第14話 暗殺者、少しずつ人に触れ合う。
「アダム……? 彼女ではないのね?」
「はい」
「念のためにもう一度聞くけど……本当に拾ったのね……?」
「はい」
実際、『拾った』ことに嘘はない。本当のことである。
「…………イヴさんの話から魔物に襲われたってことは、貴族によくある『雛捨て』ね」
「雛捨て……ですか?」
「…………貴族にはね。いろいろなしがらみがあって、家の血筋の問題もあるの。そこで……必要なくなった子どもを…………捨ててしまう行為なの」
「となると、ヴァレンタイン家から捨てられたと……?」
「そうに違いないわね。彼女は気付いていないようだけどね。アダムちゃん」
「はい」
「彼女を――――うちで囲うわよ」
「よろしいのですか?」
「ええ。そのままヴァレンタイン家に帰したら、今度は何をされるかわからないもの」
ガブリエンデ家は……どこまでも優しい心を持っているな。イヴはその全てを読んだ上で、あの作戦を提案してきた。本当に彼女が言った通りに物事が運ぶ。
暗殺者というのは、常に人間を観察し続けるものだ。思考、思想、情報、反応、判断、人として考えうる全てを考慮しなければ――――“暗殺”を成功させることは難しい。
イヴもまだ暗殺者として本格的には参加していないと言っていたが、いずれは暗殺者になろうとした。その能力に長けていても何ら不思議ではない。
全てがイヴの手のひらの上のまま物事は進み、夕飯のときにうちに住むように勧めた母に、イヴは二つ返事で承諾した。
その日からイヴが一緒に暮らす奇妙な生活が始まった。当然のように眠る部屋は別なのだが…………。
「どうして俺の部屋に?」
「いいでしょう~? こんな可愛い女の子と同じベッドで眠れるんだよ? 少しは喜んでほしいもんだわ」
「自分の部屋で眠れ」
「え~だって……君ってずっとお姉ちゃんと一緒に寝てたんでしょう? 私を姉だと思って」
いや、それは姉に怒られそうだ。
「うふふ。ちゃんと誰にも見つからないようにするから、一緒に眠らせて? 暗闇が怖いのぉ~」
「…………好きにしろ」
「やった♡」
俺の右腕を抱き枕のように抱えたり、勝手に腕と体の隙間に入ってきては腕枕にしたりと、わけのわからないことを繰り返す。
まあ、彼女が暴れても困る上、彼女がガブリエンデ家にいることは彼女の父も知っており、もし彼女が消えたら父は全てをかなぐり捨ててガブリエンデ家の者を暗殺するだろう。
五年前。俺が勝ったわけじゃない。彼のプランをずらして彼が身を引いただけで、本気で殺すためだけに来られたら、家族を守れる確証がない。
それほど無茶なことを言っているわけでもないので、邪魔にならないかぎり彼女には好きにさせておくことにする。
翌日から彼女と散歩に出かけるという口実で二人で屋敷から外に。
当然、屋敷の外に出た瞬間に俺は『黒外套』を、彼女も身バレしないように『黒装束』と髪を黒くする薬で色を変えて北にあるビラシオ街に向かう。
途中で魔物を狩りながら素材を集めつつ、走り続けた。彼女の身体能力と俺の『黒外套』は同等くらいだが、スタミナの問題もあり、彼女にも『俊敏上昇』を掛けて上げた。
「君の補助魔法ってすごいね~スタミナまで補完してくれるんだ」
「ん? ステータスなら俺とそう違わないのでは?」
「あ~速度のこと?」
「ああ」
「それはちょっと違うよ。俊敏のことだと思うけど、私の俊敏はそう高くない。私が速く動けるのは速く動けるスキルを持っているだけなの。スタミナ豊富に走れる君は本当にすごいんだよ」
なるほど。上位の才能はステータスが高いというよりは、強くなれるスキルが揃っているのか。そう思うと、彼女の速さに比べてスタミナが少ない理由がわかった。
「私の純粋なステータスの分でも十分高い方よ? 君の補助魔法がそれを上回ってるのがすごすぎるだけ」
