第13話 暗殺者、「道で拾いました」

「ねえ~君。私の男にならない?」


「ならない」


「え~ケチ! 私、自分でいうのもあれだけど、結構可愛いと思うんだけど?」


 そう言いながら膨らみを俺の体に擦り付ける女。装束一枚しか羽織っておらず、ダイレクトに温もりが伝わってくる。


「断る」


「君…………もしかして男が趣味?」


「……」


「あ! その顔が怒った顔なんだ! ごめん~!」


 それにしてもこの娘は一体誰なんだ……? 急に現れて自分から仕掛けてきたのに、戦いに来たのではない……?


 ひとまず落ちていた貨幣を全て影の中に入れる。その間も彼女は自分の腕力だけで俺の背中に勝手にしがみついている。


「ほえ~君って『アイテムボックス』持ちなの? でも急に吐き出したから『アイテムボックス』ではないんだね。君って急に遅くなったり速くなったりするから、そういう魔法なの?」


 さすがはいい分析眼だ。あれだけの戦いでも俺の挙動を全て把握していたらしい。本物のアサシンであることは間違いないな。


「暗殺者が俺に何の用だ」


「うふふ。五年前~君がとある暗殺者に暗殺失敗させたのは覚えているよね?」


 忘れるはずもない。


「私、あの人の――――娘なの」


 娘か。なるほど。娘も暗殺者になっていると……なら復讐か? あの暗殺集団は暗殺に失敗した相手は二度と狙わない決まりがあるのでは……?


「…………」


「う~ん。無口だけど心の奥ではいろいろ考えてそうだね~? じゃあ、私の自己紹介するね?」


 彼女は俺の背中から降りて前の方に来て存在しないスカートを摘まみ上げながら貴族風挨拶をする。


「私はイヴ。君も知ってるように『ラグナロク』所属の暗殺者『トール』の娘だけど、まだ『ラグナロク』には所属していないわ。父が五年前に初めて任務に失敗したと聞いて相手に興味があったの。他のメンバーから相手が私と同じ年の男の子だと聞かされて、絶対に会いに行こうと決めていて、五年が経って、五年間も君を思い続けていたの。そうしたら、君のことが誰よりも好きになっちゃって、居ても立っても居られなくて、本当なら君が入学したときに一緒に入学して君を落とそうと思ったけど、ちょっとだけどんな人かな~と私の王子様を見にきたら君が魔法の練習をしているじゃない。それを見たら私、たまらなくなっちゃって、君の実力を疑っていたわけじゃないけど、私の手でどれくらい強いのかな~なんて思って、気付いたら声かけてしまって、そしたらもう気持ちが昂っちゃって君についつい手を出してしまったの~」


 どう? みたいな表情で上目遣いをする女。アサシンとは思えないほどに饒舌だ。


「君のことは何でも知ってるよ? アダム・ガブリエンデくん。ガブリエンデ家の長男で、時代の礎の姉が一人いて、君自身も時代の礎の一人。才能は聖職者系統の『カーディナル』。ものすごく珍しい才能で聖職者系統では珍しく魔法がなんでも黒いって聞いていたけど、本当に君の魔法は黒くてびっくりしちゃった! 生まれながら毎日ムスッとしていて屋敷に住んでいるメイドたちからは敬遠されていて、ここはあまり情報を得られなかったわね」


 情報を得られなかったのなら俺のことを何でも知っているわけじゃないのでは……?


 『時代の礎』というのは、主に時代の歴史に名を刻む人の総称である。最上級才能はもちろんのこと、王や各団体の代表など、人の代表者の総評でもある。


「最近は屋敷に居ず、毎日どこかに出掛けるドラ息子だって噂まで立っているし、あの優しい噂の両親ですら構わなくなって見捨てられたって噂まで立っているわね~でも実情は~変な黒いマスクを被って冒険者をしていたのね。最近南部に現れた実力冒険者が君だとは思わなかったけど、その風貌を見たら納得いったわよ。彼の活動拠点はビラシオ街のはずでシャリアン街からだいぶ離れていたけど、君の足の速さでさらに納得いったよ~」


 屋敷の者にそういう風に映っていたのか……それは全く知らなかった。確かに最近では両親の顔はあまり見ていない。夕飯は一緒に食べるが、朝から夕方まで毎日外に出ているからな。


「ねえねえ。どう? 私の調査力~!」


「さすがだ」


「やった~! 褒められた~! えっへん!」


 そう言いながら俺の右腕に抱きつく。一々自身の胸を押し付けてくるのが気になるが、彼女の性格なんだろう。前世でも女性暗殺者にも何人か知り合いはいて、ハニートラップを仕掛ける者も多かったが、ここまであからさまに相手にハニートラップを仕掛けるアサシンなどいない。彼女の素の性格に違いない。


