第12話 暗殺者、本気で戦う羽目になる。

 ビラシオ街で冒険者になってから一か月が経過した。


 異世界での月は一月が季節ごとになっていて、一月は春、二月は夏、三月は秋、四月は冬となっている。それぞれ月は九十日ずつあり、一月五十六日などと表記する。


 週の感覚は存在せず、曜日などのものも存在しないが、各月の初日だけは礼拝日として多くの者が教会を訪れて祈りを捧げる文化になっている。


 二月の初夏。少しずつ暑くなりはじめ、領民たちは汗を流しながら農作業をしている。


 一か月間狩りを行った結果、俺の魔法発動数が増えた。


 今までなら十という制限の中、どの魔法をどれくらいの強さで使うかいろいろ考えてきたが、十から十二に上昇したおかげで『影収納Ⅰ』を使ったままで残りが十となった。


 そしてもう二つわかったことは、魔法の強さは今のところ『10』が限界である。どの魔法も最大は十なので、これで使用魔力を最大にするには二つ以上の魔法を展開する必要がでてきた。


 まあ、『影収納Ⅰ』を常に使うことになるので、ある意味では今までと変わらない感覚ではあるが。


 わかったことのもう一つは『黒外套』の効能だ。こちらはやはり特殊魔法なだけあり、装着しているだけでいろんな効果をもたらしてくれる。


 その種類は実に七つ。『暗視』『遠視』『消音化』『影同化』『全ステータス激増』『魔力回復速度上昇』『魔法威力上昇』となっており、中でも『全ステータス激増』に関しては、補助魔法をⅩの分を全ステータス分かけているのと同等の効果を持つ。それによって『俊敏上昇Ⅷ』と併用すると凄まじい速度を実現することができた。


 そして、ここに来て一つ悩みができた。


 俺の今の感覚と才能に差ができていることだ。どういうことかというと、俺自身は前世から暗殺術を身に着けている。物理による動きだが、アダムの体は聖職者系統の才能なため物理よりも魔法に寄っている。物理ではなく魔法が得意な体なのに、俺自身があまり魔法が得意ではないことに気付いた。


 そこで魔法を鍛錬することにする。


 領地のさらに南に来ると森ではなく山が連なる場所が出る。見晴らしがよく、動物も住んでおらず、魔物も出現しないから誰もいないし、近くに村などもない。


 『黒光魔法』にはいくつかの種類があり、回復魔法系統だと『ヒーリング』は傷を癒す魔法だ。余談だが、魔物で試した『ヒーリングⅩ』は、切断した腕や尻尾すらくっついた。『コンディショナー』は状態異常全般を治すものだが強力さによってこちらの強さも上げなければならない。


 通常の光魔法には『バリア』という魔法があったりするが『黒光魔法』にはそれがない。


 代わりに別な魔法がある。『フォースフィールド』は範囲内の対象者にデバフ効果を与える。身体能力を全体的に下げる効果を持つ。魔物にも人にも効くので便利な魔法でもある。『マジックフィールド』は範囲内の魔法を吸収する。さらに吸収した魔法は魔力に変換され、俺の魔力になる。ただし、吸収できる魔法の強さは決まっていて、こちらも込めた魔力の分だけ吸収できる魔法の強さが上がる。『マジックフィールドⅩ』ともなれば、大抵の魔法が吸収できそうだ。