「そういうことか」
「ふふっ。君ってすごいね~」
走りながら俺の右腕に抱きついてくる。姉が入学してからは感じなくなった人の温もりが
イヴから伝わってくる。
少し鬱陶しいが、邪魔されてるわけでもないのでそのままにして、しばらく走ってビラシオ街にたどり着いた。
いつも通りに正面門から街に入り大通りを歩くが、今日はやけに視線が注がれている。その視線の先は俺ではなく、隣で腕に絡みついているイヴだ。
変装前なら真っ赤に燃えるような髪やら端麗な顔が目立つとは思うが、今は変装して黒髪になっているし、顔にも俺の『黒外套』の仮面部分を似せて作った黒い仮面を被っている。
フルヘルム等が普通に馴染んでいる異世界ならこういう仮面は気になるはずはないが……。
冒険者ギルドの中に入ると、相も変わらずの冷たい視線が注がれる。
いつもと変わらない足運びで買取窓口に向かって歩くと、一人の女性が俺たちの前に立ち止まった。
「ダークさま! こ、こんにちは!」
いつも対応してくれる受付嬢のルナだ。彼女は一度だけ一緒に食事を取ったことがある。冒険者ギルドの人気者でもある。
「そ、そちらの女性の方は……?」
「あら、初めまして~私はダークさまの従順な下僕――――
ルナは唇を震わせながら俺とイヴを交互に見る。
仮面を被っているときは仮名を使う。俺が『ダーク』を名乗っているようにイヴは『アインス』を名乗ることにした。
「うふふ。貴方は?」
「受付担当をしていますルナと申します」
「そう。受付――――お仕事頑張ってね」
煽るようにわざわざ彼女に顔を近付かせて話すイヴ。
…………何故お互いに火花を散らすのだ?
二人を放っておいて俺は買取窓口でいつもの買取をお願いする。
「女連れとは珍しいな」
「道で拾った」
「…………まじかよ」
「ああ」
嘘は言っていない。
「今まで何人もの冒険者たちを見てきたが……彼女も中々の実力者みたいだな」
以前俺を助けに来てくれたBランク冒険者パーティーという四人組。彼らがまとまってもイヴの技量には勝てないだろう。そこに彼女の特殊な力まで加われば、相手にすらならないはずだ。
「これも査定して次回清算でいいか?」
「ああ。構わない」
「それと頼みがあるんだが……」
買取窓口担当のおっさんが頼みとは珍しい。
「来てくれた日だけでいいから、ルナとお昼を一緒にしてくれないか? 仲間ができたから難しいかもしれないが……」
「お昼? 昼食のことか?」
「うむ。食費は俺が出しても構わない」
「…………わかった。食費は必要ない。彼女にはいろいろ助かっているからな」
「そうか! 感謝するぞ!」
ずっと煽るイヴに悔しそうにしている受付嬢のところに向かう。
「あら、おかえりなさいダークさま。うふふ。これからどうしますかぁ~?」
「ああ。ルナさん。もしよかったら一緒に昼を食べよう」
「これから私とお昼を――――「「え?」」
「?」
「ダ、ダークさま!? わ、私なんかでよろしいんですか?」
「ダークさま? どうしてこんな女を!」
初対面というのにイヴはどうして彼女にここまで敵対するのか意味がわからない。もしイヴと姉が出会ったらどうなるのだろうか。
「無理にとは言わないが……」
「行きます! 行かせてください!」
「ああ。昼まで待っているとしよう」
「は、はいっ!」
彼女を待っている間、冒険者ギルドを見回る。実は冒険者になって未だギルド内を見回ったことがない。ずっと買取しかしてないのだ。
じっと目を細めて俺を見上げるイヴは、相も変わらず俺の右腕にしっかり抱きついている。
「ダークさま? 何か依頼を受けますの?」
「いや。依頼は受けたことはない」
「え~ないんですね~どれどれ…………珍しく、簡単な依頼はまったくないんですね」
後ろから人の気配がして、こちらに声をかける人たちがいた。
「それはそうだぜ」
