです。おそらくは――――死霊魔法の上位魔法かも? 相手の魂を刈り取って乗っ取る魔法です。闇ギルドにそういう使い手がいるはずです」
闇ギルドか……あまり聞きたくない名だ。
「闇ギルドは隣国のグループでは……?」
「そうですよ? うちだってそうですから。他国の戦力を削りたいのはどこの国だって一緒です」
「なるほど……ん? アインスのところは中立ではなかったのか?」
「中立です。国に属してはいませんし、でなければ私がここにいることも難しいです。ただ、あの国に繋がりがあるから簡単に依頼できるし、敵の多いという利点がありますから」
わからなくもない。前世でもテロ集団からの国の要人暗殺依頼なんて多かった。中にはお金さえくれれば誰でも暗殺する暗殺者もいたし、弱肉強食が広がり個人の力が強い異世界ならそれが広がるのは当然か。
「となると、近くに闇ギルドの者がいる可能性があるのか」
「そうかもしれませんね。逃げた方がいいと進言いたしますわ」
「…………」
「ダークさまの力を
たしかに強者からは逃げた方がいいだろう。まだ彼らと渡り合えるほど強くなっていないのなら、いつか渡り合える日がくるまで研鑽を積んでいけばいい。
冷静に考えればそれが当然であり、最善な方法なのは間違いない。
「この魔物たちはビラシオ街に向かうと思うか?」
「思いますわね。いずれ森から溢れるでしょう」
「…………」
「悪いことは言いません。森の奥に進むのはやめましょう? ダークさま」
『黒光剣Ⅰ』に『黒光魔法』である『セイントセイバーⅠ』を付与する。『黒光剣』は俺の力をただ具現化するだけで、武器としての性能は高くても『光属性』自体はない。そこで『光魔法』の付与魔法を与えると、光属性を持つ武器となる。当然――――黒色だ。
剣で刺してもびくりともしなかった魔物は、光属性となった剣によって一瞬で倒れるようになった。
さらにイヴが持つ武器にも『セイントセイバーⅠ』を与えると吊っていた魔物が動かなくなった。
「これなら魔物は倒せるな」
「そうですね。便利すぎません?」
そう言いながら俺の右腕に抱きつくイヴ。
「どうしますの?」
「一旦、引く」
「かしこまりました」
これらの魔法を駆使すれば魔物は簡単に倒せるか。
魔物を倒して森からビラシオ街に戻る間も見かけた魔物は全部倒した。
だがしかし、ビラシオ街にちょうど着いたときのことだった。
西の森からドガーンと爆音と地鳴りを響かせて超巨大な黒い爆発のようなものが起き上がる。
見る者全てに絶望を与えるような、黒よりも深い暗黒が空を覆った。
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