「ねえ。アダムくん」


「今はダークだ」


「黒仮面の冒険者ダークだったね。ねえ~ダークくん~」


「なんだ?」


「私の彼氏になってよ。旦那でもいいわよ?」


「断る」


「なんでよ~? 私、こんなに有能よ? 君の女にしたらいろいろ便利だよ?」


「…………」


「もしかして彼女がいるの? 婚約者とか」


 その目に少しだけ黒い炎が見える。誰かの名前を話したら即暗殺に行きそうだ。


「そうじゃない。僕と君には何の繋がりもない。そういう関係になる理由がない」


「ふう~ん。君って理由が必要な人なんだ。でもさ。理由なんて何でもいいんじゃないの? 男女の関係に理由なんて――――」


「必要だ」


「必要か~それは仕方ないよね~」


 大きく溜息を吐いた彼女は、またもや上目遣いをしてくる。


「じゃあ、理由があればいいのね?」


「ああ」


「じゃあ――――君と同じクラスになって、クラスメイトになればちょっとは繋がりが持てるってことよね? 君って来年王都貴族学園に入学するでしょう? 私も入学するんだ~三年間同じクラスになるし、仲良いクラスメイトなら結婚していい理由になるよね?」


「…………何故俺との結婚を求める?」


「え~? そんなの簡単じゃん」


 腕を離して俺の前にすっとやってきた彼女は体勢を低くして上目遣いのまま話す。


「好きなんだもん。君が。誰よりも君を好きであると自負してる。五年前からずっと好きだったよ?」


 五年前……そもそも知り合ってすらいないが……。


「顔とか性格とかそんなことどうでもいい。性格なんてこれから合わせていけばいい。私が欲しいのは君が父さんを退けたこと。君が『カーディナル』であること。君がアダムくんであること。そして何より――――君が私より強いこと。私より暗殺者として強いことよ」


「俺は暗殺者ではない」


「知ってる。だから不思議なの。君…………どこで暗殺術を学んだの? しかもただの使い手じゃないわ。才能も聖職者系統だし、身のこなし、視線、行動読み、反応、判断。どれも暗殺者の中でも最上位のものよ。私なんて足元にも及ばないわ。私が君と対等に戦えたのは、私の才能が特別なものだったからであって初見殺しみたいなもんだし、結局正面から戦ったら私の方が負けてたし。これでも結構強い方なんだけどね~」


 この娘……本当に饒舌だな。一度話し始めると止まらない。


「…………」


「そっか~言葉のキャッチボールがなかなかうまくいかないけど、これも恋の障壁ね! ダークくん、これからよろしくね~!」


 何の話からそうなるのか理解できないが、敵じゃないならいいか。


「あ~これからガブリエンデ家にお邪魔するから」


「…………」


「心配しないで! お母様は私が説得するから」


 拒否しても無理だと悟り、そのまま彼女を連れて屋敷に戻る羽目になった。




 屋敷の入口に戻ると、たまたまミアと鉢合わせになった。


「あら? おかえりなさい。お坊ちゃま。そちらのお嬢様は……?」


「拾った」


「拾った!? お、奥様ぁああ~!」


 ミアに連れられ、母のところにやってきた。今日は父も帰っており、二人とも紅茶を堪能していたのだが、母の顔が凄まじい形相になっている。


 美しい白と赤を基調にした派手過ぎずシンプルな作りになっているドレス姿のイヴが優雅に挨拶をする。


「イヴ・ヴァレンタインと申します」


「道で拾いました」


 母が飲んでいた紅茶を落としてテーブルの上に紅茶がこぼれる。


「アダムちゃああああん!? も、もうちょっと詳しく教えてちょうだい!?」


「道で拾いました」


 母の視線が俺からイヴに向く。


「お騒がせてしまい大変申し訳ございません……実は、私はヴァレンタイン家の三女ですが……近くで魔物に襲われてしまい、馬車や使用人とはぐれてしまいました……」


「…………」


「どうにか生き残った私は歩き続けたところ、こちらのアダムさまに拾っていただきました……」


「母上。彼女は靴もございません」


 実際、イヴは素足で歩いていて、足の裏は傷だらけだ。


「っ!? あ、アダム! 紳士なら彼女を抱きかかえて歩きなさい!」


「はい。ここまで彼女を運んできました」


「はい♡ ずっとお姫様抱っこをしていただきました♡」


「そ、そう……それならいいのだけど。それよりまずは疲れているでしょう。ゆっくり休んでください」


「ありがとうございます」


 再度優雅に挨拶した彼女は、また俺を見て上目遣いをする。


 放置してもいいのだが……拾ったという設定を嘘だと感付かせるわけにもいかず、再度彼女をお姫様抱っこする。


「あぁ……アダムさま……♡」


「!?」


 母にすごい形相で睨まれる中、ミアが用意してくれた部屋に彼女を案内した。


 その日はうちに泊まることになったのだが、夕飯前に緊急家族会議が開かれた。

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