 攻撃系統の魔法も存在している。光魔法の有名な魔法というと『シャイニングスピア』というものがあるが、同じような魔法もある。色は全て黒だ。


「シャイニングスピアⅠ」


 右手に黒い色の光の槍が作られる。右手を前に繰り出すと空中を飛んでいき、地面に突き刺さった。


 魔法だからといって爆発するわけではなく、ただ突き刺さるだけだ。ある意味物理攻撃に近い。


「ホーリーボールⅠ」


 今度は黒い光の玉が放たれて、着弾すると爆弾のように爆発する。火花が散るわけではなく、その場が抉られるような爆発だ。


 それからいくつかの黒光魔法をⅠからⅤまで試してみる。やはりⅤともなると、かなりの高威力になる。さらに『黒外套』状態だと、ⅠがⅩの威力で放てるのもいい感じだ。


 そんな調子で何度も魔法を試していると、すっかり日が落ちかけていた。


 異世界も前世同様に東から太陽が上がり西に沈む。月は黄色ではなく青色だがこちらもそう変わらない。美しい夕焼けが山を覆い始めて、つい見入ってしまう。


 そのときのことだった。




「――――もう魔法は使わないの?」




 後ろから女性の声が聞こえた。


 戦闘体勢で振り向いて声がした方に視線をやると、一人の女性が立ち獲物を狙う目で俺を見つめていた。


 まさか……こんなところで誰かに見られているとは思いもしなかった。常に周りには気を配っていたつもりだが……まさか気配を感じられないなんてな。


「誰だ?」


「普通、名前を聞く前に――――」


 体が反応するよりも前に彼女が俺の前に立つ。まるで最初から俺の前に立っていたかのように。


「――――自分から名乗るものでしょう?」


 右手を彼女の腹部に差し込むが、軽々と避けられた。


「意外にもせっかちなのね。でも――――そういうとこ嫌いじゃないわ」


 彼女の攻撃が始まった。


 一瞬で距離を詰めてきた彼女は、武器を持たず素手で攻撃してくるが一つ一つが鋼鉄の剣よりも鋭い。手に何か魔力のようなものをまとって剣のようにしている。手だけじゃない。足や全身にもまとっているのがわかる。


 『黒光剣Ⅰ』で斬り付けたが、避けるまでもないのかそのまま肩で受けた彼女。狙い通りか、俺の剣が彼女の肌を斬ることはできなかった。鋼鉄の鎧を鉄で殴ったような腕が痺れを感じるほどに硬い。


 ニヤリと笑った彼女は休むことなく攻撃を繰り出した。一撃一撃が致命傷になるのがわかる。


 ギリギリ避けられる速度。だが少しずつ速度が上昇して『速度上昇』を上げてもまた追いつかれる。彼女の速度自体が俺の『速度上昇』を遥かに上回っていることを示す。


 『黒外套』と『速度上昇Ⅷ』。今の俺が出せる最大速度だ。


 …………いや、もう一つ方法がある。


 俺は『影収納Ⅰ』を解除する。その瞬間影の中から大量の貨幣が溢れてくる。


 これで余った発動を『速度上昇Ⅷ』に注ぎ込み、『速度上昇Ⅹ』に、今の俺が出せる最高速度を実現する。


「あははは! 君! 面白いね!」


 速度は俺の方が上回るようになったものの、やはり向こうは余裕を出している。それもそうで、俺の攻撃が何一つ貫通しない。彼女の体を覆っている不思議な黒い光のようなバリアが貫通できずにいる。


 全身黒装束で、端麗な顔は道端でほとんどの男性は振り向いてしまうだろう。さらに長く伸びた赤い髪の毛は、より彼女の存在を主張する。


 彼女の強みは髪の毛一本に至るまでバリアが張られている。魔法というよりは特殊な力のようにも思える。さらに速度も兼ね備えており、彼女の攻撃が掠るだけで俺の皮膚は簡単に裂かれ赤い血が滴る。