振り向くと、以前俺を助けに来てくれたBランク冒険者パーティーの四人がいた。
「そちらのダーク様が低ランク素材を大量に売ってしまうから依頼が枯渇してしまったのさ」
目を丸くして俺を見るイヴ。
「ダークさま。知らず知らずのうちにいろんな冒険者から嫌われてそうですね」
「?」
「強い人はできるだけ高ランク素材を売って低ランク素材は駆け出し冒険者に譲るのが習わすなのさ。ダーク様も駆け出し冒険者ではあるが、その実力は上位だからそろそろ低ランク素材を独占するのは控えてほしい」
「ふむ……」
「悪いな。こういうのはあまり規制したくはないが、駆け出し冒険者たちのためを思ってのことだと思ってほしい。それにダーク様はそこまでしなくても十分稼げるだろうし、高ランク素材を売った方が金になると思うぜ」
「わかった。参考にさせていただこう」
「おうよ。もし何か困ったことがあったら俺たちに声かけてくれよな」
受付嬢曰く彼らはこのギルドで一番強いパーティーというだけあって、こういうことにも精力的に取り組んでいて感心する。
ここ最近、恨みや怒りのような視線ではなく困惑の視線を感じていたが、彼らが低ランクの冒険者たちなんだな。全員冒険者の身分証でもあるプレートをネックレスにしているはずだが、基本的には見えないように服装の中に入れるのが普通だ。狩り中に亡くなった場合、身元判明にも使われたりする。
依頼板を眺めながらイヴと高ランク素材を狙おうなんて話をしていると昼食時間になり、受付嬢とイヴと三人で昼食を取る。
これから俺たちが来る日は一緒に昼食を取ろうと提案した。そして、低ランク素材の件も聞いてみたが、Bランク冒険者パーティーが話していた通りのことが起きているようだ。
そもそも依頼とは『素材を納品すること』なので、俺が売った全ての素材は、そのときに依頼があるものに自動的に依頼納品という形になる。余った分は通常販売になり、その量もどんどん増えてしまい、そもそも依頼を出す必要がなくなり多くの素材を欲しがる人にはためになったようだ。だが、冒険者業をしている人々にとってはいい迷惑だったに違いない。
食事を終えて支払いをする。
会計テーブルには出来立てのパンが大きな紙袋にたくさん入っていた。
どうやら受付嬢が購入するものらしいので、昼食分と一緒に会計を済ませる。
「ダークさま!? パンは私が!」
「構わない」
「うふふ。うちのダークさまは優しいからね~それにしても貴方、あまり食べないのにこんなに大量のパンをどうするのかしら?」
「え、えっと…………私が食べるのではなく、孤児院に持っていくものなんです」
「孤児院?」
「はい。私も孤児院出身なので、余裕があるとパンを差し入れするんです」
そういえばうちの街には全くいないが、王都にはあれだけスラム街が広がっていた。大きな街ともなると孤児院があっても不思議ではない。
せっかくならと受付嬢に連れられ初めて孤児院を訪れた。
みんな明るく、遊ぶだけじゃなく小物作りをしたり、洗濯を手伝ったりとみんな働き者だ。
「変な仮面の人!」
俺は子どもが苦手だ。悪意のない笑顔を向けてくる。
前世でも孤児院に寄付はしていたが、子どもたちと触れ合ったことは一度もない。自分の手が血で染められていたから。
「「「「黒い仮面のお兄さん! パンありがとうございます~!」」」」
子どもたちは練習でもしたかのように声を揃えて俺に感謝を伝えてきた。
今世のお金の使い道など何も考えていなかったが――――今世も寄付に使ってもいいかもしれない。
その日から、ビラシオ街に来る際には受付嬢と昼食を食べて、大量の食材を差し入れするのが普通となった。
そして――――そんな日々を過ごしながら季節が進み、冬を迎えた。
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