「あらあら、速くなったのにボロボロじゃない」


「…………」


「噂通り無口なんだね……でも! 無口な男は実はモテないわよ!」


 彼女の大振りな攻撃を避けた次の瞬間、彼女の赤い髪はまるで動く蛇のように避けた俺の体を貫いた。


 だがそれはある程度予想していた。心臓と頭さえ貫かなければ俺に分がある。


 『速度上昇Ⅹ』を解除して一瞬だけ黒光魔法の『ホーリーボールⅩ』を発動させる。


 彼女の笑う目と目が合う。


 魔法が発動して彼女と俺の体もろとも巻き込み爆発して大きく吹き飛んだ。


 吹き飛んだ瞬間、『ヒーリングⅩ』を展開させ全身を回復させる。『ヒーリングⅩ』は『黒外套』まで同時に使うことで傷だけでなく、失った血液まで再生させる。


「君……やるわね……」


 遠く離れたところで、全身がボロボロになった女は、何が面白いのか口を吊り上げて俺を見つめる。


 見た目からしてただの戦闘狂ではない。この女は――――アサシン暗殺者だ。五年前に姉を襲った暗殺者と似た装束だ。


「…………あ~あ~や~めた~」


 だがそういうフェイントに騙される俺ではない。『速度上昇Ⅹ』で一気に距離を詰めて攻撃を当てる直線に『シャイニングスピアⅩ』に魔法発動を切り替えて放ち、まだ『速度上昇Ⅹ』に戻す。


 俺の魔法には発動数が制限され、どの魔法をどの比率で使うのかが戦いの鍵になるとずっと踏んでいた。そして、こうして命がかかった戦いでそれを身に染みるほど体感した。


 ただ、この戦法は何度も使えるわけじゃない。魔法を切り替えるってことはそれだけ脳のリソースを使うことで、少しずつだが俺の判断能力、反応速度は遅れているのがわかる。こういう脳の疲れを回復させる手段は『休む』以外はない。戦いでは『疲れる前に倒す』必要があるのだ。


 俺の右手から放たれた黒い槍を避けようとして左太ももを貫かれて、顔をしかめる女は乱雑に俺を攻撃するが、何故か頭と心臓を狙わない・・・・攻撃を避けることなく受け切り、再度『シャイニングスピアⅩ』を発動させた後に『ヒーリングⅩ』を発動させ傷を癒した。


「ま、待った……!」


 バリアは強力だが、それさえ貫いて本体にダメージを与えることさえできれば、撃たれ弱いのか彼女の顔に焦りが見える。


 それもそうで、俺は聖職者系統才能により自己回復が可能だ。だが、彼女はどう見ても暗殺者系統才能であり、瞬時に自己回復させる魔法を持つはずもない。そもそも回復魔法は異世界では唯一無二であり、それだけで強力な力であり、その分大勢の権力者が欲している才だ。


「このままではちょっとまずいわ……えっと、まさかここまでになるとは思わなかったけど、私は貴方を殺しに来たわけじゃないわよ? アダム・ガブリエンデくん」


 『黒外套』を装着しているのに俺の正体を知っている……?


「待って待って!」


 ここで彼女を殺しておくべきだ。


 再度距離を詰めて今度は『黒光剣Ⅹ』で彼女の心臓を貫こう。


「私が死んだら父さんがガブリエンデ家を全員暗殺するわよ!!」


 心臓に俺の黒光剣が刺さる直前、俺は――――剣を止めた。


「目的はなんだ」


「君に興味があったの。それだけ。殺したかったわけじゃない。本気だったらあんなぬるい戦いはしなかったわよ」


 彼女が俺の頭や心臓を狙わなかったのは……技量が足りないからではなく、わざとか?


「うふふ。君って本当に強いんだね。さすがは――――うちの父さんを退けただけあるわ」


 彼女はそのまま両手を上げ、殺気のないまま――――俺に抱きついた。










 そんな二人よりも遥かに遠い場所。


 巨大な樹木の最上部。人が乗れるはずもない葉っぱの上に白髪が目立つ老人が一人立っていた。


 彼は手を丸めて望遠鏡のように覗き込んでいる。そこに映っているのは、戦っていた二人である。


「ほぉ……瞬時に攻撃魔法と回復魔法を使い分ける。今世の『カーディナル』は自身の力をよく理解しておる。それにしても不思議な戦い方をするものだ。実に面白い。お~ほっほっほっ~」


 森の上空に老人のゆるい笑い声が響き渡る。


 だが――――その樹木の下には無数の魔物の亡骸が転がっていた。

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